第十六話 王女、デートする
エクラが泊まっている来客用の部屋には、そこそこ豪華な家具が並んでいる。
エクラの今までの生活を想像したら、急にグレードが上がり過ぎだっただろうか。
そんな事を考えながら、ベッドに腰掛けているエクラの横に、私も腰掛ける。
私が腰掛けると、少し距離を開けるエクラ。
無意識、もしくは私に敬意を払っているからだと信じているが、少し寂しい。
なので、私から距離を詰める。
エクラの真横にくっつく様に座り直す。
そしてそのまま、私から話を始める。世界会議の事、そしてその後の舞踏会の事も。
「昨日の夜、空が明るくなったのは、花火だったのですね!とてもキレイでした。」
「あ、見てたんだ。」
「はい!特に、最後は…」
と、とても楽しそうに話をする私達。
なんと幸せな時間だろうか。
それからしばらくして。
さて、そろそろあの話をしないといけないのだけれど、それよりも先に気になった事を聞いてみた。
「そうだ、エクラ、この部屋に泊まって、何か不便な事とかなかった?」
「い、いえ!私には勿体無いほどの部屋を提供して下さっているのに、不満なんて!」
「…それは良かった。」
私は見逃さなかった。エクラの肩が一瞬だけ震えた事を。
吸血龍姫の動体視力をあまりなめないほうがいい。
何をした、使用人ども。
まあ、それは後で確認するとして。
「それより、今から私、この街の観光をしようと思ってるの。でね、良かったら一緒に行きたいなって、思っているんだけど…駄目?」
「ええ!?」
エクラは驚き、そして黙ってしまった。
気まずい。
「…わかりました。一緒に行きたいです!」
「良かった〜!じゃあ、早速準備しよ!」
エクラが嫌って言った時点で、観光なんかに行くわけがなかったので、行きたいって言ってくれてよかった。
既にソフィには私の監視役として付いてきてもらう事、エクラも連れて行こうと考えている事は伝えてある。
そして、ソフィには部屋の外で待機してもらっているので、呼び出す。
「失礼します。姫様、エクラ様。」
ソフィに、私達二人分の身支度をお願いする。
「わかりました。では、エクラ様の服は、姫様の服でよろしいですか?」
「うん、お願いね。」
しかし、予想していなかったのは、エクラが少しだけ嫌そうな顔をした事だった。
裸が見られるのが恥ずかしいのかな?
まさか、私の服が嫌なの…?
もしそうなら、ショックで幽霊さんになる。
少しして、私の部屋から着替えを持って来たソフィが、私達の服を脱がしていく。
私はいつものように、ソフィによって着替えさせられていく。
あっという間に、私の服は王女全開から、質素だが上品さを感じさせるような服へと変わった。
流石はソフィ。服選びのセンスも抜群だ。
次はエクラの番なのだが、ソフィが近付くにつれ、少し嫌そうにするエクラ。
…?どうしたんだろうか。明らかに様子がおかしい。
その理由は、エクラの服が脱がされた事で明らかになる。
エクラの背中に、小さな翼が生えていたのだ。
エクラは、とても辛そうな顔をしていた。
気にはなっていたのだ。あの路地裏で、何故エクラは忌物と呼ばれ、暴力を振るわれていたのか、だ。
この小さな翼がその理由なのだろうと用意に予想できた。そして、嫌がっていた理由も。
「ごめんなさい。気持ち悪いものを見せてしまって…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
そう言って、静かに涙を流すエクラ。涙を我慢しようとしているのか、彼女の小さな体は震えていた。
そんなエクラに近づく私。
そして私は、エクラを抱き締めた。
「えっ…!なん、で…?」
「気持ち悪くなんてない。こんなに可愛らしいのだから。大丈夫。私はエクラの全てを受け入れる覚悟があるの。エクラの可愛らしい翼だけでその覚悟が揺らぐほど、私は弱く見える?」
私の抱き締めた暖かさと、私の言葉の暖かさで感情のダムが決壊したのか、私の胸に顔を埋め、大きな声を出して泣き出すエクラ。
私はそんなエクラの頭を、エクラが落ち着くまで優しく撫で続けたのだった。
「…ごめんなさい。もう大丈夫です。」
と、埋めていた顔を上げるエクラ。
「これからも、何か不安な事とか、不満な事とか、何でも相談してね。迷惑だなんて決して思ったりしないから。」
「うん…テラス様…。」
凄く最低だとはわかってる。だけど、泣き顔で上目遣いで見てくるエクラ、可愛過ぎる。
「さて、じゃあ、さっさと着替えて、一緒にお出かけしよ!」
「はい!テラス様!」
その言葉を受け、再び行動を開始するソフィ。
即座に空気を読んで、先程まで私達の一部始終を黙って見つめ待機が出来たのは、流石は優秀なメイドだと言えるだろう。
ソフィに着替えさせられているエクラを眺めている私。別に変態な訳では無く、エクラの足を見て、考え事をしているだけだ。
…え?やっぱり変態だって?
そうじゃなくて、エクラの足が私と同じ、一般的な人族の足だったからだ。
エクラの翼を見たとき、私はエクラが翼人族だと思った。しかし、翼人族のもう一つの特徴が、足が鳥の鉤爪であるのに対し、エクラは人族の足なので、そこに疑問が生じたのだ。
考え得る可能性は、エクラに翼人族の血が混じっていて、翼だけ身体にその証拠として現れた…のみだ。
きっと、エクラの両親のどちらかが翼人族だったのだろう。
少しして、エクラの着替えが終わった。
ソフィが選んだ服は、少し地味だが、そのおかげかエクラの可愛さが引き立っていた。
そして、背中の翼は隠れていた。
「エクラ!可愛い!」
そう!つまり可愛いのだ!私の推しの幼少期差分とかがあったら、まさにこんな感じだったんだろうな。
「そ、そんな…。テラス様のほうが可愛くて、美しいです!」
「私の事はいいの!それより、早速お出かけしましょ!…って、そういえば、ソフィは準備は終わってるの?」
「ええ。いつでも出立出来ますが。」
あ、いつものソフィに戻り始めてる。
「じゃあ、行こう!エクラ!」
どうも。私、テラスです。
今、私はエクラと手を繋いで一緒に街を歩いて巡っています。
最高です。幸せです。ありがとうございます。
あまりメインストリートに出たことが無かったのか、エクラは視線を動かし続け、
「あの服、とても綺麗ですね。あ、あのお店は一体何のお店なのでしょうか。とても綺麗な飾り付けですね。……」
と、一つ一つに感嘆の声を上げる。
可愛い。
飲食店から漂ってくる香りを嗅いで、
「テラス様、いい匂いですね。」
と、微笑みかけてくるエクラ。
可愛い。
キョロキョロし過ぎて少し疲れた様子のエクラと、噴水近くにあったベンチに座って、休憩。
「綺麗な噴水ですね。あ、猫ちゃん。可愛い。」
「可愛い。」
あ、口に出てた。
「ですよね!この前の氷の猫ちゃんもとても可愛かったですが、あの子もとっても可愛いですよね!」
確かに噴水でのんびりとしている猫も凄く可愛い。でも、その猫の可愛さも霞むぐらい隣のエクラが可愛すぎてヤバい。
そろそろお昼頃。お腹も空いてきた事だし、何処かの飲食店に入るべきだろう。
そして、既に良い飲食店は調べてある。私の魔法、地図は、前世の地図アプリを目指して開発しただけあって、とても便利な機能がいくつもある。
その内の一つに、飲食店についてある程度の情報を知れる機能がある。
流石に口コミは無いが、その店について、ある程度評価をしてくれる。
私達はベンチから立ち上がり、目的のお店へと歩みを進める。
そのお店は、メインストリートから少し外れた場所にある、小さな喫茶店だった。
従業員は、店長と、その娘さんの二人だけ。
静かで、上品な店…と、地図魔法は評価しているが、実際に行っていない以上、分からないことが多いので、少し不安だ。
店の扉を開くと、カランカランと鐘の音が鳴る。
喫茶店のマスターは、渋めなおじさんで、ただ無言でコーヒーを入れていた。
「いらっしゃいませ!三名様ですね?こちらへどうぞ!」
と、元気よく私達を案内したのは、若い女性店員だった。こちらは、マスターとは違い、愛想が良かった。
店は静かだが活気が無いわけではなく、客は皆、静かに話をしている。
なるほど確かに上品な店だ。
案内された、四人用のテーブル席に座った私達。
エクラと私は隣、ソフィは対面に座った。
「エクラ。何でも好きなもの食べていいからね。遠慮なんてしたら駄目だよ。」
と言いながら、メニュー表を広げた私。見ると、コーヒーは勿論、軽食や、スイーツなんかもあった。
あ、そうだ。ソフィは何か食べないのだろうか。
「ソフィも何でも注文してね。日頃のお礼も兼ねているから。」
「ひm…テラス様、メイドにお礼は不要だとあれほど…はあ。今日は説教は辞めておきましょうか。わかりました。私も何か、注文致します。」
私は、サンドイッチとコーヒーに決め、ソフィも同じものに決めた。
あとはエクラだけなのだが…。
「沢山あって、迷ってしまいます…。」
と、少し混乱していた。私もメニュー表を見て、何かエクラに…っと、これは?
「ねえ、エクラ。良かったらこの、パンケーキにしてみない?とっても美味しいよ。」
「パンケーキ、ですか?初めて聞きますが、テラス様のオススメなら、それにします!」
「わかった。でも、飲み物は果実ジュースにしておこうね。」
私が注文し終え、料理が届くまでの間、私はエクラと楽しく会話する。
「あ、エクラ。さっき注文したパンケーキ何だけど、実は私が発案者なんだよ?」
「ええ!?」
実は、王宮の料理長と一緒に作ってみた、前世の料理シリーズの内の一つなのだ。
そして、比較的簡単で、材料もそこまで高くない為、あっという間に庶民の間に広まったというわけなのだ。
動機は、バターを見つけたから、パンケーキ食べてえってなっただけなんだけれど。
「テラス様って料理を発明出来るのですか?凄いです。」
エクラは、目を輝かせてそう褒めてくれたが、前世の料理をパクっているだけなので、少し罪悪感が。
「じゃあ、お城に帰ったら、一緒にクッキーでも作ってみる?クッキーなら、そんなに難しくないからエクラでも簡単に作れると思う。」
「はい!作りたいです!」
嬉しそうに見つめてくるエクラ。
良かった。少しは距離も縮まったのかな。
「おまたせしましたー!」
しばらく談笑していると、料理が運ばれてきた。サンドイッチ二皿が先だった。
早速食べようとしたら、ソフィに止められた。
私が不思議そうな顔をすると、ため息を漏らすソフィ。
そして、ナイフとフォークを使って、ソフィが自分のところに置かれているサンドイッチを少し食べる。
え、サンドイッチにナイフとフォーク!?と私が驚いていると、ソフィは、私のサンドイッチとソフィが少し食べたサンドイッチを交換する。
なるほど。毒味ってわけか。
「ごめんソフィ。ありがとう。」
「いえ、当然の行動です。当然の行動なのですから、把握しておいてください。」
「はい。」
でも私、常に発動させている魔法の一つに、サーチ・ポイズンというものがあるから、毒味不要なの。
ちなみに、サーチ・ポイズンは、この世界の魔法で、私のオリジナル魔法では無い。
私は、そんなサンドイッチを手で持って食べる。
あ、美味しい。無難な、野菜と少しのお肉が入ったサンドイッチだったが、その味はとても美味しく、正直驚いた。
続いて運ばれてきたコーヒーも、ソフィとまた毒味の工程を挟み、飲んでみる。
子供の舌になった私には少し苦かったが、それでも良い香りで、とても美味しかった。
あれ、思ってた以上にこのお店凄いかも。
そして、遂にパンケーキが運ばれてきた。
気づけば、店内は更に静かになっていた。お客さんが、全員居なくなっていた為だ。
なので、今なら良いかと、パンケーキを運んで来てくれた娘さんに話しかける。
「このサンドイッチとコーヒー、とても美味しくて驚きました。」
すると、娘さんはとても嬉しそうに、
「それは良かったです!そのサンドイッチ、母の得意料理なんですよ!きっと、母も喜んでくれています!」
と、話してくれた。そして、上機嫌で厨房へと戻っていった。
さて、パンケーキだが、エクラは既に目を輝かせて眺めていた。
しかし、食べ方が良くわかってないようで、取り敢えずフォークを手には持っているが、持つというより握るという表現が正しい持ち方をしている。
「エクラ、切り分けてあげる。」
そう言って私は、ナイフを取って、パンケーキを八等分に切る。
「あ、ありがとうございます。」
「フォークはね、こう持つの。」
そう言って、私はパンケーキの一欠片をフォークで刺し、持ち上げ、
「はい、あーん。」
と、エクラに食べさせる。
「え!?ちょっとまっ…」
私はエクラの口を塞ぐように、食べさせた。
エクラの顔は羞恥心からか、真っ赤だ。
しかし、すぐに恍惚な表情に変わった。
「凄く美味しいです…!流石はテラス様です!」
よかった。まあ、このパンケーキ、私が作った訳じゃないけどね。
私は、ニコニコ笑顔で、次のパンケーキを持ち上げようとしたが、エクラに止められた。
「じ、自分で食べられますから!」
私は、一口一口を嬉しそうに食べる可愛いエクラを眺めながら、食事を取ったのだった。
会計を済まし、外に出た私達は、大使館へと帰りながら、いくつかのお店へ入った。
帰るのが早いのは、お母様と暗くなる前には帰ってくると約束したからである。
そして、最後に入った店は、またメインストリートから少し外れた場所にある、アクセサリー店だ。
そして、ここが今日の目的の店だ。
店内には、三人の女性店員がおり、その内一人は、私達より先に来ていた客に対応していた。
待機していた二人の店員の内、一人が私達に迫る。
「いらっしゃいませ。」
この店は、高品質な商品を扱う、隠れた名店で、この店オリジナルの商品がオススメ、だと地図魔法が示していた。
店内の商品を見ると、確かに良い出来のアクセサリーが並んでいた。
私は、二人に好きに見ていていいよ、と解散の指示を出す。
とはいっても、あまり広い店内では無いので、そんなに離れないのだが。
しばらく見て回っていると、一つ、目に止まったものがあった。
ショーケース内のそれを、店員さんに取り出してもらった私は、エクラを呼ぶ。
「うん、やっぱりよく似合う。」
それは、X形の白の花弁の様で、真ん中に蒼い宝石が埋まっている髪飾りだった。
やっぱり可愛い。…よし、決めた。
「これ、買います。」
「え、ええええええ!?」
「ありがとうございます!」
エクラの驚愕と、店員の感謝が重なり、店内に響いたのだった。
「私からの、これからよろしくねっていうプレゼント。受け取ってくれる?」
と、エクラの手を握り、優しい笑みを浮かべて私はエクラに聞いた。
少しして、エクラは諦めた様に笑った。
「…そんなの、断れるわけ無いです。わかりました。私、凄く大切にしますね。プレゼント、ありがとうございます!テラス様!」
そう言って、今度は満面の笑みを浮かべるエクラは、本当に可愛かった。
エクラのその発言を聞いて、店員と客が、テラス…?まさか…と、ざわざわし始めた為、急いで会計をして、店を出る。
そして帰り道、ずっとエクラは、髪飾りを嬉しそうに撫でていたのであった。
「今日はとても楽しかったです!ありがとうございました!…もし良かったらですが、また一緒にお出かけしたい…です。…それでは!おやすみなさい!」
そう言って、大使館へと帰ってきたエクラは自室へと戻っていった。
そして私は執務室へと向かい、お父様とお母様に帰還の報告と、土産話を始めたのだった。
そして私の土産話は、夕食の際も、終わることは無かった…。
〜その日の深夜二時〜
「ほんっと、気味が悪いわ、あの姫様が拾ってきた女の子。」
「ほんとよね。特にあのフォークの使い方。野蛮すぎて、私、気持ち悪くなったわ。だから私、最初の朝食以来、全ての食事、パンしか出してないの。パンなら、野蛮人でも食べられるでしょうし。」
「優しい〜!」
それは、意地の悪いメイド達の会話。
それは、ストレスを発散する為に、下の者を見下し嘲笑う、ごくありふれた様。
しかし、そんなありふれたメイド達に不幸があったとすれば、それは、
「へえ。そういう訳だったのねぇ。」
見下した者が、自分達の主人に溺愛されている事実を知らなかった事だろう。
返り血を浴び、赤く染まった少女は笑う。
その瞳に宿る感情は、何処までも純白で、黒き輝きを放っていた。
その感情の名は、愛だ。




