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四大精霊の契約者  作者: 橙矢雛都
第1章『リルフィ』
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21.からっぽにさせられた娘 《ラーティ視点》




~*~



「なんか、ごめんね。ネールに汚れ役をさせたみたいになっちゃって」

『あら、ありがとう。気にしてくれて。でもラティが気にすることじゃないわ』



大丈夫と笑いながら言うネール。人とは違うといっても、気に病まないわけではないだろうに。

でもそう思うのも僕が人であるからかもしれない。だからそれ以上は何も言わないでおく。

それに次のことを考えたら気にしてる余裕なんてないかもしれない。

僕はサリー嬢を見かけたことは何度かあるけど、言葉を交わしたことは一度しかない。そういう催しにあまり参加しないからもあるが。


サリー嬢は頭が良いわけでもなく、秀でたものがあるわけでもない。けれど彼女がパーティー等で1人でいる所を見たことはない。話術は多少身につけていたようだ。

1人ではなかったが、一緒にいた大体の人が令息ばかり。中には婚約者がいるはずの人も共にいたけど、当人同士の問題だから好きにさせた。

勘違いとはいえ、10年近くも公爵令嬢として過ごしてきたはずなのに、マナーも知識も驚くほど身についていなかった。教育されなかったということだろうか。

それはそれで同情するところはある。今の彼女のステータスは平民以下だ。



――――ドゴッ


「…!」

『なにかしら。防音の壁なのに。案外やるわね』



サリー嬢がいる部屋の扉に手をかけた時、壁を思いっきり殴ったような音が突如響いた。

ここの防音の壁は多少の衝撃なら吸収して音漏れしないのだけど、その性能を超えて外に音が漏れてきた。

部屋の中にはサリー嬢しかいないはず。通常の面会は禁止されているからいるはずもないが。そもそも面会しようとする者はいるのだろうか。

扉をノック、しても返事はない。まぁ、返ってこなくても入るけど。


元々、牢として使われるこの部屋に物はあまり置いていないが、荒れていると表現するには十分な惨状が目の前にあった。

その中心には、彼女が。その荒れ方は、なんていうか… 例えるなら『子供の癇癪』。少なくとも成人近い人がするような行為ではない。



「ロトレイ様!? やっぱり私を助けに来てくれたのね!」



僕の姿を見て頬をうっすらと赤く染め、近づいて来ようとしたけど透明な壁に阻まれる。「何よこれ!?」と叫びながら見えない壁をバンバン叩く。

なんともまぁ… 頭の軽い言動をする人だなと思わせられる。

ネールいわく、()()間に合うらしいんだけど… 本当かな?



「ねぇ、お父様とお母様はどこ? いつ家に帰れるの?」

「2人とはもう、会えないよ。二度と」

「え?」

「あの2人は罪を犯したから。特に母親のエニシダの方は重罪。もう一度言うけど、二度と会えないよ」



僕の言葉が理解できないのかポカンとしている。

たぶんだけど、彼女の中にも何が悪かったのかなんて考えはないんだと思う。からっぽに育てられたからからっぽになった、とでもいうのか。

彼女は周囲の人間に恵まれなかった。そういう面ではリルフィの方が恵まれていたんだろう。愛し子と比べるのもどうかと思うけど。



「罪… え…罪……?」



まだ混乱しているであろう彼女に、追い打ちになるかもしれないが自分の親のしたことを一言一句漏らさずに伝えていく。これからの彼女の為にも、きちんと理解してもらわないといけない。

理解することこそが、サリー嬢がやり直す為の第一歩になる。

父親のこと、母親のこと、住んでいた場所のこと。

自身が(おこな)った“してはいけない”こと。

姉のこと。そして、自身が生まれた経緯。


話していくうちに顔色が悪くなっていった。どうやら聞く力、それを理解する力はきちんとあるようだ。

それならば話し方はともかく、ちゃんとした教育者がいれば真っ当に育ったかもしれない。もしかして、最初からからっぽなのではなく、わざとからっぽにさせられたんじゃ…

…いや、その気はなくても、歪んでいてもエニシダの母としての愛情は本物だった。エニシダはシヴァル様と同じく操りやすい人間で、かつ魔術など使わなくても言葉だけで自分の思い通りにしていたんだ。


あの呪術師。土の精霊様が捕らえている。尋問を行うのはもうちょっと後でだそうで。

それには人の代表として僕も参加しろとネールに言われている。

あぁ、でもその前に騎士団にも顔を出さないと。ちゃんと申請しないと、リルフィを連れて領地に帰るなんてできやしない。



「それでお母様は罰を受けたのね…」

「これから受ける予定だね。まぁ、もう半分受けているようなものだけど」

「……お父様は?」

「シヴァル様は、もういないと思った方がいい」

「……………お姉さま、は?」



最期の問いには答えずにいた。そんなことさせないけど、もしもリルフィに何かされたら困るからだ。

少しの沈黙の後に小さな嗚咽が漏れ始めた。俯いているので表情は見えないけど、滴る雫が着ている服にシミを作っていく。

正直、今更という言葉以外浮かばない。

直接的な罪を犯したわけではないけれど、世間的に非難されるようなことを彼女はやった。理解も反省もせずに今まで過ごしてきたのなら、受け入れて当然の感情。



「どうして、泣くの?」

「だって、お父様も、お母様もいなくなって… もう会えない、なんて… それに、お父様は、お母様や、私を、心から、愛してなかったんでしょ…?」

「そうしたのは君の母親だよ。ただの不貞だったら、まだ君の心の傷もまだマシだったのかもしれないね」



いや、不貞(それ)も駄目なんだけどね? お家乗っ取りなのには間違いないし結果は変わらないけど、そういうことじゃないんだよなぁ。

自分だって、姉を傷つけたくせに。

その感情で泣けるのに、どうして姉を傷つけることができた?

今になって当時の姉の気持ちが分かったと?

……でも、分かったから何だというのか。



「泣いて、その罪が不問となるのなら泣けばいい。でも許されないのが現実で、君が背負うべき事実だ。君のその傷は、かつてシルヴィア様が受けていた傷。かつての行いの報いを受けてると思えたのなら、ネールの言うとおり、まだ間に合うんだろうね」

「お姉さま… ……あの人は、これからどうするの?」

「聞いていたと思うけど、彼女は僕が貰ったんだ。この言い方はあまり好きではないけど。父にもすでに話は通してあるから婚約、ということになるんだろうね。でも今はまだ、彼女には自由でいてもらうつもりだ。好きなように過ごしてもらう。そそぎきれていない痛みを、治してあげたいんだよね。本来なら負う必要のなかった傷だからね」



それ以上、サリー嬢からの返しはなかった。顔を俯かせ、何考えてるか分からないけど、ギリッと口元を歪ませているのは見えた。

少しはまともな状態であると思っていたけど、ほんのちょっとだけ警戒した方がいいかもしれない。何もできないと思うけど、一応。

色々と言ったけれど、どのくらいのことを理解してもらえてるだろうか。今までの彼女のままならあまり通じてない可能性もある。せめてどうにもならない状況ってことは理解しててほしい。

でも大人2人よりかは罰は軽いはず。まぁ、今までの態度を悔い改めるならばだけど。



「とりあえず、君は平民となって、王都へは永久に立ち入り出入り禁止となった。戒律の厳しい修道院に送られることになる。今までと違う生活になるだろう。もちろん、わがままなんて通じない」

「……行きたくないわ」

「まぁ、普通はそう思うよね。そんな君にもう1つの選択肢が与えられることになった。オースト領にある、とある町のとある夫婦が君を引き取りたいと言っている。通常は認められないんだけど、君が未成年であること、その夫婦が君と血縁関係にあることの2つの理由で特例で認められた。どうするかは君に選ばせることになった」

「血、縁……?」

「君の祖父母、だよ」



縁戚として、エニシダやサリー嬢のことはその夫婦にも全て伝えられた。

もちろんエニシダの処遇も。いつかはこうなるんじゃないかと思っていたのか、公爵家での愚行が伝わっていたのか。又は両方か。

エニシダ()の事に関しては淡々とした様子を見せていたらしいが、サリー嬢()の事に関してはとても後悔している様子だったという。

中継された公開断罪で初めて孫の存在を知り、顔をまともに見たとも言っていたと聞いている。

そして可能なら、孫は自分たちで引き取って再教育をさせてもらえないかという申し出があったそうだ。

何をどう選ぶにしろ、サリー嬢には当分の間監視が付く。何か事を起こせば王家、ロトレイ家、精霊たちに報せが届くようになっている。

リルフィに伝えるかどうかはその時の状況次第だ。



「自分の行き先を、自分で決めるんだ。どのみちこれからは自分で選択して生きていかなきゃならない。これは、最初の選択だよ」



有無は言わせないと、少し圧強めに言った。

誰かの言いなりじゃなく、自分の意思を。あれがしたい、こうしたい。今までとは違う中身を。



「……何を選択しても、辛いことはあると思うよ。でも自分で選択したことならばやるしかないよね」



甘いと分かっている。許さないと言いつつ、結局はお人好しで、非情になりきれないんだ。

そこが僕の短所な部分でもあると自覚している。父や兄によく言われていることでもある。

でも、聞こえてしまうから。どうしても、声が。



「…おじいちゃんと、おばあちゃんの所に行きたい」



か細い声でそう聞こえた。サリー嬢はそう選択した。

心のどこかで、貴族には絶対になれない自分を感じていたのかもしれない。心が限界で、発散したくてこの部屋をここまで荒らすまでになったのか。

彼女も彼女で親の才を受け継いでいて、魔法の力がある。修道院よりも祖父母の元の方が心を落ち着かせられるのなら、その方がいいのだろう。



「分かった、そういうように手配しよう。………頑張って」



それだけ言って部屋を出た。

最後の一言は、言うつもりはなかったけどポロッと出てしまった本音だ。


…ほんと、僕って甘いなぁ。




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