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事実は気力を削ります

 王宮に戻ったあずきは、そのまま熱を出して寝込んだ。

 何でも、豆魔法の使い過ぎと移動の疲れと、何だかんだの騒動の疲れが一気に出たらしい。


「ポリー、ごめんね」

「お疲れなんですよ。ゆっくり休んでください」

 寝台の住人と化しているあずきにそう言って、ポリーは花瓶に花を飾り始めた。

 濃い黄色の花弁が鮮やかな花は、どう見ても向日葵の花だ。


「この世界にも、向日葵があるのね」

「殿下からのお見舞いです。さすがに、女性の寝室には入れませんからね」

 それはそうだ。

 神殿から戻って以来、部屋どころかベッドからもほとんど出ていないので、クライヴと顔を合わせることもなかった。


「そうだ。ねえ、ポリー。神の豆の花が咲いたんでしょう?」

「はい。もう花は枯れて莢ができています。まだ小さいですが、綺麗ですよ」

 豆の莢に対して綺麗という表現を初めて聞いた気がするが、さすがは豆王国民である。


「そっか。じゃあ、もう少しで私の役目も終わるね」


 神の豆が実ってクライヴが食べれば、契約は終了する。

 そうすればこの国の天候は安定するし、クライヴも聖女のために演技をする必要がなくなる。

 皆、幸せになれるのだ。


 だから、あずきの気持ちはただの気の迷いだし、クライヴに伝えてはいけない。

 最後まで笑顔で、皆の求める聖女としてこの世界を去って行こう。



「アズキ様は、契約とやらが終わったら元の世界に戻ってしまわれるのですか?」

「そりゃあ、そういう契約だからね」

「そんな。……寂しくなりますね」


「ありがとう、ポリー。そう言ってくれる人がひとりでもいると、ちょっと嬉しい」

 クライヴはきっと別れを惜しんでくれるだろうが、それはあくまでも演技。

 だからこそ、純粋にあずきとの別れを寂しがってくれるのは、嬉しかった。


「何を仰いますか。殿下を筆頭に、皆そう思っていますよ」

「そうだといいね」

「当然です。このお花だって、そうですよ」


「お見舞いの花でしょう? クライヴもマメよねえ。本当に、聖女の相手をするのも大変だね。……ポリー?」

 ふと見てみると、ポリーが苦虫を噛み潰したような凄い顔をしている。


「どうしたの?」

「いえ。これは殿下が不甲斐ないせいなのか、アズキ様が手強いのか……」

 何やらブツブツと呟いているが、やはり表情は険しい。


「どうしたの?」

「いえ。……アズキ様は、殿下のお顔と優しいところは好いていらっしゃるのですよね?」

「な、何よ。急に」

 確か、以前にそんな雰囲気の話をしたような気もするが、今それを切り出す理由がわからない。


「今もお変わりありませんか? 少しは特別になりましたか?」

 特別、か。

 その言葉に、あずきはベッドに寝たままの姿勢で薄い笑みを浮かべた。


「変わらないわ。変わらず特別よ。だって、豆の聖女だから。……クライヴも同じでしょう?」

 クライヴはあずきを気にかけてくれる。

 それは、あずきが特別な豆の聖女で、クライヴがその契約者だからだ。



「そうでしょうか。アズキ様は、向日葵の花言葉をご存知ですか? ……『あなただけを見つめる』です。どうお思いになりますか?」

「どうもこうも。そんなの偶然ででしょう? クライヴは知らないんじゃない?」

 この世界にも花言葉というものがあることに少し驚くが、どちらにしても男性が事細かに憶えているとも思えない。


「いえ。ご存知ですよ」

「何でわかるの?」

「教えたのは、私ですから」

 ポリーがベッドの上で首を傾げるあずきに、笑みを向ける。


「ああ、そうか。向日葵を用意したクライヴに、これは困った花言葉だって教えたのね。私に言わなければ、バレずに済んだのに」

「順番が逆ですよ。殿下がアズキ様に花を贈りたいと仰るので、私がお教えしました」


「何で?」

「じれったいからですね」

 きっぱりと宣言するポリーに、あずきはため息をついた。


「ポリーは、相変わらずクライヴが私に好意を持っていることにしたいのね」

「したいも何も。ああ、じれったいです」

 地団太を踏みそうな勢いのポリーに、あずきは苦笑いを浮かべるしかない。



「ねえ、ポリー。仮に、仮によ? クライヴが私に好意を持っていたとするわね」

「仮じゃあ、ありませんけどね」

「ポリー、聞いて」

 あずきが諭すと、ポリーは不満そうにしながらも黙って次の話を待った。


「それで、私もクライヴに好意を持っていたとするわよ?」

「はい!」

 やたらといい返事が返ってきたが、本当に仮という意味をわかっているのか心配になる。


「でも、それがどうだというのかしら」

「え? お二人両想いで結ばれて、ハッピーエンドですね」

 あまりにも現実離れしたポリーの主張に、思わずあずきの口から笑いが漏れた。


「それはないわ。私は異世界から来た豆の聖女で、クライヴは契約者の王子様。神の豆が実って契約を終えれば、私は元の世界に帰る。……だから、何も起こりようがないのよ」

 純然たる事実を突きつけると、ポリーの表情が見る見る悲し気に曇っていく。


「でも、そんな」

「それに、クライヴは聖女をもてなしているだけ。王子なんだから、いずれは妃になる人と結婚するでしょう? ……だから、そもそもの前提もあり得ないのよ」


 それが、揺るぎようのない現実だ。

 だが、わかりきっていたはずなのに、自分で口にしたそれが、あずきの気力を一気に奪っていく。


「ですが」

「ごめん。疲れちゃった。……眠るね」

「……はい」

 ポリーは頭を下げると、そのまま退室する。

 何となくそれを見送ると、窓辺に飾られた向日葵が目に入った。



 一体、どういうつもりなのだろう。

 大切な豆の聖女を見ている、ということだろうか。

 それとも……。


「どちらにしても、私はここを去る。だから、忘れよう」


 自信に言い聞かせるようにそう呟くと、あずきは重くなった瞼を閉じた。


さて。

ぼちぼち終盤に入っていきます。


今日も夕方と夜の2回更新予定です。

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