10.繋げてきたもの
ルピナス様は他にも多方面からの意見を出していたが、最終的に理由等はシンプルなのが一番濃厚だろうと結論付けた。
相手にも思惑が色々あるんだろうけど、今回はその全てが一気に叶うチャンスかもしれないと思われ、行動に移されたのだろう。
セティアナイツ殿下を陥れたい。
大国、フィエーダの国力を削ぎたい。
ロトレイ家の力を失墜させたい。
精霊の愛し子を、我が国のものとしたい。
確かに上手くいけばその全てが叶ったかもしれなかっただろう。……確率はゼロではなかったのは確かだが、浅はかな考えだと言わざるを得ない。
まず、フィエーダ国… 特に今の国王陛下に発言力はない。
ネールたち四大精霊を怒らせたことが大きく、退位してないだけで今や殆どの権限はイリアル殿下に移行していると言っていい。…らしい。
そしてセトを陥れようとした件。転移させたまではよかったが、これも失敗に終わっている。
セトが一応でも先触れを出していたこと、私やラティが大して気にしていないこと。
そもそもで、転移させた先が魔物の出ない場所だったことが大きい。
「穴だらけな作戦だな。……いや、作戦ですらないな。お粗末すぎる」
「ちょっとでも調べればロトレイ領でも魔物の出ない場所があることは分かったのにな」
ロトレイ家の一員であるラティとルオン義兄様。非難する言葉に容赦がない。
どうやら相手側は、ロトレイ領ならどこにでも高位の魔物が出ると思っていたようだった。
いやいや、どうしてそう勘違いできた?
もしかして他国はあの石柱のことを知らないのだろうか。観光スポット化している所もあったというのに??
うーん… 不思議だ。
「共倒れを狙いすぎた辺り、焦って色々なものが疎かになった印象だね…」
「何をそんなに焦ることがあるんだろう…」
「……今なら、氷の精霊様の居場所が分かると思ったんだろう」
まるで自分もそうであるというようにセトが言った。
セトは度々氷の精霊様の為という言葉を使っていたけれど、何を目的としてレーダスを探していたんだろうか。妖精の姿が見える彼ならば、いつかレーダスのことも見つけることができたかもしれないけれど。
でも、見つけることがほぼ不可能だと分かっていたからこそ、私に接触しようとしていた。その勘の良さは正しいと言える。
「兄上を王太子にと思っている貴族たちが探しているんだ。妖精を見る力すらないのにどう探すんだって話だがな」
「…セトも、探しているんでしょう?」
「その通り、俺も探している。……本当はお会いしたいが、姿をお隠しになっているのなら会うことは難しい。でも、リルフィなら。普通の人よりも会える確率は高いんじゃないかと思って」
「(確かに… 向こうから来たくらいだし)」
「……俺なんかが、そんな資格ないのは分かっている。分かっているんだが、これしかなくて… リルフィに頼みたいことがあるんだ」
「頼み…?」
「…と、いうより伝言だな。氷の精霊様に会うことがあったらでいいから、伝えてほしい」
真剣な目と、声色と。セトの全部が本気だった。
レーダスがここにいることを知らないから、私にしようとしている“頼み事”がそのままレーダスに伝わることになる。
それがいいことなのかどうか、微妙なラインなのではと私は思ったが、当人たちにとっては一番良い形なのではないか。
「…≪貴方の大切な人の命は、繋げてきました≫」
「え…」
『……!?』
レーダスの動揺が広がる。何を言われたのか、言葉の意味が分からぬまま。
「≪長い間、伝えられずにいて申し訳ありません。我が国カルの王家は、数十年前に1度、滅びています。理由は度重なる愚行の数々。劣悪な税制度など、民を枯渇させる愚かな政策を行った当時の王と、王妃、王子を裁いた為です≫」
一応勉強したといっても一平民が深い所まで学ぶことはない。私も、隣国のそんな所までは学んでいなかった。
そして、レーダスも。
妖精から入ってくる情報も全てシャットアウトするほど引きこもっていたから、人間たちの間で起きたことは何も知らなかった。
―――そう、何も。
「≪当時の王家を廃して、新たな王となったのはシュネーウ公爵家の公爵令息。私の祖父です。そして、私の祖父の祖父… 私にとっては高祖父にあたる人が、グラシエ・ルーツ・リベルト王子殿下≫」
グラシエ・ルーツ・リベルト。
その人がレーダスにとって、特別な人なのだというのはすぐに分かった。レーダスから懐かしむような、悲しみ、焦がれるような思いが伝わってきたから。
最初は、伝言にしては長すぎるなと思っていたけど、セト自身も気持ちを整理させている最中なのだと感じた。
きっと、ずっと伝えたくて探していたんだ。手に届く、あと一歩というところまで来たと思ったら、緊張して長くなってしまうのは分かるし。
…でも、大丈夫。
貴方の思いは、ちゃんと直接届けられているから。
私は敢えて何も反応せず、言葉が終わるまで待った。私はあくまで「伝える為に聞いているフリ」だ。
本当にこれを聞くべきは、レーダスだから。
「≪私、セティアナイツ・ルーツ・リベルトは、グラシエ・ルーツ・リベルトの直系の子孫です≫」
別に、子孫だから加護が欲しいとかそういうのではないのだろう。ただきっと、何も残せず非業の死を遂げたという印象を覆したかったのかもしれない。
後は… レーダスが受けているであろう、悲しみなどの重荷を軽くする為か。
かの王子の意志は、まだここにある、と …ー
「≪また、いつか。“国”を見ていたいと思っていただけるようになるその時まで。先祖が守りたかったものも守っていけるように、精進していきます。グラシエの想いを、繋いでいきます≫」
ぽたりと、何かが落ちた。
最初はひとしずくだったそれが、どんどん、どんどん溢れてくる。私の感情ではないけれど、それは私の目から溢れて止まらなかった。
私にも流れ込んでくるぐらい、その感情は大きくなっていった。大きくなりすぎて影響が私だけでなく他の精霊たちにも出てしまっている。感情移入しやすいフィーラなんか顔をぐしゃぐしゃにさせていた。
そんな私たちの様子を真正面から見ているセトは、当たり前だがとても驚いていた。
そりゃそうだ。誰だって自分の言葉の後にそんな反応されたらそうなるというものだ。
「えっ… あ、どっ… どうしたリルフィ!?」
「…あぁ、私は大丈夫。涙は私じゃないから」
「いや… だって…」
「……セト、ごめんなさい。聞かれなかったからもあるけれど、私は貴方に1つ、隠し事をしてた」
「隠し…?」
「…アナタが、直接、セトを見極めなさい。レーダス」
私は少しキツめにレーダスの名前を呼んだ。
長い年月の溝はそう簡単には埋まらない。だけど“今”は向かい合うべきだと思った。
困惑しているセトの目の前に、レーダスが姿を現しセトの顔を覗き込んだ。元の姿だから少年の見た目だ。
レーダスが自分の額をセトの額に合わせると、今度こそ本当にレーダスの目からぽろぽろと涙が溢れだした。
『あ、ぁ… ほん、とうだぁ… グラシエの血だぁ… なんで、今まで……気づかなかったんだろぉ…』
「え…… もし、かして…」
だんだんと、自分の目の前にいるのが誰なのか、セトの中にも浸透してきたようだった。
ずっと探していた存在が目の前にいる。伝えたかった事を直接伝えられていた。
これを、嬉しいと言わずして何と言おうか。
『ごめんなさい… ごめんなさいぃ…! 守れなくて、助けられなくて… ごめ、な、さ…』
あぁ、もう… レーダスったら。泣きすぎて最後の方が言えてないじゃない。
でも大量の涙は、たくさん後悔してきた証。自分自身を責めてきたという表れだ。
私は不用意に慰めることはしない。すべき後悔も流す涙もあるのは当然だし、そもそもで何か言葉をかけるのならそれは私じゃない。
「……氷の精霊様。私も、私の一族も誰一人として貴方を責めたことはございません。それはグラシエも。自身の当時の恋人… 私のとっての高祖母に、貴方への言伝てを頼むくらい」
『言伝て…?』
「はい… ただ、その高祖母もすでに他界しているので、その言伝ても受け継がれてきた形にはなりますが…」
セトの高祖母。公爵令嬢で、亡き王子の子を密かに産み、育てた人。
その方は見える人ではなかったみたいだけど、グラシエという人の事をとても大切に思い、信じていたというのはよく分かる。でなければ亡くなった恋人の子を秘密裏に産んで育てるなんてできないだろう。
とても想いの強い人なんだなと思った。
「…とはいっても、内容がよく分からないのですが」
『難しい…?』
「いえ! 聞いたことない言語だったので。意味は分かりませんが、間違って覚えてることはないかと」
聞いたことない言語…? 他国の言葉とかだろうか。
フィエーダやカルを含むこの周辺の5国は、貴族ならば日常会話が困らない程度にそれぞれの国の言語を学ぶことがある。王族や高位貴族は国家間に関わる仕事をすることもあるので、しっかり勉強するのが当たり前だ。
セトは王族。学ぶことはしっかり学んでいたようなので、まだ上手く話せなくとも聞いたことないことはないだろうと思う。
そんなセトが聞いたことない言語…? ここら辺以外の国、とかだろうか。
「えっと… ≪ーーーーー≫」
『……ほんとうに、グラシエがそれを…?』
ぱちぱちと数回瞬きを繰り返して、レーダスは『まったくもう…』と小さく呟いた。少し呆れが混ざった声色だった。
でもどこか、笑っているような気もした。
『…本当に惜しい奴を亡くしたんだな』
『えぇ、ホントに』
サーラの言葉に、ネールが相槌を打ちながら同意する。
セトの伝えた言葉は、確かに聞き慣れない言葉だった。というより聞く機会はほぼないのではないだろうか。
内容自体は普通だと思うが…
……そういや、みんなも時々、本当に時々今の感じで話している時があるなぁ。聞こえてないフリしてたけど。
「…ラティ、分かった?」
「いや… 聞き取れはしたけど意味までは… イルは?」
「俺も聞いたことない」
ラティたちも意味までは分かっていない。…え、そんな難しい言葉なの?
私が驚いていると、私の様子を疑問に思ったのか、ラティが話しかけてきた。
「どうかした?」
「そんなに難しいんだなぁと思って…」
「あぁ… さっきの?」
「うん。だって、≪ーーーーー≫でしょ?」
「………んん?」
「気にしないでって、レーダスを気遣った言葉だろうし…」
ラティたちはぽかんとしていて、ネールたちはピシッと固まった。レーダスとセトは2人でまだ何かを話しているようだけど、その他の人たちの時間が止まったかのようだった。
…あれ? 私何かマズいことでも言っちゃったのかな? でもセトの高祖母様の言伝てを復唱しただけなんだけど。
けれどまぁ、その復唱しただけがどうやらいけなかったみたい。




