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鍋のお風呂で茹で豆気分

「そう言われても。……豆を育てるんじゃないんですか?」

 何をするのか知らないが、羊羹男(ヨウカンマン)と約束した以上のことを求められても困ってしまう。


「我が国は長年の天候不良で豆の生育が悪く、このままでは豆の危機なのだ」

「……豆以外を、植えたらどうですか」

 あずきの的確と思われる答えが聞こえないのか、聞きたくないのか。

 国王はそのまま話を続ける。


「豆なくして、国は成らずと言う」

「……何で、そんなに豆に固執するんですか」

 逆に、豆だけで成り立っている国なんてあるのだろうか。

 農業が主産業だとしても、豆以外を栽培しないなどという挑戦的な国家は存在しないと思う。


「とにかく、あなたは神に選ばれし豆の聖女。聖女の心に神は応え、天が安定すると言われている。あなたの心が穏やかに過ごせるよう、我らも尽くそう」

「はあ」

 よくわからないが、このまま放り出されて野宿にはならないのは、ありがたい。



「それで、豆はどこで育てたらいいですか」

「王宮内に神の庭と呼ばれる場所がある。そちらを使ってもらいたい」

 では、王宮と呼ばれるこの場所に来なければいけないのか。


「通うのも大変かな。そうだ。住み込みで働かせてもらえません?」

 その場の一同が揃って目を丸くして固まった。

「と、とんでもない。豆の聖女に労働などさせるわけにはいきません」

 一足早く硬直が解けたクライヴが、必死の様子で訴える。


「でも、豆を植えて水をあげるくらいでしょう? 暇だし、生活するにはお仕事しないと」

「聖女を王宮で働かせるなど、ありえません」

 強い口調のクライヴは譲る様子はないし、他の人の表情からしても同様の意見らしいことは察することができる。


「そっか。仕方ないわね。じゃあ、王宮の外から通うわ。何かいい仕事があれば、教えてもらえるとありがたいんだけど」

「そういうことでもありません!」

「――聖女はお疲れのようだ。早く、部屋に!」

 クライヴと国王に立て続けに訴えられると、あれよあれよという間にあずきは連れ出された。




 使用人と思しき女性達に連れられて移動した先の部屋に入ると、既に中には一人の女性が待っていた。

 黒を基調にしたいわゆるメイド服のような格好の女性は、アズキを見ると微笑み、深々と頭を下げる。


「聖女様の身の回りのお世話をさせていただきます、ポリーと申します」

「豆原、じゃなくて。アズキ・マメハラよ。……ところで。それって、侍女とかメイドとか、そういうやつ?」


「そうでございますね。私は聖女様専属の侍女です」

 ――本当に存在するのか、侍女という生き物。

 ちょっとした感動に浸っている間に、あずきを連れてきた女性達は扉の外に出て行った。


「湯浴みの用意をいたしました。よろしければ、汗を流されてはいかがでしょうか」

「お風呂か。いいわね」

 汗をかいたかと言われれば、否だ。

 だが、シャワーや体を拭いて終わりではないというのは、嬉しい。


「やっぱり、日本人はお風呂よね」

「ニホン、でございますか」

「あ、いいの。気にしないで。それで、お風呂はどこ? タオルとか借りられるかな」

「ご案内いたします」



 ポリーに連れられて向かった先には、本当にお風呂があった。

 背中を流すどころか服を脱ぐところから手伝おうとするポリーを全力で押しとどめたが、その疲れも吹き飛ぶというものだ。


 西洋風の服装や建物からして、バスタブにお湯を張るくらいなのだと思っていたので、嬉しい誤算である。

 さすがに富士山の絵はないが、気分はすっかり銭湯だ。

 だが浴槽のデザインが明らかに鍋っぽい上に、そこらに散りばめられた装飾品がほとんど豆の形をしている。


 ほぼ豆と一緒に煮込まれているような状況なので、これはどうかと思う。

 茹で豆気分を味わえるとは、何とも不思議なお風呂だ。

 本当に、どれだけこの世界の人は豆が好きなのだろう。


「……あ。でも、私も豆の聖女なんだっけ」

 何というか、せっかくの聖女感が台無しだ。

 別に聖女になりたかったわけでも、聖女と呼ばれたいわけでもないが、それにしたってもう少し何とかならないものか。


「もっと、こう、『光の』とか。……いや、駄目だわ。恥ずかしい。豆は豆で恥ずかしいけど」

 何をつけても、聖女な時点で恥ずかしい気がしてきた。

 いっそ、クライヴのような紛うことなき美貌の持ち主が名乗った方が、しっくりくるのではないだろうか。


「何にしても、豆を植えて、育てて、食べさせて、帰る。――やることはハッキリしているんだから、頑張ろう」



 あずきは浴槽から出ると、再び着替えを手伝おうとするポリーと一戦交えた末に、勝利を勝ち取った。

 それにしても、何故いちいち手伝おうとするのか、まったく理解できない。


「聖女様のお世話をするのが、私の仕事です」

「だから、着替えやお風呂は自分でできるからいいの。それから、その聖女様はやめて。アズキでいいわよ。そんなに年も変わらないでしょう?」

「……では、アズキ様と呼ばせていただきます。私は十九歳ですが、アズキ様はおいくつなのですか?」

 アズキが使ったタオルを受け取りながら、ポリーが問いかけてくる。


「私は十八歳よ」

「では、同世代ですね。殿下も、十九歳なのですよ」

 あずきの見立ては間違っていなかったが、年上なのだと思うとクライヴのあの丁寧な対応が途端に申し訳なく感じてしまう。

 これは、日本の学生的な先輩後輩感が染みついているからなのだろう。


 それに天候不良とか豆が不作とか言っていたが、アズキが思っている以上に事態は深刻なのかもしれない。



活動報告で、キャラクターのイメージで作ったアバターを公開しています。

今夜は豆原あずきです。

よろしければ、ご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 蒸気機関が異常に発達した世界をスチームパンクと言うならこのお話はさしずめ豆パンク
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