第十五話 王女、帰還
勢い良く布団が剥がされた衝撃で、私は夢の世界から一気に現実へと意識を戻される。
「姫様。おはようございます。何度起こしても起きないので、いつもの起こし方をさせて頂きました。」
と、怖い笑顔のソフィ。
ああ、そういえば1時間だけ寝かせてくれないかって言ったんだった。
「既に大使館への帰還の準備は終了しております。あとは姫様の準備だけですよ。皆、姫様を待っております。」
「え。」
「…半分冗談です。帰還の準備が予定より早く終わったため、今は皆、休息を取っています。姫様のように。」
「へ、へえ。なら、私も帰還の準備を始めないと。」
要するに、私の準備さえ済めばいつでも帰れるから早く準備しろって事ですね、はい。
私は、急いで身支度を終わらせて、その後、お父様とお母様と合流する。
「おお、テラス。遅かったな。我らは既に準備は済ませた。あとはお前次第だが、体調はもう大丈夫なのか?」
と、お父様は心配そうに見つめてくる。
なるほど。ソフィは私の顔色を見てそう判断し、そう報告したのか。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。私は、お陰様で体調も回復致しましたので、いつでも出立出来ます。」
「おお、そうか!では、早速出立するとしよう。大使館へと戻るぞ!」
その言葉を聞き、再びバタバタし始めた使用人達。
何だか申し訳ない気持ちになる私は、まだまだ王族として相応しい器には成長出来ていないのだろう。
私は、お父様とお母様の横に付いて歩く。
そして、私達に対する挨拶に、笑顔で対応する。
私、少しは成長出来たのかな。
そして、馬車に乗ろうとした時、私の魔法、地図が、私が要注意人物として赤いマークを付けておいた者が近づくのを検知した。
その者は、私に後ろから抱き着き、
「幽霊さん!こんにちは!」
と、元気よく言い放ったのだった。
マジか…。
私の頭にはその一言だけが浮かんでいた。
私は、こんなのだが王族の身分であり、王族に勝手に後ろから抱きつくなど、子供でも極刑を言い渡されても文句は言えないのだ。
そらそうだ。前世でも、子供に爆弾を括り付けて敵に突撃させる、なんて鬼畜の所業をしていた歴史があるのだから。
そしてこの世界では、子供に自爆魔法が仕組まれている可能性や、子供が暗殺者の可能性だってあるのだから。
しかし、お父様とお母様は、驚いた表情はしたものの、止めはしなかった。
そして、皆様のお察しの通り、抱き着いてきたのは、昨日中庭で出会った金髪幼女だ。
これで、この子は王族、もしくはそれ以上の身分であることが確定してしまった。
どうしようかと戸惑っていた私を助けてくれたのは、あのお方だった。
「これこれ、女王様や。テラス姫がお困りじゃぞ。離れなさい。」
「ヘクセレイ様!」
私は、再開の喜びと、再び助けてくれた事が嬉しくて、つい名を叫んでしまった。
…ん?女王!?
「…はーい。」
と返事し、悲しそうに私に抱きつくのをやめた小さな女王陛下。
しかし、今度は私の手を握り、
「やっぱりいや!幽霊さんと遊ぶの!」
と、言われてしまった。
「やれやれ。どうやら、女王様はテラス姫をたいそう気に入ったようじゃな。」
「ヘクセレイ様、あの、この方は女王様なのですか…?」
私は、もしかしたら私の聞き間違いなのではという淡い期待の元、聞いてしまった。
「テラス姫、その御方こそ、儂の国ヴェデーレの現女王、ルーフ・ホオヘノ・ヴェデーレ様ですじゃ。」
マジか…。
取り敢えず、最初の問題を解決しよう。
幽霊さん、その呼び方は不味すぎる。どうしてそう呼んでいるのか、なんて誰かに質問されたら詰む。
「ええと、ルーフ女王陛下。私の」
「ルーフって呼んで!」
…。
「…ルーフ様。私の」
「ルーフ!」
…助けて、ヘクセレイ様!
と、ヘクセレイ様のほうを見たが、
「女王陛下が許可を出したのじゃ。別に構わんじゃろう。」
と、笑われてしまった。
いいんだね!後で何言われても知らないからね!呼ぶよ!呼んじゃうよ!
「…ルーフ。」
「えへへ!幽霊さん、好き〜!」
え、可愛い。
え、凄く可愛い。
…はっ!
危なかった。咄嗟に頭にエクラを浮かべなければ意識を持って行かれていた。
早く当初の目的を果たさなくては。
「えっと、ルーフ。私の名前はテラス・テオフィルス・シュトラールと言うの。幽霊さんではないの。」
「そうなんだ。じゃあテラスお姉さま!」
…危ない!
危うく昇天して、本当に幽霊さんになるところだった。
「ごめんね。私、今から帰らないといけないの。」
「テラスお姉さまって、いつも私の国の近くで魔法の練習してるよね!今度、遊びに行くから、また…会えるよね…?」
と言って、泣きそうになってるルーフ。でも我慢してるのが、可愛い。
ってえ!?い、今、なんて…!?
「あのね、ルーフね、女王だからね、泣かないの!だから、笑顔でさよなら出来るの!」
いや、可愛いんだけどね。それどころじゃないの!
…取り敢えず、後で考えよう。今は、早くこの場から去らないと。
「ええ。また今度、一緒に遊びましょうね。」
「うん!テラスお姉さま、バイバイ!」
と、元気よく手を振るルーフ。私も、手を振り返しながら、馬車に乗った。
馬車の中の私は今、きっと凄く険しい顔をしているだろう。
そんな様子の私に、お母様が笑いながら話しかけて来た。
「テラス、貴方凄くルーフ様に好かれていたわね。貴方が今疑問に思っていること、わかるわよ。教えてあげるわ。」
曰く、ルーフは魔眼と呼ばれている、特殊な瞳を持っているそうだ。
誕生を世界樹に祝福されると、瞳に特殊な魔法が宿り、瞳は魔眼となる…と考えられているらしい。
そして、ルーフが持つ魔眼の力は、遠くを見る事ができる力、認識阻害を無効化する力だそうだ。
認識阻害の魔法と、私の不可視の魔法は似ているようで、全然違う。
認識阻害の魔法は、場所に対してのみ発動ができる。
その為、例えば犯罪者の隠れ家何かにこの魔法を使われてしまうと、かなり厄介なのだが、そうはならない。
何故なら、この魔法を使えるのは、超が付くほど偉大な魔法使いだけで、しかもこの魔法の存在を知るものは少ないからだ。
しかし、あくまで認識を阻害するだけで、完全に見えないようにするのはかなり難しく、高位の魔法使いならば、割と簡単に見抜く事が出来る。
だから、ルーフの魔眼はあまり問題視されていないのだろう。
だが、私の不可視は別だ。相手が、私を見る事を拒絶する魔法なのだ。だから、どんなに高位の魔法使いでも、この魔法を使った私を見る事は出来ない。
しかし、看破された以上、お母様から聞いた能力以上の力を有している魔眼だとしか思えない。
ここからはお母様の話を聞いた私の考察なのだが、ルーフの魔眼は、見る事を可能にする能力なのだと思う。
ルーフ自身が、まだ自分の力の本質に気付いていない為騒ぎになっていないが、ルーフの魔眼が本気になれば、見ることの出来ないものは無くなるだろう。
…恐ろしい能力だと何故誰も気付かないのか。
ルーフが望めば、魔眼はそれに答え、ルーフに全てを見せるだろう。
目の前にいる者の今考えている事、過去、そして未来さえも見せてしまうのだろう。
その時のルーフはどう感じ、何を考えるのだろう。
…あくまで推測なので、そうならない可能性だって大いにありますよ?
そんな事を考えながら馬車に揺られていた私は、不意に大切な質問をしなければならない事を思い出した。
「そうでした、お母様、お父様。シュトラール城に帰るのは明日なのですよね?でしたら、今日中にこの街を観光したいのですが、宜しいですか?」
この前の夜の散歩で殆ど回り終えているので、目的はエクラとのデートだ。
お父様は少し考えた後、予想通りで、一番嫌な返答をする。
「ふむ。ならば護衛の者を選別しよう。そして、この馬車に乗って街を巡るのが良いだろうな。」
やはりこうなるか。護衛とか要らないし、正直邪魔だ。
さて、どうやってお父様を説得しようか、そう考えていた私に、助け舟を出してくれたのはお母様だ。
「あら、護衛は必要ないと思うわよ。だってテラス、夜に勝手に大使館から抜け出して、無事に帰ってきているじゃない。とはいえ、その先で問題を起こしたのも事実。だから、護衛ではなく、監視役が必要だと思うわ。」
お母様ナイス!お父様は唸っている。私が心配なんだろうな。
お母様が私に目配せしてくる。
つまり、ここからは私のターンと言う事だろう。
「お父様。ならば、ソフィを連れて行きます。彼女ならば、私を容易に止める事ができるでしょうし。」
「う、む。そうだな。わかった。」
絶対わかってないわかっただな。
だって、明らかに心配してる顔だもの。でもね、お父様。私知ってるんだよ。
お父様が、私に常に忍者みたいな者達を付けている事。
大使館に着いた私は、真っ先に大使館へと飛び込んだ。
私達に頭を下げ、帰還を歓迎していた使用人達が驚いていたが、気にせず真っ直ぐに目的の部屋まで直行する。
来客用のその部屋の扉を、深呼吸してからノックする。
中から、美しい声でどうぞと、返ってくる。
私は、ゆっくりと扉を開けた。
その部屋の主は、私を見て驚いていた。
そして、部屋の扉が後ろで閉まったことを確認すると、部屋の主、エクラに飛び込…みたいのを必死に抑え、歩いて近づく。
「ただいま。エクラ!」
「えっと、おかえりなさい。テラス様。」
次回、デートです。
や↑ったぜ。




