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解放してあげたい

「――解放、してあげたいな」


 この国ではそれが普通なのだとしても、クライヴを解放してあげたい。

 いくら王子で、聖女と契約したからといって、あまりにもかわいそうだ。

 神の豆を育てるのには、そばにいる必要も手入れの必要もないと、最初に聞いた。

 ならば、あずきが王宮から出れば、クライヴも少しは気が楽になるだろうか。


「そのためには、自立しなくちゃ」

 今のあずきは、衣食住を完全に依存した状態だ。

 このままでは、王宮から出ても生活するのが難しいだろう。

 まずは、市井の暮らしを学ばなくてはいけない。


「お金は当然必要だろうから働くところ、それから住むところ……」

「……アズキ様?」

 指を折って必要事項を数えていると、背後から男性の声がした。

 振り返ってみると、濃い金髪に紺色の瞳の美少年――サイラスがそこにいた。



「お久しぶりです。こんなところでどうなさったのですか? 何だか、顔色があまり良くありませんが」

「大丈夫よ」

 そういえば、サイラスは近々王都に来ると手紙に書いてあった。

 今は神官だが、そもそもはクライヴの弟で王子なのだから、王宮内も自由に移動できるのだろう。


 ……そうだ。

 豆の神殿は王宮から遠いと言っていたし、聖女や魔法のことを調べるという名目もある。

 しばらく滞在してもいいとも言っていた。

 ならば、まずは王宮を出て神殿に滞在し、調べ物をしつつ市井の暮らしを学んでいくのもいいかもしれない。


「あの、サイラス。私、神殿に行ってもいい?」

「もちろんです。豆の神殿は豆の神とその使いを祀っています。当然、豆の聖女もその範囲内です」

「神の豆は、私が離れても平気よね?」


「それは聖女の記録にもありますので、間違いありません」

 重要な事項も確認が取れ、ほっと胸を撫でおろす。

 クライヴを解放するには、さっさと契約を終わらせる必要があるのだが、これで神の豆は問題ない。


「豆魔法のこと、もっと調べたくて。暫く滞在してもいい?」

「もちろん、歓迎いたしますよ。……アズキ様に挨拶をしたら帰るつもりだったのですが、よろしければ一緒に参りましょうか?」


「え、今?」

「はい。アズキ様の移動となれば誰かが同行するべきですが、殿下はお忙しいですし。私と一緒ならば、問題ないと思いますよ」


 確かに、あずきだけでは道もわからないので、神殿に行くには誰かに同行してもらう必要がある。

 神殿の神官であり王子でもあるサイラスならば、何ら問題ないだろう。

 それに、ただでさえ迷惑をかけているクライヴの手を、煩わせる気にはなれなかった。



「うん。お願い」

 あずきがうなずくと、サイラスは優しい笑みを浮かべる。

「道中は、女性神官にアズキ様の身の回りの世話をさせますので、ご安心ください」

 サイラスと二人きりではないのは、ありがたい。

 さすがは弟だけあってクライヴに似ているので、少しつらかった。


「今から行くのはいいけど、黙って行くわけにはいかないわ」

 散々お世話になっているのだから、無駄な心配はかけたくない。

「では、私の名で伝言してもらいましょう。神殿に到着してから、手紙を書くこともできますよ」

「なら、お願い」


 あずきが説明するよりも、サイラスが話を通した方がスムーズだろう。

 クライヴの豆成分不足だけは、あずきでなければいけないのだろうが、昨日大量の豆を渡したばかりだったのでしばらくは問題ないだろう。

 あとは、神殿から手紙を送る際に豆を同封してもらえばいい。


「ああ、でも門番に止められると説明が面倒ですね。夜までに宿のある街に行きたいので、のんびり説明している時間はないのです。雨も降ってきそうですし、早めに移動したいのですが」

 サイラスにつられて見上げると、空を覆う雲はどんよりと暗く、今にも雨粒を落としそうだった。


 これは確かに、急いだほうが良さそうだ。

 あずきの黒髪は目立つから、このまま出ていけば聖女を連れているとすぐにバレてしまう。

 つまり足止めされないためには、黒髪でなければいいのだろう。

 ならば、やることはひとつだ。


「〈開け豆(オープン・ビーン)〉、〈開け豆(オープン・ビーン)〉」

 手のひらに転がる豆の中に目当てのものを見つけると、あずきはその手をかざす。

「赤褐色でお願い。――〈エンドウ豆の三色(ピー・スリーカラーズ)〉」

 神の言葉と共にエンドウ豆が光って消えると、あずきの髪の毛は赤褐色に変化していた。


「豆魔法ですか……凄いですね。では、これを」

 サイラスは目を瞠ると、自身が身に着けていた赤褐色のローブを脱ぐ。

 渡されたそれを身にまとうと、フードをつまんでかぶせられた。


「それでは、行きましょうか」

 サイラスの言葉にうなずくと、あずきは回廊を後にした。




 王宮内を通り抜け門をくぐる際にも、特に声をかけられることもなく、そのままあずきとサイラスは馬車に乗り込む。

 もうひとり女性の神官も同乗しているおかげで、サイラスの顔を気にしなくていいのもありがたい。

 馬車が出発してほどなく大粒の雨が降り出したおかげで、車窓からの眺めはあまり良くなかった。


「街の宿に泊まるのなら、髪はこのままの方がいい?」

「そうですね。黒髪は目立ちますから」

 別に素性がバレてもやましいことはないが、事情を説明したりで時間を取られるのは困る。


「ただ、この雨です。道路が封鎖される前に突っ切ってしまった方がいいかもしれません。場合によっては何日も街にとどまることになりますからね。アズキ様には少しつらいかもしれませんが、今夜はこのまま馬車を走らせようかと思います」


 大雨が降れば、土砂崩れや倒木で道路が通れなくなる可能性はある。

 今はまだ少し強い雨という感じだが、御者が言うには雲の様子からして長く降りそうらしい。

 ならば、何ともないうちに通り抜けた方がいいのかもしれない。


「道路事情もわからないし、任せるわ。馬車の中で座っているだけだし、私は平気よ」

「なら、急ぎましょう」

 サイラスの言葉通り、馬車は夜通し走り続けた。



今日も夕方と夜の2回更新予定です。

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