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にゃわおん

「え?」

「私としては、どの世界で何をしていようが、あずきが幸せならそれでいい。あずきの願いを叶えるために、その坊主を呼んだだけだ」


 さも当然とばかりにそう言ってティーカップを置いて羊羹男(ヨウカンマン)が立ち上がると、テーブルと椅子は光に包まれて消えた。


「だから、何で?」

 羊羹男(ヨウカンマン)はこれでも一応、神だ。

 ただの人間でしかないあずきのために何故ここまでするのか、どうしてもわからない。


「『幸せになってね』と言われたんだろう? だから、おまえは頑張っていた」

「……何でそれ、知ってるの」


 それは、あずきの実の母の遺言だ。

 あの言葉があったから、泣き暮らすことなく生活してきた。

 ものは考えようだと自分に言い聞かせ、楽しく幸せに生きるよう心掛けてきたのだ。


「まだ、わからんか」

 大袈裟に肩を竦めた羊羹男(ヨウカンマン)は、そのままあずきのそばに歩み寄ってきた。

「何が?」


「――にゃわおん」


 羊羹男(ヨウカンマン)の口が動くと、そこから出たのは猫の鳴き声だった。

 この鳴き声を、あずきは聞いたことがある。

 特徴のある、何度も何度も聞いた鳴き声。

 小さい頃からずっと一緒だった、あのふわふわの生き物の声。



『猫と豆は、共に神の使いです。この世界の者が異世界に渡ると猫の姿になり、逆にこの世界の猫は異世界の渡り人だと言われています。神もお休みなる際には猫の姿になると言われていますし、猫と豆は我が国ではとても大切な存在なのですよ』



 以前、サイラスに聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。

 豆猫様の噴水の石像、神殿の猫の石像……あれらは、神の仮の姿を模していると言っていた。

 それは、つまり。


「……ササゲ?」


「ササゲというのは、アズキが飼っていたという猫ですよね?」

 クライヴの質問にうなずくが、視線は羊羹男(ヨウカンマン)から逸らせない。


「やっと、気付いたか。呑気な娘だ」

 穏やかな笑みを浮かべる羊羹男(ヨウカンマン)に、あずきは思わず一歩近付く。

「嘘。本当に?」

「ああ。ちょっと色々あってな。あちらの世界で休息をとっていた」


「――モフモフは?」

 羊羹男(ヨウカンマン)の声を遮る勢いでそう言うと、頭部の羊羹がぷるりと揺れた。

「何?」


「ササゲはね、滑らかかつしっとりとして、さらさらふわふわの至極の肌触りなのよ。そんな、のっぺりつるりんベタベタした羊羹じゃない」

 ササゲのモフモフボディの魅力を熱く語ると、羊羹男(ヨウカンマン)は不満そうに眉を顰めた。


「失礼な。この気高き、あんこボディの素晴らしさがわからんのか」

「……お願い」

 今までの会話と鳴き声からして、疑っているわけではない。

 ただ、一年前にお別れしたあの猫に、もう一度会いたかった。


「……仕方ないな」



 羊羹男(ヨウカンマン)がそう呟いた次の瞬間、そこにいたのは一匹の猫だった。

 薄い小豆色の毛並み、ミントグリーンの瞳で、長いしっぽの先が少しだけ曲がっている。

 記憶の中のササゲそのものの猫が、そこにいた。


「ササゲ?」

「にゃーん」

 あずきの呼びかけに答える声も、昔と何ら変わらない。


「ササゲなのね?」

「にゃわおん」

 特徴的なその鳴き声を聞いて、あずきの目から涙がこぼれた。


「おいで」

 ササゲを抱っこすると、そのふわふわの毛に顔をうずめる。

「ササゲだあ……。この耳、この足、この肉球。肉球の香ばしい匂いに、お腹の匂い……」

 体中を撫で回してお腹に顔を突っ込むと、にゃにゃにゃとササゲがもがいて暴れ始めた。


「会いたかったよう、ササゲ。――ああ、目に毛が入った!」

「こっちはお腹がびしょ濡れだ、馬鹿ものが」

 あずきの手を離れたササゲは、あっという間に羊羹男(ヨウカンマン)の姿になり、自身の服の濡れっぷりを嘆いている。



「……満たされたか」

「うん。私の心に猫型の穴を開けたのはササゲなのに、ササゲが穴を埋めたわ」

「何のことだ?」

「いいの。こっちの話」


 濡れた服を羊羹男(ヨウカンマン)が撫でると、まるで元々濡れていなかったように綺麗に乾いている。

 やはり、この不思議生物は神らしいが、ササゲだとわかった今は何だか愛着が湧いていた。


「一時的とはいえ、私の主だった者の望みだ。少しくらいのサービスはしてやる」

「違うでしょ? 主じゃないよ。家族だよ」

 すると羊羹男(ヨウカンマン)はきょとんとして数回瞬きをし、そして笑った。


「ああ、そうだな。――おい、豆坊主。あずきを泣かせるなよ」

「――豆に誓って」

 クライヴが間髪を入れずに答えたが、それは誓いになっているのだろうか。

 だが豆の神と豆王子の中で何かが通じ合っているらしく、二人共満足そうないい笑顔だ。



「……そろそろ、時間だな」


 羊羹男(ヨウカンマン)はそう言うと、背中のマントをはためかせた。

 風も無ければ動いてもいないので、恐らくは神の力による演出だろう。

 必要性はよくわからないが、何だか楽しそうなので突っ込まないでおこう。


「もう、会えないの?」

「いや。おまえは豆の聖女だ。それも、過去に類を見ないほどの豆の祝福を受けている。豆魔法であんこを捧げよ。さすれば、応えてやらんこともない」

 それはつまり、あんこを出せば会えるということか。

 あずきの瞳がきらりと輝いた。


「わかったわ。めちゃくちゃ、あんこを出すわ」

「えっ」

 隣のクライヴが少し怯えた声を出したが、聞かなかったことにしよう。


「そんなに頻回に呼ばれても、私にも出社日……いや、都合が」

 羊羹男(ヨウカンマン)までもが引いているので、あずきは仕方なく息をついた。

「うん。たまにでいいよ」


「それじゃあな、アズキ。幸せになれよ」

 にこりと微笑むその姿は、幼児番組のヒーローというよりも父や兄に通じるものがある。

 あずきはうなずくと、今までの感謝を込めてできる限りの笑顔を返す。


「ありがとう、ササゲ。またね、羊羹男(ヨウカンマン)


 クライヴに抱き寄せられると、そのまま眩い光に包まれた。


本日は、昼・夕方・夜の3回更新予定。

ラブコメ……豆コメディ、ついに完結します!

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