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恥ずかしいから

「大丈夫ですか、アズキ。怪我はありませんか?」

「……何で、クライヴがいるの?」


 ここは王都から遠い豆の神殿の、更にひとけのない森の中だ。

 王都の王宮で暮らしているはずのクライヴが、こんなところにいる理由がない。

「それよりも怪我は……靴に穴が。――噛まれたんですか?」

 クライヴの麗しい眉が顰められ、鋭い視線を向けられる。


「木から引きずり落されただけ。噛まれたのは靴だから、何でもないわ」

「落とされた?」

「ちょっと背中を打っただけよ。大丈夫――うわ!」

 どんどん表情が険しくなったクライヴは、あずきを抱き上げると、近くの倒木に座らせる。

 かと思えば、おもむろにあずきの靴を脱がせようとし始めた。


「――ち、ちょっと、何?」

 慌てて靴を押さえるが、ひざまずいた状態のクライヴに真剣な目で見つめられる。

「狼に噛まれたのなら、消毒が必要です。まずは怪我の程度を確認しなければ」

「だから、平気だってば」


 怪我を心配してくれるのはありがたいが、あずきは昼間に歩いて街に行ったし、神殿からここまでも歩いて生きている。

 そこそこ長時間履き続けた靴など、臭いに決まっているではないか。


 ふられたも同然の相手とはいえ、仮にも王子様で好きな男性の前に、臭い足を出したくはない。

 あずきにだって、少しは乙女心というものが存在するのだ。

 だが、怪我のことで頭がいっぱいらしいクライヴは、今のところ諦める様子がない。


 どうしよう。

 何と言えば、臭い足の話題に触れずにクライヴを止められるのだろうか。



「い、痛くないし」

「念のためです」


「本当に、平気なの」

「駄目です」


 取り付く島もないとは、まさにこのことだ。

 大体、制服のスカートで脚が見えただけで何だかんだ言っていたのに、靴を脱がすのはいいのか。

 もう本当に豆王国の基準がよくわからない。


「……は、恥ずかしい、から」


 麗しの王子の鼻先にじっくり煮込んだ臭い足を出すなんて、いくら何でも恥ずかしい。

 どうにもならなくなってそう訴えると、それまであずきの靴に手をかけていたクライヴの手が止まった。

 かと思えば、見る見るうちにクライヴの顔が赤くなっていく。


「し、失礼しました。狼に噛まれたと聞いて、つい……」

 耳まで赤く染めながら恐縮するクライヴに、先ほどまでの靴を脱がせようという覇気は微塵もない。


 あまりの反応に面食らってしまうが、よく考えればこの国は胸元は出しても、足を見せるのは御法度という雰囲気だった。

 つまり、あずきの尺度で考えれば、嫌がる女性の胸元をこじ開けて見ることに相当するのだろう。


 それはまあ、赤くもなるはずだ。

 本来紳士的なクライヴがそこまでしたのは、狼に噛まれたということで心配したからだろう。

 何にしても、あずきとしては臭い足を出さずに済んだだけで十分である。


「本当に、靴しか噛まれていないから。大丈夫よ」

「わ、わかりました」

 すっかり意気消沈してうなだれるクライヴに声をかけると、どうにかうなずき返された。



「……それで。何でこんなところにいるの?」

「アズキが行方不明になって……死ぬほど、探しました」

「行方不明?」

 意外な言葉に首を傾げると、クライヴはようやく顔を上げた。


「執務室に……俺のところに行くと言って部屋を出たきり、行方がわからなくなって。どこに行ったのか、攫われたのかと、生きた心地がしませんでした。急に天気が荒れたのは、アズキに何かあったのかもしれない、と」

「何で? ちゃんと伝えてもらったはずなのに」


 確かに、サイラスが自分の名前で伝えると言っていた。

 神官で王子のサイラスならば話が早いだろうとお願いしたのだが、なぜ行方不明なんてことになっているのだろう。

 すると、クライヴは珍しく不満そうな表情を露にする。


「手違い、だそうです。……恐らく、嘘ですが」

「え?」


「アズキとサイラスが話しているところを見た者がいたのと、門番が見慣れない女性神官がいたというので、神殿に問い合わせました。そこでアズキが神殿にいるのは、わかったのですが」

 そこまで話すと一息置き、クライヴはあずきの隣に座った。



「アズキ。王宮での生活は、不満でしたか?」

「何で? そんなことないよ。皆優しかったし」

「では、俺のことが嫌でしたか?」


「何それ。そんなこと、あるはずないじゃない。……どちらかというとクライヴの方が、私と一緒だと色々大変でしょう?」

 嫌いなあずきにかまい、演技をし、ナディアと一緒にいられないのだから、面倒なことしかないではないか。


「まさか。ありえません」

 クライヴはすぐに首を振って否定する。


 まあ、それはそうだろう。

 『本当は嫌だけれど演技して接しています』なんて、馬鹿正直に言うわけがない。

 この真摯な眼差しもすべて演技なのかと思うと、少し切なかった。


 ……いや、豆の聖女が大切なのは本当なので、そこは演技ではないのか。

 ただ単純に、あずきのことは苦手だというだけのことだ。

 人の好みなのだから、どうしようもない。



今日も夕方と夜の2回更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 再会できてよかったと思っていましたが。 誤解は一切解けてなかったんですね。 サイラスの性格がわかっただけで神殿に出かける前に戻る。
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