7.魂の波長
~*~
「そういえばあのお花、どうしたの?」
採集後の薬草畑の手入れを子供たちと一緒にしている時、昨日帰ってきた時から視界に入って気になっていたから聞いてみた。
…まぁ、花=あの人っていう思い浮かぶ人物はいるけど、違う可能性もある。そう思ったから聞いたのに、子供たちの答えは予想通りというかなんというか。
全っ然嬉しくないけど。
「あのお花はね、ブラウンさんだよ」
「ブラウンさんがリルフィ姉ちゃんにって」
「今はいないよって言ってるのにね。リルフィ姉ちゃんがいない時ばっか来るよね」
「ちょっと残念な人だよね」
……10歳未満の子供たちになんて言われよう…
ブラウンさんは隣町にある花屋の息子。
王族や貴族が主催するパーティーにも卸すことがあるくらい、立派で大きなお店。
そこの跡取りであるブラウンさんは私の2歳上で、ちょっと気弱な所もあるけど、でも優しい人。
私のことが、好きらしい。
子供たちや精霊たちからそうらしいと聞いただけで本人からは何も聞いてないけど、私が察してしまうほどの態度というわけだ。
どこで見かけられたんだろう。ルドの町以外はあまり行くことないんだけどなぁ…
「一昨日も来たよね」
「でも町にいるって言ったから、昨日は町に行ったと思うけど…」
「でもリルフィ姉ちゃん、昼には帰ってきたからまた会えなかったみたいだね」
「そうだね… 会ってないし、いることも知らなかった」
「残念な人だねぇ…」
やれやれというように肩を落とす子供たち。ませてきたなぁと思いつつ、私はブラウンさんのことを考えてみる。
いい人というのは分かるし、好印象ではあるんだけど… そういう風に思ったことはない。
人が、人を好きになる気持ちは分かる。ブラウンさんからの好意は嬉しく思っている。
…でも、そういう対象ではなかった。
そういう事を今まで考えたことがないというのもあるんだけど、こう… なんか… しっくりこないというか…
ブラウンさんのことを考えると、何故かラーティ様の顔が浮かぶ。一体どういうことだ。
会ったばっかで、好きとかそういうんじゃない!
…はずだけど。
『まぁ、しょうがないわよね。あれほどまで合わさっているのはすごく珍しいわ』
そう言うネールの声が聞こえた。
何か知っているような言い方。声だけで、姿は見えない。まるで言い逃げだ。
合わさってるって何が!? そして何のことを言っているのかも分からない。
まぁ、また後で聞いてみるしかないか。
気にはなるけど、今すぐに聞けることでもないと思って、考えていたことを一旦頭の隅に移動させた。
今は次の薬草栽培の為の畑の整備中だ。次は何を育てて、何を子供たちに作らせてみようか。ちょっとだけ楽しみだったりする。
昨日、私が教えながら作った子供たちのポーションは、非常に良い出来だった。素人が、しかも子供が作ったと言っても信じてもらえないかもしれない。
…ちょっとやらかしたかな。この先何かあった時の為の自衛手段の1つとして教えたんだけど、予想以上のものができてしまった。
精霊たちから教えてもらったことだからもあるかもしれない。でもそれ以上に子供たち自身の潜在能力が高すぎる。
『リルフィの潜在能力も大概だけどねぇ~』
「(うぅ… 言わないで…)」
『そんな事よりも、彼、どうするの~?』
「(え…??)」
アースののんびりとした声だったからか、気づくのが少し遅れた。
パッと顔を上げて、すぐに下を向く。子供たちにとっては何回目の訪問かは知らないが、ブラウンさんが視線の先にいたのだ。
いることに気づいてないふりをする。その方がいい気がした。
「あ、ブラウンさんだ」
「今日も来たね。やっと報われたね」
「こっちに来るよ、リルフィ姉ちゃん」
分かっているよ、とも言えず。さも今気づいたかのように顔を上げる。
というよりも、本当にどこでそんな言葉を覚えてきたんだろう。そっちの方に気がいってしょうがない。
…まぁ、それも成長してるということで喜ぼう。子供たちが逞しくなってくれるのはいいことだ。
「よかった、リルフィさん。今日は会えました」
うっ… 柔らかな笑顔が私には眩しい。
彼の両手には花と有名菓子店の袋。お菓子は子供たちへのお土産のようだ。
優しく、人当たりもよく、普通に生まれて普通に暮らしていたら好きになっていてもおかしくないと思う。
でも重ねて言うが、そういう対象ではない。以前よりもそう思うようになっている気さえする。
それに失礼なことに、目の前にブラウンさんがいるのにやっぱりラーティ様の姿が浮かぶ。
なんなの、私本当にどうしちゃったんだろう。
~*~
夜になって。私は孤児院からこっそり抜け出した。
ちょっと落ち着いて考え事をしたかったから。真夜中でみんな寝ているとはいえ、人の気配がする場所でする考え事ではなかった。
抜け出したこと、シスターにはバレているだろう。
でも子供たちに知られないようにこっそりであること、私なら大丈夫であると信用されていることから黙認してくれている。
「…魂の波長?」
『そう、それが恐ろしい程合っているのよ。あの騎士の彼とはね。前世でも一緒にいたんじゃないかってくらい』
ネールの言葉に、納得している自分がいる。
分からなかった正体が分かってほっとしたような感覚。
分かって良かったと思うのに、その事を素直に喜ぶことができないのは状況が状況だからかもしれない。
簡単に言えば、相性がとても良いということ。
惹かれ合う縁というのがあって、もしそれでまた会うことがあったとしてその後は…?
リルフィとして生きている私にとって、付き合い方が難しい相手だ。
…いっそのこと、記憶喪失にでもなってたらよかっただろうか。
「私ってさ、シルヴィアであったことを捨てきれないみたいなんだよね」
『それはそうよ。簡単に捨てられるものでもないわ』
『シルヴィアであったからリルフィでもあるんだし、リルフィがいるからシルヴィアもいるんだよぉ』
『んんん? つまりはどういうこと?』
『それはあれだ。えーっと… アース、どういうことだ?』
『あらあら2人共…』
アースの言ってること、なんとなくだけど分かる。
シルヴィアを消せないし、消さない。でもシルヴィアでいれば、保護はしてくれるだろうけど縛られるだろう。そうなれば今以上に自由がない生活となってしまう。
(どうするかはシルヴィア様の自由だと思う)
ラーティ様が言ってくれた言葉が頭に浮かぶ。今までで一番嬉しかった言葉だ。
きっとあの人は、私がどういう選択をしても応援してくれる。必要であれば手も貸してくれるかもしれない。そう思った。
『ま、いざとなったらこの国を出て旅をしようよ! いろんな所見に行くの。その時は他の精霊たちの手も借りよう!』
『それいいわね。契約はまださせないけど』
『時と場合によるんじゃない~? でも呼べばすぐ来るよ。きっと』
『そういや、新たに闇のが生まれたんだったな。1回呼んで顔合わせするか?』
改めて考えて気づいたけれど、私がこの国を去らない理由はルドの町と孤児院しかない。
成人して、孤児院を出たら。ニーコちゃんの所を拠点にして町で活動する?
それは割と本気で思い描いていた未来。
シルヴィア捜索で王家が動かなければきっとそうしていた。
でも、動いてしまった。
万が一の可能性が低い確率でも存在するのなら、私は私の感情を捨てよう。
私がここにいたいからという理由が原因で、ここの人たちに何かあっては嫌だから。
『リルフィ?』
「……」
『会いたい?』
「…誰のことだと思って聞いてるの?」
『さぁ? でもリルフィのそんな表情、初めてだから』
分かってて言ってるよなぁ、ネールは。そういう時はいじわるなんだから。
けれどネールの言うとおり。本当にこの国を出ていくかもと思った瞬間に、会いたいと思った。
相性がいいからといっても、愛とか恋とかではないと思うし、分からない。
でも会って話をしたいと思うくらいには心が向いていた。
自ら会いに行くことはしない。けれどもしも本当に偶然会えたのなら。
その時に感じた心のままに、動くことをしてみてもいいんじゃないかと思っていた。
~*~
「……」
「どうした? 何黄昏てんだ?」
「そんなんじゃないよ。まぁ、思うことはいくつかあるけど」
「ついに気になる女ができたのか!」
「さぁ、どうだろうね」
「…え、マジ? 半分冗談だったのにマジなの?」
気になる女。まぁ、あながち間違いじゃない。
でもそういうことに関心を見せなかった僕が、におわせのような感じで言うものだから、同期入隊の彼は驚いたようだ。
2日程前に知り合った平民の女性。リルフィは自分より歳下とは思えないほどしっかりしていて、色々な強さを感じた人だった。
実力だけじゃない。中身というか、意志というか。
「それにしてもシルヴィア様の情報、1つとして出てこないな。亡くなってたとしても、そういう情報も一切ないっていうのはおかしいんじゃないか?」
そう、何一つとしてシルヴィア様に関する情報は得られていない。シルヴィア様の捜索に出ている全ての騎士団が全滅している。
そもそもで真剣に探している人はほとんどいないだろう。見つかる可能性がほぼゼロなのに士気も何もあったものじゃない。
僕も、何も見つけられなかったかのようにふるまうことにした。いやまぁ、実際シルヴィア様に関するものは見つけられなかったんだけども、疑わしい事柄というのはあった。
冒険者とはいえ、平民にしては有り得ない魔力量。
所作の1つ1つが礼儀正しく、言葉遣いも悪くなかった。むしろ貴族であるはずの人の方が口が悪い気がする。
まぁ、そんなことはさておいて。疑わしい点ではあるけども、決め手に欠けるのもまた事実。できればもう少し調べたいところだ。
…でも、もし本人だったら?
そんな考えが、頭の中に浮かんでは消えるを繰り返している。
歓喜と動揺が激しく交錯する。けれど守りたい、助けたいという気持ちだけは揺らぐことはなかった。
僕のやるべきことは、ただ1つだ。




