豆が測位してきます
「手紙に返事をくれなかったのは、俺に不満があるからですか?」
「手紙? 返事って何? クライヴこそ、一度も返事をくれなかったじゃない。まあ、私のアレは返事しにくかっただろうけど。……でも、ちゃんと豆は届けていたんだから、領収証代わりに一言くれてもいいのに」
豆を受け取りましたの一言でも、返事が来たらきっと嬉しかっただろう。
だが実際には豆だけ受け取って、あずきは用無しと言わんばかりに放置されていた。
実際そうなのだとしても、どうせ演技をするのならそれくらいは返してほしいものである。
「返事に、豆。……あずきは手紙を出してくれていたんですか?」
「うん」
あの短文を手紙と言っていいのかは甚だ疑問ではあるが、一応頑張って書いたし、ちゃんと豆も同封していた。
「では、あれは、本当にアズキの……。やはり、俺をうっとうしいと思っていたんですか?」
「何それ? 私は『元気』しか書いていないわよ」
クライヴは何度か瞬いて、あずきを見つめる。
「王宮は窮屈で、俺がうっとうしいので神殿で過ごすというのは」
「何なのそれ。大体、私はそんなに長文を書けないわ」
「そうみたいですね。……あの手紙をもらって、正直ものすごく落ち込みました。ポリーに、あずきはこの国の文字をかけないと聞いて。あずきの気持ちは違うのだろうと信じて、どうにか生活しました。でも、何度手紙を送ってもそれ以降返事がないので、直接会いに来たんです」
では、クライヴは何かの用事があって神殿に来たのではなく、あずきに会いに来たというのか。
たとえ聖女の安否確認や豆成分の補充だとしても、会いに来てくれたという事実だけで、胸が温かくなってしまう。
「でも、どうしてここがわかったの?」
「窓に不自然な豆の蔓がぶら下がっていましたから、外に出たのはわかりました。それから大型空豆に入って寝ている門番を見つけて。そこからは、これを頼りに」
そう言ってポケットから取り出したピンクの落花生は、淡い光を放ち続けている。
「本来はすぐに消えるはずですが、この豆があずきの位置を教えてくれました」
何だ、そのGPSは。
目潰しの光だけでは飽き足らず、豆方向測位システムとしての機能まで持ち合わせているとは。
実に働き者だが、まったく仕組みがわからない。
「間に合った……とは言えませんが、大きな怪我がなくて良かったです」
「うん。ありがとう。さすがに、あんことひよこ豆じゃどうにもならないし。こ、怖かっ、た」
狼に囲まれた時の恐怖を思い出して、少し声と肩が震えた。
それに気付いたらしいクライヴが、あずきの手に自身の手を重ねる。
「もう、大丈夫です」
「うん」
クライヴはもう片方の手を伸ばすと、あずきの頭をそっと撫でた。
「ごめんね、クライヴ。私、迷惑しかかけていない」
王宮を離れる時も、せめてポリーに直接言えば良かったし、今回だって神殿を出るにしてもちゃんとした街道のほうを通るべきだった。
自分の短慮のせいで、クライヴには要らぬ心配と手間をかけさせたのだ。
「アズキは悪くありません。迷惑なんて思ったことありませんよ」
優しく細められる瞳に、これは演技なのだとわかっていても騙されてしまいそうだ。
クライヴにとって、豆の聖女は大切な存在。
それは間違いない事実で、だからこそあずき個人との区別がわからなくなってしまうのだろう。
嘘をつくときには真実を入れると信憑性が増すと聞いたことがある。
聖女は大切だという事実が混ざっているから、あずきのことは苦手なはずなのに、それを感じさせないのだ。
「もう、それ、いいよ。無理しないで」
「無理?」
「婚約者にも悪いし、私にかまわなくていいよ」
「……何ですか。それ」
クライヴの眉が顰められるのがわかったが、これは今伝えておいたほうがいいだろう。
「私のせいで、婚約のことを公にできなくてつらいんでしょう? 私は豆の聖女かもしれないけど、無理に演技してまで接しなくていいよ。ちゃんと豆は育てるし、豆魔法も頑張るから。心配しないで」
「……何ですか。それ」
同じ言葉のはずなのに、明らかに声に含まれる冷気が増した気がして、驚いてクライヴを見る。
どうやらクライヴは怒っているらしく、それを隠さない珍しい様子に、あずきは少し怯えた。
「俺は婚約なんてしていませんし、婚約者なんていません」
「だから、隠さなくていいってば」
「隠してなんかいません。確かに、年齢と立場からそういう話が出ることはあります。ですが婚約者はおろか、その候補すら俺は認めていないです」
「で、でも。指輪を」
ナディアは、左手の薬指にはめた指輪をあずきに見せた。
婚約者かと聞いたら、クライヴが契約者としての責務を果たすのが優先だから、その話は止められていると言っていたではないか。
それはつまり、実質婚約者と言っていいだろう。
「俺は、誰にも指輪を贈ったことなんてありません」
明日も夕方と夜の2回更新予定です。




