ほんのお詫びです
「久しぶりだな、豆の聖女。順調に神の豆が育っているらしいし、天候もだいぶ安定して豆の育ちもいい。これも豆の聖女のおかげだ」
国王と王妃は今日も華やかで麗しい。
さすがは豆と猫とイケメンの王国の代表であり、美少年クライヴの親だけある。
感心しながら話を聞いていると、ふと国王があずきのドレスに視線を落とした。
「ところで。今日のドレスも似合っているが……聖女の好みの色なのか?」
「え? いえ、別にそういうわけでは。ドレスは用意してもらったので、私は特に何も」
「――俺が贈りました」
話を遮るよう場一言に、国王と王妃が目を瞠る。
「おまえが指示をして作らせた、ということか?」
「はい、そうです」
「……色も」
「はい」
少し狼狽する様子が見える国王に対して、クライヴは動じることなくまっすぐな視線を向けている。
「……そうか。もうすぐ神の豆が実ると聞いたが」
「はい」
その答えを聞いて、国王は小さなため息をついた。
「わかっているのなら、私が言うことはない」
ミントグリーン……豆青の瞳を持つ二人は暫し視線を交わすと、共にうなずいた。
「豆の聖女よ。ゆっくり楽しんでくれ」
国王の優しい笑みに見送られてその場を離れると、向こうからメイナードが近付いてきた。
「殿下。こちらにナディアは来ていませんか?」
「いえ。見かけませんが」
「あの馬鹿妹は、未だに嘘をついたと認めません。上手く逃げようとしているのでしょうが、それは許されない。今夜の舞踏会には出掛けたというので、どこかにいるはずです。必ず連れてきて謝罪させますので」
珍しく険しい顔で矢継ぎ早にそう言うと、メイナードはあっという間にどこかに行ってしまった。
「あんなに怒っているの、初めて見たわ」
「ナディア嬢がしたことは、いたずらの範囲を超えていますからね。豆の聖女であるアズキに嘘を言ったことはもちろんですが、王子である俺の婚約者を騙っている時点で、ピルキントン公爵家にも影響があります。……それ以上に、メイナードは俺の兄のようなものですから。心配して怒ってくれているんですよ」
あずきに嘘をつくのは何とでも誤魔化せるだろうが、王子の婚約者だと勝手に言うのは確かに問題だ。
それがまかり通るのなら、言った者勝ちになってしまう。
「でも、そんな嘘をつくくらい、クライヴのことが好きなのね」
方法はまったく褒められたものではないが、そうして自身の気持ちを伝えられるというのは、少しだけ羨ましい気がした。
「俺にも、選ぶ権利がありますからね」
「そうね」
いつか、クライヴが選ぶ人。
……一体、どんな人なんだろう。
金髪美少年なクライヴの隣に立つのだから、やはり相応に美しい女性がいい。
同じ金髪も捨てがたいが、別な色の髪の方が互いの色が引き立つのではないだろうか。
淑やかで上品で可愛げがあって、クライヴを癒してくれるような――。
……駄目だ。
完全にクライヴの姉か母のような視点だ。
だが、これはこれでいい傾向だ。
もうじきお別れなのだし、湿っぽい気持ちでクライヴを見るよりも、よほど前向きではないか。
少し楽しい気持ちになってきたあずきの前に、クライヴの背が広がる。
どうやらわざとあずきの前に立ったらしいが、何なのだろう。
ちらりと覗いてみると、正面から濃い金髪の美少年がやって来るところだった。
「お久しぶりです。殿下、アズキ様」
白い神官服に赤褐色の帯を肩から下げたサイラスは、そう言ってにこりと微笑む。
何だかんだで忘れていたが、サイラスは変なスイッチが入ってあずきに妙な接し方をしていた。
一過性のものだとは思うが、もうスイッチは切れたのだろうか。
少し警戒していると、クライヴの手があずきを庇うように横に出された。
「何をしに来たんですか」
「豆の聖女が神の豆を実らせるお祝いですよ。神官であり殿下の不肖の弟である私が来るのは、当然でしょう」
「サイラスは、しばらく王宮に近付かないでください」
「そんなことを仰らずに。私達は兄弟ではありませんか」
友好的な雰囲気のサイラスに対して、クライヴの対応は素っ気ない。
「アズキを連れ出した上に連絡を邪魔したのを、忘れていませんよ。おかげでアズキが危険に晒されました」
そう言えば、サイラスの伝言が上手く伝わらなかったというのは恐らく嘘だ、とクライヴは言っていた。
つまり、わざとあずきを行方不明のように見せかけたということになる。
「それは、謝ります。殿下を唆す不埒な女だと思ったら、素晴らしい女性でした。器の小さいせこい男と私を罵った、あの姿が忘れられません」
……いや、何を言っているのだろう。
下手に容姿が整っているぶん、わけのわからない言動が更に怖く感じる。
思わずクライヴの背に隠れようとするが、それよりも先にあずきのすぐそばにサイラスは近付いていた。
「アズキから離れてください、サイラス」
「そう言わないでください。これは、ほんのお詫びです」
そう言って差し出されたのは、薄い本だった。
「これ、何?」
勢いに負けて受け取ると、サイラスはアズキに笑みを向けた。
今日も夕方と夜の2回更新予定です。




