Episode Selma 自分の立場
今日から、日記を付けてみることにした。なんで書き始めようと考えたのかは、自分でも把握しきれていない。
いつも通り、ただの気まぐれで書きたくなっただけだろう。そのうち飽きるはずだ。
日記というからには、今日おきた出来事でも書いてみようと思う。
リアムが付けていたような気がするけれど、彼に何を書くべきか尋ねるのはしゃくだったので、やめた。
今日も、魔物討伐におもむいた。
ユイがいなくなった今、パーティーを先導するのはライだった(もっとも、そもそもユイはあまりパーティーを先導してこなかったが)。
彼はギルドに行くや否や、大量の魔物討伐任務を受注した。
明らかに無茶があるだろうと思ったけれど、私やリアムなんかがライに物を言えるはずもなく、首を縦に振るしかなかった。
つい数日前までは何も感じなかったけれど、今思えば良くも悪くも、自分の意見をはっきり言うユイの存在は、このパーティーにとって大きかった。ライに対して物おじしない彼女の存在感を知るとともに、自分が情けなく思えた。
いつものように補助魔法を使って、ライの支援を行った。彼は勇者の剣を手に入れたことで大変気分がよく、魔物の返り血を浴びて蹂躙する姿は凛々しかった。
それでも、何百という魔物を一人で相手取ることは、難しいようで、ライの呼吸は段々と乱れつつあった。
補助魔法でライのサポートをするが、一向に追いつかない。
やがてとうとう、ライの体に魔物の打撃武器が命中した。
「……ッ! クッソ、しくじった!」
「ライ!」
タンク役のリアムが動いた。
彼は鉄製の盾を軽々と動かし、ライを攻撃した魔物にぶつけた。真っ赤な血が噴き出て、彼の金髪と盾が汚れた。
わたしは、リアムの姿を見て自分のすべきことを思い出し、ライに回復魔法を使った。
そのあと、わたしはライから怒鳴られた。
「補助役の癖に、身体能力向上の魔法が使えない」「そのくせ、俺が怪我した時に回復しなかった」など。身体能力向上の魔法は、私ではなくユイの専売特許だというのに。
「そもそも、ライが大量の任務を受注しなければよかっただろ」と思ったが、口から出た言葉は「ごめんなさい」の一言だった。
そして今、こうして鉛筆を握っている。
手がしびれ始めている。日記だと筆圧がいつもより濃くなっているということを、この先、日記を書くたびに自覚するだろう。
書き始めた時は、なんで日記を付けようと思ったのかわかっていなかったが、書いていくうちにぼんやりとわかってきた。
今日感じたモヤモヤが何なのか、確かめたいからだ。
ユイがいなくなったことで、自分の無力さを思い知った。
だからまずは、ユイを追放したかったのか、魔物が怖いのか、ライのいうことは正しいのか、自分の考えを持ちたい。
ありがたいことに今日、そのうち一つ──ユイについての答えが出た。
私は、ユイを心の底から追放したいとは思えていないまま、深く考えずにライに従い、彼女を追いだしてしまった。
悔しいが、行動力も魔法の力も、私よりユイの方が上だった。私が彼女を追いだしたのは、ひとえに私が深く考えなかったことと、しっとの心が原因にある。
空がもう暗い。思ったよりも長い時間が過ぎたようだ。
明日の朝も早いだろうし、今日はこれくらいにしよう。
追伸
『わたしは魔物を殺さない』──
鉛筆を置こうとした時、ユイの言葉が脳裏に過ったので、忘れないうちに書き残す。
今度こそ今日はおしまいだ。
おやすみ、セルマ。