39.婚約式は、1つの誓い
〜※〜
一応、作法としての婚約式のことは頭に入っている。
だが知っているだけだ。平民にはそんなものないし、誰かの式に関わったこともない。
行事としてあるものだと貴族の間でも風化しかけているようなので、余計に平民側が知るわけがないってね。
じゃあわざわざやる意味は? と思うかもしれないけど、互いの関係をより強固にする為とか、理由があってすぐに婚姻が難しい場合とか色々あるらしい。
『ナニソレ! すごく面倒ね!』
「あとは… 婚姻はどちらかが成人していないと駄目とか、そういう決まり事もあるみたい」
『~っ! まどろっこしい!』
フィーラとサーラはたぶん、決まり事が多すぎると言いたいんだろう。
自由な彼らからしたら、確かに人間の決めたルールやしきたりなんてものは窮屈なのかもしれない。でも「なければよかった」とも思えないから、難しいところである。
決まり事があるから成り立ってきたものもあるからだ。
「でも今回に関してはたぶん、ラティは王太子殿下より先に結婚する気はないんだと思う」
『あら、ラティから聞いたの?』
「ううん。なんとなくだけど、そう思うの」
でもその王太子殿下の婚姻も、もうすぐなのではという話が国中に広まっている。そういう情報が風の妖精たちから入ってくるのだ。
何の関係もなかったら大して興味ないけれど、王太子殿下の婚姻は私の友人の婚姻だ。何も感じないわけがないし、何もしないわけにはいかない。
そしてたぶん、ルピアも同じ気持ちでいてくれている。婚約は、結婚は、ドレスは、と私よりも嬉しそうな顔で聞いてくるのだ。
今日の婚約式後のパーティーにも招待しているから後で会えるだろう。
まぁ、それはともかくとして。
「できました。リルフィ様」
「…ありがとう。ミアはこういうのも得意なのね」
「いつか必ずやる機会があるからと、たくさんのことをリーゼさんにたたき込まれました。あの屋敷ではやることはありませんでしたが…」
「そうなんだ…」
「使用人としてのスキルは高い方だと思っています!」
「仕事と関係ない所ではミスが多いけど」
「そ、それは言わないでくださいよ~!」
オースト家の使用人として働いていたミアとそんな話をする。
何でここにいるのかと再会した時は思ったけれど、どうやらいつのまにかラティによって引き抜かれていたようだ。
まずは本邸で、ある程度のロトレイ家でのやり方を学んで、私が普段過ごす屋敷へとやってくるらしい。もうちょっと先の話だそうだ。
ゆくゆくは私付きになるのだとか。
「でもミア、本当にこっちに来てよかったの?」
「はい。実は私… 両親はもう亡くなっていて。縁あってあそこで働かせてもらっていましたが、頼るあてもない1人だったんです」
「1人か… 寂しくなかった?」
「…少し。でもこのロトレイ領に唯一の親戚がいることが分かりまして。せっかくだから思い切って移住してしまおうかと」
本当に思い切ったな… いくら家族がいなくて1人だといっても、そこで培えた人間関係とかあっただろうに。
……いや、もしかしたらあまりなかったのかもしれない。ちょっとだけおかしかったオースト領では。
それならいっそのこと新天地で、一からというのは逆に良かったのかもしれないね。私だって精霊たちのことは抜きにしても、同じような立場だったからよく分かる。
ミアの様子から察するに、その親戚の人との関係は良好寄りのまずまずといったところのようだ。
向こうも存在は知っていたが会ったことはなかったので、丁度良い距離をはかっている最中なのだと思われる。心配はいらなさそうなので、とりあえずは安心だ。
でも念の為、ミアには風の妖精1人付いててもらうことにしよう。
「……入ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
控えめなノックがあった後にラティの声。
ミアが私に伺いを立ててきたので小さく頷いた。私のそれを確認してミアは扉を開けに行った。
うーん… 確かに。きちんと教育されている。
主が戻ってくるかも分からない場所でここまでの教育をされたのか。まるで最初からそこじゃない別のどこかで働くことを前提としていたような。
部屋に入ってきたラティは正装に身を包んでいる。当たり前のことなのに、あのダンスパーティーの時と同じように、見慣れぬ姿に内心ドキドキしている。
ラティは私に近づいてきたので、座ったままの私は彼を見上げた。
何も言葉を発しなかった。…が、小さく微笑み、髪をひとすくいし、口づける。
その瞬間、私の中で何かがぶわっと溢れ出た。頬も紅潮し、熱を持っているのが分かる。
こういうことをさらっとやってくるから! もう!
「…行こうか」
「……はい」
いきなりのことに恥ずかしさはまだあるけれど、ラティからの想いは素直に受け入れられるようになってきた。
きっときちんと幸せを感じるからだろう。
今いる本邸から教会へと移動する。婚約式は厳かに、主役の2人だけで執り行われるので、派手さはなくとてもシンプルなものだ。
時間も30分程といったところ。そんなに長くない。
行事名にこもる圧が、内容の倍以上あるんだよな。私としてはその後に行われるパーティーの方が、やることが多そうで疲れるのではと思っている。
……ちょっと気になることもあるしね。
「…何してるんですか」
「つれないな。一応、2人の護衛役だぜ?」
「ルオン兄さんがそんなことやらなくてもいいのに」
「何言ってんだ。今日はロリスもクリスもいない。一応でも必要なんだ。可愛い弟と義妹の大事な日。俺は2人の兄貴だぜ?」
馬車に乗り込む私たちに付いて乗ってきたのはルオン義兄様だった。
婚約式に向かう男女が護衛を雇うのは別に珍しくもなんともない。むしろ普通のことだ。
騎士の人でも自分の時は護衛をつけることもある。何があるか分からないから、用心しておいて損はないということだろう。
けどまぁ、私の場合は過剰防衛な気がしなくもない。たぶん、既に間引きされているようだし。
何が、とは言わない。誰が、とも言ってはいけない。今日はみんな大人しい方なんだから、余計なことは言わない方が吉である。
護衛云々に関しては、いてもいなくてもいいというのが正直な感想であるが、ルオン義兄様の明るさのおかげで緊張がほぐれているので、いてくれてよかったと思う。
少しだけ硬くなっていたラティの表情も、幾分か和らいだようだしね。
~※~
「では、お二方。前へ」
教会に着いて馬車を降り、ラティにエスコートされながら中に入ると神父様からそう声がかかった。
教会の内部の空気というのは、建っている場所といる人によって変わると言っていい。
ここはほんの少し緊張感が漂っている。それは少し先を行けば魔物との戦いの場があること、平和な空気が街を流れていても戦いがすぐ隣にあるこの領地ならではだろう。
大事な人と、大事な誓いをする場。
あるいは、それが政略であったとしても、自身の役目を再確認する場。
私にとっては、両方だ。
神父様が何かを唱えているが、正直なところ何も入ってこない。目を閉じて、思い浮かべるのは今までの自分。
シルヴィアだった頃。
リルフィとなった時。
リルフィとして過ごした10年。
リルフィとして過ごしていく“これから”。
もう何も、誰にも奪わせない為に紡ぐこれからを。私を大事に想ってくれる人と共に歩むことを。
私はしっかりと、心の中で誓いを立てる。
『(リルフィ)』
「…!」
『(貴女はとても、強い娘)』
『(貴女はとても、温かい心を持つ)』
『(貴女はとても、真っ直ぐな瞳をしている)』
『(貴女はとても、愛らしい)』
ネールが、サーラが、フィーラが、アースが。
それぞれ念話で伝えてくる。普段とは違う少しだけ畏まった雰囲気だけれど、声色はとても、とても優しい。
『(貴女が心から愛する人を見つけたことが、私たちはとても嬉しく思うわ)』
まるで結婚式かと思ってしまうような言葉。…え、これ、結婚式ではないよね??
私がみんなの言葉の真意を知るのは、数刻後のこと。
~※~
何故か、妙に緊張した。それは私だけでなくラティもだったようだけど。
どうして? と聞いたら、たぶん君と同じ、と言われた。どういうこと?
あまり深く考えないようにしよう。
帰りの馬車の中での話題は、今日この後のこと。
親しい友人等を招いてのパーティーが予定されている。ある、と聞かされているだけで全容は何も知らないけど、婚約式後はそういうパーティーを開くものなのかな?
帰って、少しだけ休憩したら再度着替えをする。あのドレスに着替えるんだと今から楽しみである。
「ルオン兄さん。会場の方、最終確認お願いしてもいいですか?」
「おう、まかせとけ。お前らはお前らで自分の準備だろう?」
『ボクたちも最終確認だよぉ~』
『いよいよね!』
…? 精霊たちも何か関わっているのだろうか? そんなことをにおわせるような会話をしているのが少しだけ気になる。
任せてくれと言われていたからといって、何も聞かなさ過ぎたのはいけなかったな。何か1つでも知る、もしくは知ろうとするべきだったかも。
まぁ、今更なので今回は仕方ない。
みんなや妖精たちから何かほわほわした感情が伝わってくる。
これは、何の感情か。喜びのような気がするんだけど、喜びのようでいてそうじゃないような。
今日は婚約式とパーティー以外に何かあったっけ? 何かとても大事なことを忘れているような気が…
『リルフィはちゃーんとおめかししましょ』
『そうだな。なんてったって主役だしな!』
みんなはしきりに私が主役だと言う。
今日のことを言っているのなら、私だけではないと思うんだけど。なーんかそこも勘違いしている気がする。
あれー… 私は何を忘れてるんだ?
頭に疑問符を浮かばせまくる私を見て、ラティがクスクスと笑っている。
何笑ってるんだという意味を込めた視線を向ける。それでもラティは笑っている。愛おしそうな眼差しで見てくるからこそばゆい。
受け入れられるようになってきたといっても照れはある。恥ずかしいわけではない。照れがあるだけだ。




