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とりあえず、逃げます

 あずきは部屋を見回すと、扉以外で唯一外に接する窓に手をかける。

 この部屋は二階だが、窓枠や壁の凹凸に足をかければ、何とか下りることが出来そうだ。


「〈開け豆(オープン・ビーン)〉、〈開け豆(オープン・ビーン)〉」

 小豆と共に手のひらに転がった四角豆を掴むと、この神殿での調べ物の成果を示すべく、深呼吸をした。


「ええと。窓から下りたいから、縄がほしいな。――〈四角豆の(ウィングビーン・)支え(サポート)〉」


 これは、古い文献に載っていた神の言葉だ。

 何でも、色々な手伝いをしてくれるらしいのだが、だったら手伝い(ヘルプ)でいいと思う。

 単純に言葉通りの内容とは限らないのが、難しいところだ。


 四角豆という豆を知らなかったが、ありったけの豆を出して神官に聞いたので、今では判別できる。

 ちなみに、出した豆はクライヴへの手紙に同封してあるので、無駄がない。

 手のひらの豆が消えると同時に現れたのは、緑色の太い蔓だった。


「……まあ、縄と言えなくもないけど。どこまでも豆なのね」

 呆れながらも窓から蔓を垂らすと、それを握りながらどうにか壁を降りていく。

 それほど高さがないのと、壁の凹凸が足をかけやすいおかげで、比較的簡単にできた。


「豆を売ったお金は持っているし、少なくとも一泊くらいは泊まれるはずよね。まずは街に行こう」

 神殿内では、すぐに神官に見つかるし、つまりはサイラスに見つかる。

 冷静になってもらうためにも、少し間を置いた方がいいだろう。


 空を見上げてみれば、青からほんのりと黄色みがかった色に変化している。

 既に日が傾き始めているから、急いだほうがいい。



 あずきは神殿の庭木に隠れるようにして裏門までたどり着き、門番に見つからないようにそっと通り抜けた。

「……誰だ? 黒髪――まさか、聖女様?」


 通り抜けるのには成功したが、神殿を出てしまえば身を隠す場所がなく、あっさりと見つかる。

 今更ながら、髪の色を変えておけば良かった。

 これが、後悔先に立たずというやつかと感心している間にも、門番がこちらに迫っていた。

 このまま街道を進めば、すぐに捕まる。

 何とか、足止めをしなくては。


「〈開け豆(オープン・ビーン)〉」

 ころりと転がったのは、空豆だ。

 こういう時こそ四角豆が手伝ってくれればいいのに、上手くいかないものだ。

 何にしても、追加で豆を召喚している暇はないので、これでどうにかするしかない。


「〈空豆の(ファヴァビーン・)揺り籠(クレイドル)〉」

 あずきの手のひらの空豆が光って消えたと思うと、次の瞬間、門番とあずきの間に巨大な空豆の莢が現れた。

 ダブルベッドもかくやという大きさがあまりにも非現実的で、あずきは固まり、門番達の歩みも止まる。


「……何だ、これ?」

 当然の疑問を口にしながら門番二人が莢に近付くと、食虫植物よろしくぱくりと二人を飲み込んでしまった。


「え? ちょっと――食べた?」

 まさかの莢の動きに、あずきは慌てて駆け寄る。

 よくわからないが、仮に食虫植物的なものだとしたら、二人は死んでしまうのだろうか。

 だが叩いてみても引っ張ってみても、莢はぴっちりと閉じたまま動かない。


「やだ。何か聞こえる。咀嚼? 食べられてるの?」

 恐怖に駆られながらも莢に耳を当てて聞いてみると、中ではグーグーというイビキとしか思えない音が響いていた。


「……ね、寝てる?」

 そう言えば、あずきが空豆の莢にはいった時もすぐに眠くなったし、椅子でも眠気を催した。

 つまりこれは、ベッドや椅子でありながら、強制睡眠装置でもあるのか。


「……うん。行こう」

 あずきは幸せそうな寝息に見送られながら、森の方へと歩き出した。




 街へ行くのなら、街道を通るのが安全だしわかりやすい。

 だが、一応身を隠しているあずきとしては、のんきに街道を歩いて捕まるわけにはいかない。

 外出時に女性神官が、森の小道も街に通じていると言っていたし、こちらの方が見つかりにくいだろう。


 森の道はすぐに見つけられたが、道は道でも獣道という感じで、あまり使われていない雰囲気だ。

 しかも道の横の樹木が手入れされていないので、夕暮れの空に対して、小道は既に薄暗い。

 ちょっと気後れしたものの、意を決したあずきは森の中に入って行った。


「暗いのはあれだけど、道は見えるから間違わずに済みそうね」

 自分を鼓舞するようにそう言いながら歩き続けていると、ふと遠くから犬の遠吠えのような声が耳に届く。


「……そう言えば、森には狼が出るって言ってたような」

 心細くなって振り返ってみるが、もう神殿の姿は見えず、暗い森が広がるだけだ。

「こ、ここまで来たら、進んだ方が早いわよね」


 狼はおろか野良犬にすら遭遇したことはないが、もし出会ったらどうなるのだろう。

 人間を主な食糧にしているわけではないだろうし、穏便にすれ違えはしないだろうか。

 いや、野犬と同じだとしたら、襲い掛かってくる可能性もあるのか。


「だ、大丈夫。豆王国なんだから、狼だって豆を食べるわ。菜食主義よ、きっと」

 まったく根拠のない慰めを口にしながらも、段々と歩調が速まっていく。

 その時、再び遠吠えがあずきの耳に届いた。



今日も夕方と夜の2回更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >狼だって豆を食べるわ。菜食主義よ 犬の仲間は雑食寄りの肉食だしね 猫は純肉食に近いけど
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