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豆八分とか言われても

 この調子なら、豆農家としてこの世界で生計を立てるのはそれほど難しくないかもしれない。

 豆に手応えは感じたものの、肝心の価格相場がわからないので、そのあたりも調査しなくては。

 そう思ったあずきは、収穫した豆を売りに行きたいとサイラスに相談した。


 神聖な豆が云々、聖女の貴重な豆が云々、ほぼ豆に関するあれこれを訴えられたが、自立したいと伝えると最後にはあずきの意思を認めてくれた。


「その代わり、ひとりでは外出なさらないでください」

 そう言ってつけられた神官二人と共に、あずきは街に向かって歩いている。

 神殿を出てすぐに周囲を森に囲まれた道に出たが、きちんと路面の整備がしてあるので歩きやすいし、道もわかりやすかった。


「森の中にも小道があって街に通じています。ですが暗くて狭い上に狼が出ますので、立ち入らないでくださいね」

 そう注意されて狼が存在するのだという事実に少し驚く。

 日本では狼どころか野良犬にすら出会ったことはないが、注意を促されるということは危険なのだろう。

 昼間に街道を歩くぶんには問題ないと聞いて、ほっと胸をなでおろす。



 神殿ではあずきは真っ白な神官服を身に着けていた。

 だが、街に小豆色の帯をつけた黒髪のあずきが現れては、大騒ぎになるのは間違いない。

 そこで、いつものように赤褐色の髪にした上で、灰色のワンピースとブーツに着替えている。

 同行する神官も普通の服なので、これで悪目立ちすることはないだろう。


 念のため豆ケースをポケットに入れたが、これは置いてきても良かった気もする。

 女性の神官はあずきの身の回りの世話と街の案内、男性の神官は護衛らしいが、はたから見ればただの兄妹だろう。

 しばらく歩いて到着した街は、王都に比べれば小規模とはいえ、人も多く活気があった。


「豆の神殿に一番近い街ですから。参拝に訪れる人が多いのですよ」

「なるほど。人が多いのは商売的にはありがたいわね。あとは、豆自体の需要と相場だわ」

 女性神官にお願いして豆を売っている店を案内してもらうと、町の一角にずらりと並ぶ露店の前にたどり着いた。


「これ、全部豆を売っているの?」

 日本で言えば、商店街が丸ごと豆屋という感じで、見渡す限り豆ばかりだった。

「こんなに豆が必要? 毎食、豆を食べているの?」

 豆を売って生計を立てるための調査なのだから、豆に需要がありそうなのは嬉しい。

 だが想定を軽く超越する店の数に、少し恐怖すら感じていた。


「食べる豆だけでも、一般の豆から高級豆まであります。それ以外にも連絡豆などの特殊な豆や、豆の加工品など多岐にわたりますので、このくらいの店は必要ですね。それから、神殿への供物の豆もあります」


「想像以上に豆への愛が深いわ、豆王国」

 豆を食べ、豆で連絡を取り、豆を加工し、豆を豆の神に捧げる。

 ……どこまでも豆づくしだ。



「こんなに豆だらけだと、豆が嫌いな人は肩身が狭そうね」

 ぽろりとこぼれた言葉に、神官の二人が揃って瞠目した。

「豆が嫌い……ですか?」

 信じられないものを見たと言わんばかりに呟くと、二人は顔を見合わせている。


「豆王国の国民が豆が大好きなのはわかるけど、好きな豆もあれば嫌いな豆もあるんじゃないの?」

 あずきは甘味が好きだが、チョコレートは苦手だ。

 そんな風に、豆王国民でもそれほど好きではない豆があってもおかしくない、と思ったのだが。


「仰りたいことはわかりますが、あまり公にそういうことを口になさらない方がよろしいと思います」

 非難というよりは心配するような口ぶりにが、あずきには理解できない。

「何で? 豆を全否定したら良くなさそうなのはわかるけど。好き嫌いくらい普通でしょう?」

 すると神官二人は同時にため息をつき、小さく首を振った。


「確かに、好き嫌いはあるでしょう。ですが、豆に関しては秘匿するのが賢明です。……アズキ様は、『豆八分』という言葉をご存知ですか?」

 また聞いたことのない豆が出てきたが、何のことだろう。


「もう古い風習ですが。かつては、豆に敬意を払わない者は村八分にされたと言います。それを、『豆八分』と言うのです。今はないとはいえ、やはり豆に対して負の感情を表に出すのは憚られます。余計な諍いを生まぬためにも、口にしない方がいいでしょう」


「そ、そうなの」

 明るく朗らかな豆馬鹿なのかと思っていたら、それなりに重い豆馬鹿だった。

 というか、豆の好みごときで諍いが起きるなんて、恐ろしすぎる。

 誰が何の豆を好きだろうが嫌いだろうが、どうでもいいと思うのだが。



「昔、神の力が不安定な時期がありまして、その時の風習らしいのです。豆の神の怒りを買うような真似はしない方がいい、という考えですね。……ですが、今は豆の聖女が現れたおかげで天候も安定してきましたし、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ」

 少し怯えるあずきを見た女性神官が、優しい笑みを浮かべた。


「本当? うぐいすあんは苦手とか言っても、怒られない?」

「怒りはしませんが。……あんこに関しては、より繊細な問題ですね。何せ、豆の神への供物はあんこ。豆の中でも特別な存在ですから」


 そう言えば、以前にあんこを食べるか聞いた時にそんな話があった気がする。

 食べ物としてというよりは、神への捧げものとして扱われているとか何とか。

 ……やはり、豆の国の豆愛は理解が難しい。



今日は夕方と夜の2回更新予定です。

夜の活動報告で、今後の予定の追加情報をお伝えします。

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― 新着の感想 ―
[一言] その昔は大豆アレルギー持ちは悪魔の子みたいな扱いだったのだろうか
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