面倒なブラコンでした
「あの後、私も書庫をもう一度探しまして。何でもこれは、とある時代の聖女が『奇跡。至高の魔法』と呼んだ豆魔法だそうです。残念ながら効果は不明ですが、アズキ様のお役に立てばと」
「あ、ありがとう」
栞が挟まっているページをめくると、その部分に目を通す。
「大豆……か。恩恵って、何なのかな。ちょっと凄そう」
「嫌ですね、アズキ様。もっと蔑んだ目で見下してください」
また、何か変なことを言っている。
困惑するあずきの手をサイラスが握るが、クライヴに素早く叩き落とされた。
「そうです。先日の償いをしてもらいましょうか。サイラス、神の庭の草をすべてむしっておいてください。ついでに、水やりも。神の庭の井戸は使わずに、他の井戸から水を運んでくださいね」
クライヴの注文に、サイラスは目を瞠った。
「そんな。舞踏会はこれからだというのにですか? しかも、手間がかかって無駄なことを。大体、私がするようなことではありません」
文句を言ってはいるのだが、何故かサイラスは腕まくりを始めている。
「そんなことはしませんよ。しませんからね。――あ、バケツはどこですか?」
完全に腕まくりをしたサイラスは、近くを通った使用人にバケツの在処を聞き始めた。
かと思うと、いそいそと会場を後にする。
ずっと何か文句を言ってはいるが、神の庭に向かうのだろうし、何よりも表情は楽しげだ。
「……行くんだ。やるんだ」
呆れるあずきに、クライヴが苦笑する。
「サイラスは、ああいう性質です。仕事自体は丁寧なので、妙な評価をされています。普通の女性に迫られても外面で弾きますし、強く迫られれば厳しく弾きます。アズキのことは認めた……というか、気に入ったようですね」
「気に入ると、蔑んでほしいの?」
何だか辻褄が合わないような気がするのだが、これが豆王国では普通なのだろうか。
「俺は長年、本気で踏んでほしいと言われています」
「ちょっと、怖いんだけど」
クライヴの嫌そうな表情から察するに、これが普通というわけではなさそうだ。
「サイラスは、俺にかまってほしくて悪態をつくことがありまして。そのせいで不仲だと思われることもあります。次期国王に担がれそうになったりもするようですが……俺を王にするという点ではサイラスが一番熱心ですから、そういう意味では裏切ることはないと思っていました。なので、今回のことは想定外でした」
なるほど、サイラスは何だかんだでクライヴの味方だった。
だからこそ、彼の報告を信じたということか。
そしてサイラスは、あずきのことをクライヴを唆す女だと勘違いして引き離したわけか。
「じゃあ、罵ったのが良かったの?」
「恐らくは。ただ罵倒すればいいというものではありません。あくまでも俺を立ててサイラスを下げないと、気に入らないんです」
「……何なの。その面倒なブラコン」
「――殿下、アズキ様!」
いつの間にかそばに来ていたポリーの声は、舞踏会の喧騒に紛れる程度とはいえ明らかに狼狽していた。
「神の庭でピルキントン公爵令嬢が刃物を持って暴れていて、メイナード様が対応しています」
何故そんな事態になったのかはわからないが、放っておける話ではない。
クライヴと共に神の庭に急ぐと、鮮やかな青いドレスを身に纏ったナディアとメイナードが何やら揉めていた。
ナディアの手にはナイフが握られていて、既に神の豆の木の蔓が何本か切られている。
この場所で刃物を振り回しているところを見ると、狙いは神の豆の木だろうか。
あれは豆王国の天候を回復させる契約の大事なもののはずだが、もしかすると一般には周知されていないのかもしれない。
「下手に刺激してもいけません。衛兵は、ここで待機してください」
移動途中で呼んだ衛兵数名を神の豆の木から見えない位置に待機させると、クライヴがあずきをちらりと見る。
「危険ですから、アズキもここに」
「でも、神の豆のことなら、私も関係あるでしょう?」
もしここで神の豆の木を切り倒されでもしたら、契約がどうなるかわからない。
クライヴに演技をさせたまま一生この国にいるなんて、耐えられそうになかった。
「……わかりました。でも、俺から離れないでくださいね」
そうしてゆっくりと神の庭に入って行くと、二人の声が耳に届くようになってきた。
「ナディア。自分が何をしているか、わかっているのか!」
メイナードの口調がいつになく荒いが、これは王子や聖女ではなく妹と接しているからか。
あるいは、それだけ怒っているのだろう。
「私が殿下と婚約するのに、この神の豆が邪魔なのです。これがなければ。豆の聖女がいなければ。私は――」
ぎゅっとナイフを握り込むナディアに、メイナードが吐き捨てるようなため息をついた。
明日も夕方と夜の2回更新予定です。




