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ものは考えようです

「本当に、実っているわね」


 神の庭であずきを出迎えたのは、全力ですり寄ってくる猫達と、大木に巻き付いた蔓にぶら下がる拳大の莢だった。

 丸々とした姿からして、中の豆もかなり大きくなっているだろう。

 どんな豆で、どうなったら完全に実った状態なのかはハッキリしないが、もう少しということだけはよくわかった。


「大きくなあれ」


 あずきは呟きながら、水やりに精を出す。

 どうせこの世界を去るのなら、早い方がいい。

 今なら、爽やかに笑って別れられる。

 せめて良き聖女として、思い出に残りたかった。


「……何だか、後ろ向きね。駄目駄目。ものは考えようよ。どうせなら豆を出しまくった奇跡の豆女として、後世に語り継いでもらおう」


 そうだ。

 あの聖女の間の壁画にも、豆を大量に追加してもらおう。

 次に来た聖女は困惑するだろうが、この世界は豆への愛が深いのだと心構えを促すのは役に立つかもしれない。


「となると、聖女の記録も少し整理した方がいいわ。日本語でまとめ直して……でも、次の聖女も日本人とは限らないか」

 もうじき帰るというのに、やりたいことが色々出てきた。

 これは試験前になると掃除をしたくなるのと同じで、現実逃避しているのかもしれない。



「アズキ。ここにいたんですね」


 神の庭にクライヴとメイナードの二人が入って来ると、ポリーが手を止めて頭を下げている。

「……だいぶ、大きくなりましたね」

 莢に触れながら、クライヴが呟く。


「うん。もう少しだと思う。良かったね。これで天候が安定するんでしょう?」

「……はい」

 待ち望んだことだろうに、何故かクライヴの表情が少し暗い。


「それよりもアズキ様。神の豆の成長を祝って舞踏会が開かれることになりました」

「また? 好きねえ、そういうの。……私も出るの?」

 メイナードがわざわざ伝えるくらいなのだから、恐らく無関係ではないだろう。


「もちろんです」

「そう」

 少し気まずいなと一瞬思ったが、ものは考えようだ。


 もう異世界に来るようなこともないだろうし、最後に思い出としてドレスを着て華やかな場に出るのもいいかもしれない。

 何せ日本で普通に暮らしていたら、舞踏会なんてものに参加する機会はない。

 参加費を払わずに楽しめるのだから、ラッキーだと思おう。


「俺のパートナーになってくれますか?」

「うん」


 あずきの返事を聞いたクライヴは笑みを浮かべているが、どことなく悲しげだ。

 どんなにあずきのことが苦手だとしても、神の豆の成長を祝う舞踏会だ。

 クライヴは契約者なのだから、聖女であるあずきをパートナーにせざるを得ない。

 王子というものも、大変そうだ。



 少しでも労いたいという気持ちが湧くが、どうしたらいいだろう。

 疲労には甘いものと言うし、それならばあずきでも何とかなりそうだ。


「〈開け豆(オープン・ビーン)〉」

「アズキ?」

 あずきの手のひらには、ころりと小豆が一粒転がる。

 森の中ではいまいち空気を読まなかった小豆だが、今日はあずきの意思を理解してくれたようだ。


「〈小豆のお供え(アズキ・オファリング)〉」

 豆が光って消えると、あずきの両手いっぱいにどっしりとあんこの塊が乗る。


「時間があるなら、お茶にしよう? あんこをクッキーに挟むと結構いけることを発見したの」

 だが、クライヴの表情はあまり冴えない。

「いえ。まだ公務があるので、俺はここで失礼します」


「あ、ごめん。手に乗ったあんこなんて、嫌だよね」

 潔癖ではないにしても、苦手な相手の手のひらに直接乗っていた食べ物を口にするのは、抵抗があるだろう。


「ちゃんと、触っていない部分を使うけど」

「いえ。申し訳ありませんが」

 明らかに困っている様子に、あずきは自分の行動が恥ずかしくなってきた。

 公務があって時間がないのに、苦手な女が直接触ったあんこを食べるなんて、ただの罰ゲームではないか。


「ううん。私こそごめんね。お仕事の邪魔して」

「いえ、そんなことは」

「私、手が汚れたから洗ってくる。じゃあね、クライヴ」



 ポリーが用意してくれた皿にあんこを乗せると、そのまま井戸に向かって走る。

 釣瓶を落として水を組み上げながら、あずきはため息をついた。

 正当な理由で少し拒まれただけだ。

 なのに、結構ショックを受けている自分に驚く。


「私って、打たれ弱かったんだ……」


 汲み上げた水で手を洗うと、もう一度ため息をついた。

 もうすぐ、豆の聖女はいなくなる。

 神の豆も実ったことだし、いつまでも()()()()()するのも疲れるだろう。


「うん。普通よ、普通。公務と手づかみあんこクッキーなら、公務を取って当然よ。うん」


 冷たくなった両手で頬を叩くと、気持ちを切り替える。

 ものは考えようだ。

 今まで十分大事にしてもらったし、楽しかった。

 あとは、あずきの方が恩返しをするだけだ。


 家族も無事で、家にも帰れる。

 いいことづくめではないか。


「――よし!」


 あずきは口角を意識して上げると、ポリーのところに駆け戻った。



明日も2回更新予定です。

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