花嫁(1)
私が自分の好みに走った(自分が読みたいと思った)小説を書きました。「あっ!それ、私も好き!」と一緒に思って下さる方がいらっしゃれば幸いです。!2009年から数年書いて活動していましたが使っていたホームページのサイトが閉鎖されそれから何かと忙しくて放置状態でした。最近やっと余裕が出来たので完結しているものですが再度見直しをして(エピソードなど変更なし)投稿したいと思います。
我々は盟約に従って、永遠に〈沈黙の地〉の封印を守る事を誓う。
天界は盟約の証にオラール王国へ〈光の聖剣〉の輝きと、その礎なる〈天の花嫁〉を与える事を誓う。
冥界は盟約の証にデュルラー帝国へ〈闇の聖剣〉の無限と、その礎なる〈冥の花嫁〉を与えよう…
これらは、オラール王国、デュルラー帝国の建国当時から伝承される盟約の抜粋である。
遥かなる古の時代。世界は天界と冥界で成り立ちその境界には神々によって創造された人々が暮らし終わることの無い永久の平穏を信じていた。しかしその平穏な世界を無に変えてしまう邪悪な存在が現れたのだ。
それは次第に…嫌、急激に天界・冥界をも脅かす存在となった。
〈虚無の王〉と忌まわしく呼ばれるその者の力は強く、永く続いた平穏に慣れ衰退した世界は終焉をただ待つしかないと諦めかけていた。しかし、お互い干渉する事が無かった各界は同一の巨大な敵に対抗する為に力を合わせる盟約を結んだのだ。
天界と冥界はそれぞれの力を凝縮した聖剣を創り、生命力に溢れ何よりも各界に無い強靭な心と活力を持つ人間にそれらを与えた。
しかし力なき人間は異界の巨大な力を使いこなす事が出来なかった。だが人間達は貪欲なまでの意志の強さで諦める事は無かった。
その聖剣に相応しい者を創り出す為に、天界と冥界より花嫁を迎えて婚姻を結び、力に見合う胎児を誕生させたのだ。
後にこの二人は成長し〈虚無の王〉を滅ぼすまでには至らなかったものの、人界の土地に封印し世界を救ったのだった。
そして光の聖剣を擁する者はオラール王国を建国。
闇の聖剣を擁する者はデュルラー帝国を建国し、〈虚無の王〉を封印した土地を〈沈黙の地〉と呼び両国はこの土地を盟約に従って守っているのだ。
天界と冥界はこの〈虚無の王〉を封印する力を与える血脈の維持の為、彼らの一族へ同胞の花嫁を送り出す…
これより盟約に記された花嫁は歴史の中に度々現れる事となる…
デュルラー帝国の城下町。整備された石畳の広い道が四方に伸び、道の両端には様々な物を売る店が建ち並んでいる。街の中でも一番の繁華街だろう。その繁華街から一本横道にそれた所にも商店がぽつり、ぽつりと並んでいた。その中に店内から路上にまではみ出して色とりどりの花を並べている花屋があった。
質素な格好をしているが身に纏うマントにしても靴も一目見て上質と思える服装の若者が店に立ち止まり、路上に並べていたピンクの薔薇を一輪抜いた。そして薔薇の香りを軽く嗅ぐと、店内に呼びかけるた。
「ティアナ!いる?」
店の奥から出てきたのは目的のティアナでは無くて彼女の母親だった。
「まあ、これはイヴァンさん。今日は暇ですしお天気も良いからティアナはいつもの野原に行っていますよ」
「ありがとう。行ってみるよ。そうそう、この薔薇代ね」
「いつもありがとうございます」
母親は代金を受け取り、軽い足取りで去って行く青年を見送りながら不安な声音で奥から出てきた夫に話しかけた。
「三日と置かずやって来るけど…どう見てもあの青年は貴族よね。心配だわ…」
友達ならいいが最近では娘の様子も違って恋する少女特有のものを感じていた。
「イヴァンさんは良い方だと思うけど…今から心配しても仕方が無いわよね。別に結婚したいとか言っている訳でもないのだから」
妻の言葉を不服そうに聞いていた夫は「結婚」という言葉に怒気を漲らせて叫んだ。
「結婚!とんでもない!早過ぎる!反対だ!絶対駄目だ!」
妻は禁句を言ってしまったと後悔したが激怒する夫をなだめながら一人娘のいる野原に続く道を溜息と共に見つめるのだった。
そのティアナは古代の神殿跡のような遺跡と四季折々の花々が咲き乱れるこの野原が大好きだ。建物がひしめく街並みから、いきなり時を忘れたかの様な広々とした風景がぽっかりと現れるのだから驚きだ
宅地が無いと大人達は不平を言って、この野原を狙っているようだったが噂によれば皇家直轄地のようで誰も手は出せないらしい。
そんな噂があるから誰もここに入って来ないがティアナは平気だった。小さな頃から来ていたが誰からも咎められた事は無かったのだ。時間があれば何時もここに来て遺跡の壁に背もたれながら本を読んだり、花を眺めたり空想したりして楽しんでいる。
今日もぼんやりと風景を眺めていると目の前にピンクの薔薇が急に差し出された。犯人は良く知っている。
必ずピンクの薔薇を持ってくるのだから…
ティアナが嬉しさに瑠璃色の瞳を輝かせて振り向くと先程花屋で彼女を訪ねていた青年が後ろに立っていた。
彼は背が高く育ちの良さそうな優しげな顔立ちで、とても整っている。女性なら誰でも好感を抱くに違いない。それに春を思わせる淡いすみれ色の柔らかそうな手入れの行き届いた長い髪に珍しい紫色の瞳。夢見るような容姿の彼を見るだけで少女が恋をするのもおかしく無い。ティアナはイヴァンに夢中だった。
イヴァンは薔薇を短く手折るとティアナの輝く金糸の様な長い髪に挿し、彼女に小鳥がついばむような口づけをした。
「珍しいね、君が髪をほどいているなんて。あまりにも綺麗だったから思わず薔薇を飾りにしてしまったよ」
ティアナは少し恥ずかしそうに髪を手ですきながら頬を赤らめた。
「綺麗だなんて…そんな事無いわよ。今日は、お店の手伝いしなくて良かったから何もしないでいただけよ」
「ティアナって本当に自覚が無いね。君は本当に綺麗だよ。まあ、そこが良いのだけどね。自分が美しいと思っている自意識過剰なご令嬢達には辟易するからさ」
イヴァンは肩を大きくすくませながらティアナの横に座った。
「今日はゆっくり出来ないんだ。兄の命令で至急行かないといけない事があって何日か此処に来られない事を言いに来たんだ」
「そうなの…寂しいわね」
イヴァンの兄の事は少し彼から聞いていた。とても優秀で誰も彼には逆らえないらしい。歳が一つしか違わないから周りから何かと比較されて育ったが彼自身、兄に敵うものなどひとつも無いのに騒ぐ周りが煩わしかったようだ。普通なら卑屈に成りそうなものなのに生来の彼の性格で諦めが早く、物事を穏便に済ませたがる気質が多いに幸いしているようだった。それでもイヴァンは兄の事を尊敬している様子なのは言葉の端々で感じていた。
ティアナは別れを告げて去って行く恋人を見送ると、お気に入りの場所に腰を落ち着かせた。付き合いだして間もない彼女にとっては一秒でも長くイヴァンと過ごしたかったから少しの別れと言っても悲しくて仕方が無かった。再び、ぼんやりと景色を眺めながら彼と出逢った事を思い出していた。
それは、三ヶ月前の事だった。母親の用事で出かけていた時、通りで子供が酔っ払いの男に絡まれていた。子供がぶつかって男の持っていた酒瓶が落ちて割れたらしい。仕事か何か上手くいかなかったのだろう、昼間から飲んだくれた男は腹いせに子供に当たり散らかしていた。体が大きく腕力も強そうな男を恐れてか通る人達は皆、下を向いて足早に横を通り過ぎている有様だった。ティアナは何も考えずに子供の前に飛び出して背中に庇うと、男を見上げた。
「なんだ!お前!そこをどきやがれ!」
ティアナは男の怒号に震えながらも子供を庇った。彼女は困っている人を放っておけない性格で自分の事より他人を優先させる心優しい少女だった。
男がイラつき彼女を殴ろうとしたその手を掴んだ者がいた。
「まあまあ、おにいさん。お酒は弁償しますから此処はこれで宜しく」
急に現れた青年はにっこりと微笑むと、掴んだ男の手に金貨を一枚握らせたのだ。男は手に輝く帝国金貨を見て酔いが一変に醒めたようだった。上等の酒を何十本も飲める金額なのだから当然だろう。それから男はもちろん上機嫌でティアナや子供に一瞥もなく去って行ったのは言うまでもない。
ティアナは殴られると覚悟したが、夢に描くような貴公子が現れ男の手を掴んだ時は心がときめいた。しかし後が悪かった。暴力は嫌いだがこの暴漢を懲らしめてくれるかと思ったのに、お金で済ませるなんて期待外れだった。助けて貰ったけれどお礼を言いたく無い心境だったが助かったのは事実なので、にこにこ微笑む青年を見た。
「ありがとうございました」
そう簡単に言うと彼から視線を外し、うずくまって泣いている子供に声をかけ手足の泥をはたいてあげた。ティアナに無視されているのに青年は気にする事もなく陽気に話かけてきた。
「しかし、無茶するね。あんな大男の前に飛び出るなんて。君の弟?」
「…」
ティアナお金持ちの道楽息子に構ってやるものかと無視を決め込んだ。彼女は容姿が美しいので何時も、この手の男共が纏わりつく。だから経験上無視をする事に決めているのだ。
青年は彼女を一目見た瞬間、気に入ってしまった。諦めの早い彼には珍しく彼女の気を引きたくてたまらなかった。
「弟じゃないとしたら、もしかして君の子供?」
「ば、馬鹿な事言わないで!私はまだ十六よ!こんな大きな子供いる訳ないじゃない!」
馬鹿な問いにティアナは思わず振り向いて返答してしまった。青年は少女なら誰でも憧れる魅力的な微笑みを浮かべていた。
「他人なのに危ない目にあっていたの?」
「かわいそうだったから…」
ティアナは人懐っこい彼に観念してぽつりと答える。
「優しいんだね。そう思ってもなかなか出来ないものだし感心するよ。さあ、いつまでも此処に立っていても仕方が無いから、家まで送って行くよ」
「いいです。一人で帰れます」
「遠慮しなくていいから。さあ家はどこ?」
「遠慮なんかしていません!あっ、じゃあ、この子を送って行ってあげて下さい」
それは無いだろう?とぼやかれて結局二人で子供を送って行き、ティアナの自宅兼花屋まで青年はついて来てしまった。
これがイヴァンとの最初の出逢いだった。
ティアナは耳元に挿された薔薇の香りにふと、もう一つの思い出が浮かんできた。イヴァンが次に現れた時、腕にいっぱいのピンクの薔薇を抱えて来たのだ。女性の贈り物は花だと思ったらしいが、ティアナの家が花屋だった事は失念していたらしい。
花屋の店先で花を持って誘いに来た滑稽な出来事は今でも笑いが込み上げてくる。良家の子息のようだが飾らない性格と、この間抜けぶりが彼女に気に入られて今日に至っている。今でも彼は逢う時に必ずピンクの薔薇を贈っていた。
もちろん今はティアナの店で買っている。
イヴァンとの楽しい思い出が浮かんでは消え、いつの間にか春の陽気に誘われてティアナは、うとうとと眠ってしまった。
ティアナとイヴァンの淡い恋物語で始まりました。身分が謎の青年と言ってもバレバレ感ありますよね。ごめんなさい。身分のわりに庶民的なのは謎です。