Episode Party 痕
「……クッソ」
勇者の居なくなった小屋の中、ライは頭を抱えていた。
乱暴に投げられた勇者の剣を、セルマが拾った。剣は重く、ユイのように片手では持てなかった。両手を使い、腰を入れて踏ん張り、彼女は不格好にライの元へ運んだ。
彼は、勇者の剣を左手で持った。
「アイツ、この国の現状が分かってるのか? 今この国は魔界の魔物たちから侵略され、死者だって出てるんだぞ? なのに、なんで……」
ライがとても書き表せないような暴言を吐き、首を激しくゴキゴキ鳴らした。イラついているようである。セルマとリアムは彼を止めようとしない。
やがてライの気持ちが落ち着いたのか、勇者の剣は彼の背中にせおわれた。
「……多分、僕たちの所為だと思います」
「あ?」
ぼそっと呟いたリアムに、ライはガンを垂れた。
セルマはライの広い背の後ろに、隠れるように移動した。リアムが目を逸らす。
「僕たちが、ユイさんに酷い態度をとっていたから……多分、それが嫌になったんです」
「実際、俺も出て行けって言ったしな」
ライは宙に目線を向けて言う。
当然、目線の先には何もない。
「あー、あのクソアマがいなくなってせいせいした。これからは俺が勇者だからな」
彼は勇者の剣を鞘から抜き取り、得意げに眺めまわした。しかし、段々と彼の顔は曇っていった。
「……ドラゴン討伐に行った時のことを覚えてるか?」
「覚えています」
セルマの反応は素早かった。
「人間界に巣を作ったドラゴンと、四人で対峙しました。ライがドラゴンに攻撃を仕掛け、私はサポート、リアムはタンク役として」
「あの時ユイは、隅っこの方でガクガクガクガク……震えてた」
ライが「はははっ」と言った。眼も口も笑ってはいなかった。
「あんな笑顔ばっかの楽観主義者、元から勇者じゃなかった! そうだろ?」
「当りまえです」
セルマは即答したが、リアムは束の間沈黙した。
「……そうだろ?」
ライが彼を睨んだ。
窓の外で鳥が鳴いている。リアムは迷っていた。
確かに、ユイは最近、魔物をほとんど倒していない。
でも、訓練兵士時代の成績はリアム達の中でもダントツで、明らかに勇者になる素質が一番あった人材である。実際、勇者になったあとの彼女も、魔物討伐以外の場面においては、とても優秀だった。
困っている人を助けたり、素材を集めたり、魔物の死体を解体したり、目的地まで誰よりも速く走ったり。
でも、魔物と対峙するときだけは、隅で震えてしまうのだ。
魔物を倒せないが優秀な勇者は、勇者たりえるのだろうか?
「いなくなった仲間の悪口を言うより、僕達は魔物を討伐するべきだと思います。ライさんの言う通り、この国にはあまり時間がありません」
思考がまとまらず、リアムは結論を先延ばしにした。
ライが彼から顔を遠ざけ「そうするか」。彼は機嫌が良さそうだった。
「ユイから勇者の剣を奪った今、俺は無敵だ。ようやく魔物どもを殺して回れるってワケだ」
リアムは何も言わなかった。
セルマが眼鏡のずれを正して、「そうですね、やりましょう」。ライは大きな声を上げた。
「いつも通り王都のギルドに行って、いつも通り任務を受注するんだ! そしてそう、勇者として、この俺が魔物を殺す! おいおい、最高かよ!」
彼は笑った。
「行くぞ!」
***
王都から遠く離れた場所であったため、王都に三人が到着したのはそれから二日たった夜だった。
ユイが移動速度を上昇させる魔法を使っていたので、いつもは一日程度で到着していた。単純計算で二倍時間が掛かっている。
パーティーメンバー全員が、ユイという存在の重みを感じざるを得なかった。
でも、誰も戻ってきてほしいとは言わない。
そうしてたどり着いた、王都の本格的な冒険者ギルド。
木製で温かい感触を覚えさせるその場所は、やけに騒がしかった。
何事かと黒板のような見た目をした掲示板を見る。一枚の大きな張り紙があった。
「緑ドラゴン出現……!?」
ライが声に出して読み、その顔が一瞬にして明るくなった。
「緑って、ドラゴンの中でも最強の種じゃねぇか……! 俺達の名を知れ渡らせるチャンスだぞ、これは!」
ライがはしゃいだ。握り拳をガッツポーズのように突き上げている。
けれど、彼とは対照的にリアムは非常に暗い顔をしていた。
「……でも、前にユイさんがパーティにいた時でもけっこう苦戦しましたよ? ユイさんがいない状態で、僕達があの魔物に勝てるとは……」
「馬鹿野郎、あの時は足手纏いがいたから苦戦したんだよ! 引き換え今は、俺が勇者だ!」
十分なんてモンじゃねぇ、今だから余裕で勝てるんだ!
彼は声を潜めもせず、大声を出した。
幸いにしてその声は喧騒に紛れて消え、ギルド全体には響きわたることはなかった。「余裕」とセルマが同意した。
彼女は、リアムもライも見ていないポスターを今更ながら確認した。
「でもライ、これ……」
セルマが彼をつついた。
彼女はポスターの下、誰もが読み飛ばしそうな諸情報の欄を指差していた。
「場所が、辺境の最西南の砂漠。これは今、私達が移動してきた方向を戻らなければならないのでは?」
ライは喜びの表情を凍り付かせた。
「ユイさんの魔法なしだと、10日はかかりますね……」
リアムの声。ライは黒板に拳を打ち付けた。
ギルドの喧騒が止む。
黒板が少し凹んだ。ミシミシと音をたてるほどに。