微妙に惜しいです
それから、あずきは毎日書庫で調べ物をする生活を送っていた。
神殿に来た日の大雨のせいで各地に被害が出ていて、道路は今も通行止めのところが多いらしく、危険だからと神殿から出ることを禁じられているからだ。
神官長も地方の神殿に出向いていたところで大雨に見舞われ、道路が通行止めのせいで暫くは戻れないという。
あずき達も、サイラスの判断で馬車を走らせなければ、同様に王都で足止めされていたことだろう。
あの日から雨は降っていないが、窓から見える空は曇っていて、見ているこちらの気持ちも何となく暗くなってしまう。
あずきは頭を振ると気持ちを切り替え、目の前の本に視線を戻した。
「意外と、あるようでないわね」
豆の神を祀る神殿なのだから、聖女や豆魔法についての記録も豊富かと思ったのだが。
確かに豊富ではあるが、かえって多すぎて目を通しきれない。
その上、大半は『豆、万歳』という感じの内容なので、読後の疲労感が酷かった。
あずきは本を閉じるとテーブルに突っ伏して、気力の回復を待つ。
かなり行儀が悪いとは思うが、こうしないと読む元気が出ないのだ。
あんな本を普通に読めるとは、つくづく豆王国の豆愛が恐ろしい。
「調子はいかがですか?」
爽やかな声に顔を上げると、サイラスがちょうどやってくるところだった。
金髪の色味と瞳の色は違えども、やはり何となくクライヴに似ている。
その姿を見ると嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちになってしまうのが困ったところだ。
アズキの向かいに腰を下ろしたサイラスは、積み上げられた本の山に少し驚いているようだった。
「……惜しいの。微妙に惜しいのよ」
「惜しい、と申しますと?」
「見ていて」
あずきのため息に首を傾げるサイラスの前に、細長い莢のサヤインゲンを乗せた手を差し出す。
「〈サヤインゲンの剣〉」
手のひらの莢が光って消えると、そこには六十センチほどの長さの莢があった。
「――サヤインゲンよ」
「……サヤインゲン、ですね」
サイラスも何を言ったらいいのかわからないらしく、あずきの言葉をただ繰り返した。
それもそのはずだ。
あずきが豆召喚で出したのは、ニ十センチほどのサヤインゲン。
神の言葉を使って出てきたのが、五十センチほどのサヤインゲンだ。
……正直、そこまでの変化はない。
「剣って言うけどさ。これ見て」
あずきがサヤインゲンに力を入れると、あっという間にポッキリと二つに折れた。
「お、折れましたね」
「剣というよりも棒だし、すぐに折れるのよ。……ちょっと大きくなったことに感謝して、食べればいいのかしら?」
サヤインゲンの棒状の莢を見て剣のようだと思いついたあずきは、神の言葉で魔法を使った。
それが成功したところまでは良かったのだが、若干成長しただけのサヤインゲンでは、使い道がない。
もとい、食べるしかない。
一体何のために豆魔法を使うのか、意味がさっぱりわからなかった。
「豆魔法というものは、興味深いですね……」
サイラスは折れたサヤインゲンをつまみながら、不思議そうに覗きこんでいる。
「ほとんどが用途不明なのよ。豆魔法って」
髪の色を変える魔法だけはかなり有用だったが、それ以外はよくわからないものが多かった。
「それにしても、これほどの数の豆魔法を使いこなす聖女の記録はありません。アズキ様は素晴らしい力をお持ちです。そして、頑張っておられる。――王宮の神の豆に、花が咲いたそうですよ」
「そうなの?」
葉ばかりが茂っていたが、ついに花が咲いたのなら、あとは豆が実るだけ。
豆王国での生活も、あと少しということだ。
「ようやく土砂が撤去されて、王都への道が一部開通したようです。馬車はまだ通れませんが、手紙は届きました」
「それで……何か、言っていた?」
あずきがこの豆の神殿に来て、もう二週間は経つ。
神の豆の状態を知らせる手紙に、何かあずきのことは書かれていたのだろうか。
「いいえ。特には何も。アズキ様の手紙はようやく王宮に届く頃でしょうから、返事が来るとしてもまだ先ですが」
「……そう」
思った以上に声が弱々しくて、自分でも少し驚く。
あずきは豆の聖女として豆の神殿で調べ物をしている。
所在も目的もはっきりしている以上、特に問題はない。
それどころか、クライヴにとっては面倒ごとが減る上に、ナディアと会う機会までできていいことづくめなのだ。
あずきに伝えることなどなくて、当然だ。
この様子ならば、あずきの手紙も出さなくても良かったのかもしれない。
……いや、豆を送るという意味では必要か。
「特にないってことは、ここにいても問題ないのよね。……それじゃあ、ずっと調べ物だけしても疲れるし、豆を育ててもいい?」
「もちろんです。では、畑を用意させましょう」
翌日から、あずきは神殿の裏手で豆作りを始める。
召喚した豆をいくつか蒔いてみると、あっという間に成長した。
朝に蒔いた豆が夕方には花を咲かせていた時には仰天したが、サイラスからすると想定内らしい。
「豆の神殿の敷地内で、豆の聖女が召喚した豆を育てる。……どんな速度で成長しても、何が起きてもおかしくありませんよ。特に、アズキ様は歴代の聖女の中でも突出した力をお持ちですから」
そう言って笑ったサイラスの言う通り、何と次の朝には大ぶりの豆がたくさん実っていた。
今日は2回更新です。
明日も夕方と夜の2回更新予定です。
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