45.この子はコイツのなんで
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近づくにつれて大きくなる喧騒。大体が何言ってるのか分からないけど、目立って聞こえてくるのは
“シルヴィア様”という言葉。
その勢いに若干… いや、かなり引いた。今からあの中に行くのか… 嫌だなぁ。
『あの人… セルマさん? だっけ? 毅然とした態度で対応しているよ!』
偵察に行ってくれたフィーラから報告を受けて、どうするか考える。
私が姿を見せれば屋敷の中に突入されることはないだろう。そうすればセルマさんたちに被害がいくことはまずなくなる。
だがその後だ。何を話すかなんて、決まっていない。
けれど、街の人たちの意識を屋敷から逸らすのが先だと思った。
「…“止めてください”」
まだ少し距離があるけれど、私は魔法で彼らに声を届けた。
突然聞こえた私の声に街の人たちは驚き、戸惑った。でも1人が私に気づくと1人、また1人と気づきほぼ全員の意識がこちらに向いた。
そしてこっちに向かって走ってくる。勢いが強すぎてもはや突撃だった。走ってくるなんて可愛いものではなかった。
その瞬間、私の気持ちは驚くほどに凪いだ。
たぶん、無意識だった。
大きな音と共にハッとする。風魔法でも放ったか、目の前には線を描くように大きく抉れた地面と、それに沿って立ち止まっている街の人たちの姿。
やりすぎたか、と思ったけど、精霊たちはうんうんと頷いているし、ラティは別方向を見ていて見なかったことにしてくれている。サリーは… うん、ごめんね、怖がらせて。
街の人たちはようやく落ち着いてくれたようだ。というよりも抉れた地面を見て本能的にヤバいと思っているのかもしれない。
「シ、シルヴィア様ですか!?」
「いいえ」
「嘘だっ! ファルフォネ様によく似ておられる! そんな方はシルヴィア様以外にいない!」
分からないじゃない、そんなこと。
だが、彼らの言ってることは間違いではない。ファルフォネ・オーストの娘であることは事実である。
…だけど、シルヴィアではない。シルヴィアだった過去はあるけど、もう過去のことだと割り切っているのだ。
ラティの隣に立つ“リルフィ”として貴族社会に関わる覚悟は持つつもりだが、シルヴィアに戻るつもりはないし、シルヴィアとして関わるつもりもない。この領地に関してもだ。
そういう、意味を込めて「いいえ」と返事をしたのに、汲み取ってくれないどころか違うと否定された。
気持ちいいくらいの即否定だったな…
「私の過去のことについては解決しているし、割り切っているの。今更、求められても困るわ。薄情だと思うのなら思ってくれてかまわない。私は… この場所に情も執着なんてものもないのよ」
「そんな、だって、貴女は、ファルフォネ様の…」
「そうね。…でも、それが何?」
「え…?」
今なら、分かるかもしれない。母様が私が自由にしていいと言った理由が。
領民が領主に頼るのは当然のことだろう。けれどどこか異質な方向に向き始めていた自領の領民たちを、母様は正したかったのだと思う。
言われるがままではなく、自身の意思を持ってほしいと願って。
だから、私は…
私を通して見ている母様の影を追い、縋ってくる彼らを突き放すことに決めた。
「私はたまたま用があってこの街に来ました。それ以外の理由はありません。元々通り過ぎるだけだと思っていた場所ですし」
「少しの間だけ! それだけでいいです! この街にいてくれれば…」
「…仮に、いることにしたとして。私はあなた方と一切関わりませんが?」
流れで代表者として話していた男の顔が少しずつ、少しずつ絶望の表情に染まっていく。その周りの人たちもそうだ。
関わらない。言葉通り、いるだけ。
それではいないも同じ。それでは意味がないと言いたげな顔だけど、私の知ったことではない。
ファルフォネ様の人望や手腕。…だけではないだろう。きな臭さを感じるのは私だけ?
「そのファルフォネ様はもういないでしょう。あなた方が“ファルフォネ様”を望むなら、何故彼女をこの地に縛ろうとするんです?」
「アンタには関係ないだろう! 私たちはただファルフォネ様と共にありたいだけだ!」
「…ファルフォネ様を自分達の中で神格化して、リルフィをその依り代にでもするんですか?」
「何を無礼なことをっ!?」
「それはあなた方でしょう。あなた方の考えはまさにそれだ。それは、リルフィも… ファルフォネ様をも侮辱していると何故気づかない!?」
たまらずといった感じで参戦してきたラティが、意外にも街の人たちに声を荒げた。
彼だって怒らないわけではない。ただ、自分より身分が下の、ましてや平民の人に声を荒げることは滅多にない。
自分が守るべき立場の、という考えであるから優しく嗜めることはあるみたいだけど。でもそんなラティが彼らに対して声を荒げることはよっぽどのこと。
「もう一度言います。私はリルフィ。シルヴィアではありません。ましてやファルフォネ・オーストでもありません。いくら似ていようとそれは覆りません」
「わたっ… 私たちにはファルフォネ様が必要なんです! ファルフォネ様がいなければ…」
「………それ、誰かに言わされてます?」
「…………え……」
本心、ではあるんだろうけど…
何ていうか、違和感を覚えた。本心なのに本心じゃないみたいな。
また魔法で洗脳でもされているのだろうか。
…この人数を? 出来…なくはないだろうけど、現実的ではないし魔力の乱れも感じない。
そもそも、誰が?
多くの平民をそうして誰が利益を得ると…?
分からないことだらけで頭が痛くなってくる。
だが、言うべきことは全部言った。強行突破しようと思えばやれるし立ち去ってもいいんだけど…
「な、なんだぁ!?」
「暴走馬車だ!!」
「きゃあぁあ!」
壁となっている街の人たちの後ろの方から、そんな声と共に騒がしくなっていった。
確かに何台かの馬車がこちらに向かって突っ込んでくるようだ。…ん? あれ、勢いは凄いが、暴走しているわけではないみたいだけど…
「はぁ… 何やってるんだ…」
ラティから呆れの声が漏れた。知ってる人でも来たんだろうか?
その数台の馬車は元オースト家の屋敷の前で止まった。…が、一台だけこっちに向かってきた。そして私たちと街の人たちの間に割り込むようにして荒々しく動きを止めた。
「2人共! こっちに乗れ!」
「!! ルオン様!?」
「やっぱり…」
目の前に泊まった馬車の中から顔を出したのはルオン・ロトレイ様。ラティのお兄さんだった。
何故ここに? などの疑問は多々あるが、ラティは私の手を取りルオン様の言う通りに馬車に飛び乗った。
強行突破とは思ったけど、こんな強行突破ある?
何が起きたのか分からなくて、私はただただ困惑していた。
「いやー… ティアニの街の皆様。荒々しくてすみません。弟たちを迎えに来ただけですので、すぐにお暇します」
「何なんだアンタ!? 危ないじゃないか! それにシルヴィア様をどうする気だ!」
「おい、ロトレイ家… 辺境伯家だぞ!」
「でもシルヴィア様が…」
「だーから彼女はリルフィだって… 強情だねぇ。しばらくすればここには新しい領主が来る。相談事ならそちらにお願いしますよ」
そのしばらくがどのくらいかは分からないが、少なくとも3~4年は先だろう。本当に第2、第3王子が継ぐのならばだが。
もうすでに、私にその責任はない。
ラティの背に隠されるような位置にいるので、馬車の中からは街の人たちは見えない。でも私たち側にいたサリーの姿だけは見ることができた。
「…………」
「…!」
(さよなら)
声には出さず、口パクのみだったけど伝わった。
目にうっすらと涙を浮かべ、深く頭を下げた。決して良い姉妹関係ではなかったけど、悪いままではなかったからまだいい方だと思う。
次にもし、会うことがあっても、おそらく姉と妹などではないけれど。
あの子とは、これでいい。
「いい加減、現実を見ないと。ファルフォネ様はいない。シルヴィア様もいない。あなた方が望むモノは、いくら望んでも戻らない。この子は、コイツのなんで」
「そんなことない! シルヴィア様がいれば、ファルフォネ様もいる! ―――様がそう言っていたんだ!」
今、私や母様の名前以外に誰かの名前が聞こえた気がした。
誰の名前かまでは聞こえなかったけど、ルオン様には聞こえたようで。待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「なるほど、なーるほど… いや、やはりと言うべきか」
彼が何に納得しているのか、私にも街の人たちにも分からなかった。
けれど街の人たちは、自分達が何かマズいことを言ってしまったのではという自覚があるらしく、あんなに騒いでいたのにピタリと止まった。
「あ…」とか「う…」とか言葉にならない声は発している。おろおろと戸惑い、伝播し、やがてそれは不安の感情として漏れてきた。
「貴重な情報提供、どうもありがとうございます。この魔導具で記録してあるので、言っていないは通じませんよ。まぁ、あなた方は一応被害者側ではあるから、そう大きな罰はないでしょうけど」
罰… ルオン様は何を調べてたんだろう。ラティは、知っているのだろうか。
私はラティの服の裾を軽く引っ張って説明を求めた。
すると「もう少し待ってね」と言われた。やっぱり何か知ってたらしい。
色々考えているうちに馬車の扉は閉まり、そのまま発進した。私は何が起きたのか、未だ理解しきれないまま。
少しの間だけ、沈黙が続いた。
ガタゴトと馬車が進む音はするけど揺れは全くと言っていいほど感じない。
さすが貴族の馬車だ。長時間乗ってもお尻が痛くならないように、何かしらの魔法が付与されているのだろう。
ついでに防音機能もありそうだな…
「さて、と… そろそろいいかな」
「ルオン兄さん、あれはちょっとやりすぎですよ」
「固いなー… ラティは。ああいう輩にはあれぐらいでいい」
兄弟らしいやりとりに思わずほっこりする。私とは真逆の兄弟関係なだけに余計にそう思うのかもしれない。
ラティは知っていたといっても、ルオン様がここまで迎えに来ることは予想外だったみたい。でも突飛な行動をされてもすぐにその人だと思いつく辺り、やっぱり仲の良い兄弟だ。
…突飛な行動は割といつものことらしいが。
「ん-… 調査中、っていうのもあるけど、さっきのはまだ言えない。リルフィ嬢は当事者だから、ちゃんとした説明はいずれあると思うよ」
「……イルはちょっと頼りすぎだ」
「信頼されてるんだろ」
…イリアル殿下? もしかして、王家が関わっているのだろうか。
国王様に対しては結構バッサリやったというし、第2王子殿下たちは今の国の状況で、兄王子を差し置いて馬鹿やれるほど自由ではないようだから、違うとして。
ラティが言うからイリアル殿下のことは一応、信じている。だから心配はしていないけど…
まさか、あの国王様以外にオースト家、もしくは母様に執着していた人が王族にいたのだろうか…?




