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全部、演技です

「大丈夫ですか、アズキ様。何を言われたのですか」

 心からアズキを心配しているとわかる声に、何だか涙腺が緩みそうになってしまう。


「うん。謝られた。舞踏会で失礼しましたって」

 あずきの説明を聞くと、それまで険しかったポリーの表情が少し和らいだ。

「あら。……それなら、いいのですが」

 拍子抜けしたとばかりにため息をついたポリーは、ナディアのぶんのティーカップを片付け始める。


「ねえ、ポリー。私って、聖女なのよね」

「はい? そうですが」

「クライヴは契約者で王子なのよね」

「はい。……どうしたのですか?」


 聖女だから。

 契約者の王子だから。

 だから、クライヴはあずきをもてなしている。


 ならば、『特別』と言っていたのも、そういう意味なのだろう。

 感情が天候を左右するという豆の聖女の機嫌を取るための、お世辞なわけだ。

 わかっていたはずなのに、何だか胸の奥がモヤモヤしてくる。


「――ちょっと、クライヴのところに行ってくる」

 あずきは立ち上がると、そのまま扉を出て執務室に向かって歩き出した。



 何故、こんなにモヤモヤするのだろう。

 クライヴに婚約者がいたからか。

 それを阻んでいるのが自分だったからか。

 クライヴがあずきをかまうのは聖女だからか。


 ……それはつまり豆の聖女としてではなくて、あずき個人をかまってほしいということではないのか。

 あずきは回廊の途中で足を止め、口元を手で覆う。


「……やだ。私、クライヴのこと、好きなのかも」


 だが、今更だ。

 クライヴには既に婚約を考える人がいるのだ。

 指輪を贈る、相手が。


 ……でも、今までの態度がすべて演技なのかはわからない。

 あの『特別』という言葉が、どういう意味だったのかも。


 藁にもすがる思いというのは、こういうことを言うのだろう。

 我ながら諦めが悪いとは思うが、本人にちゃんと確認してから失恋したい。

 回廊を抜けて執務室に近付くと、扉が少し開いている。

 おかげで、中の声が廊下に漏れていた。




「だから、気にせずに言えばよろしいでしょう」

 呆れたような声は、メイナードだ。

 どうやら何か話している途中らしいが、何となく楽しい話ではなさそうである。


「それは、そうなのですが」

 対してクライヴの声は少し弱々しい。


「嫌いなのは、殿下のせいではないでしょう」

「嫌いというわけではありません」

 否定的な響きの言葉に、執務室まであと少しというところであずきの足が止まった。


「笑顔で取り繕ってはいますが、本当は苦手なのでしょう?」

「それは」

「神よりの贈り物と考えて頑張るのも結構ですが、いつまでそうして演技をするつもりですか」


 苦手、演技……一体、何のことだろう。

 盗み聞きするつもりはないのに、足が動いてくれない。


「まあ、お気持ちはわかりますよ。異世界からひとりで来て、頑張ってくれていますからね。無下にはできません」

「それは、そうですが」


「つらいのは、殿下の方でしょう?」

「……見たり、触れたりするぶんには、平気です」

「そんな状態で、関わるおつもりですか」




 メイナードのため息が聞こえ、あずきは一歩後ずさる。

 ゆっくりと後ろに進み、段々と二人の声が聞こえなくなっていく。

 やがて何も聞こえなくなると、向きを変えて歩き出した。


 異世界からひとりで来た……これは、あずき以外にはありえない。

 そして、嫌い、演技、苦手。

 ――つまり、クライヴはあずきのことが、そんなに嫌だったわけか。

 見たり触れたりするぶんには平気という程度には、あずきに関わるのは苦痛なのだ。

 役割、責務……ナディアの言う通りだ。


「ずっとそばにいるとか、特別とか。……嘘つき」


 回廊を抜けて豆の噴水のそばまで来たところで、足が止まる。

 思わず言葉がこぼれたが、クライヴは嘘をついたわけではない。

 確かにあずきのそばにいたし、契約者としての責務を果たしていた。

 それもこれも、あずきが特別な豆の聖女だから。


 ……わかっていたはずだ。

 あずきが勝手に勘違いしただけで、クライヴは立派に務めを果たしている。

 豆の聖女の力となり、そばにいた。

 自らの婚約者を公にできず、その目の前であずきと一緒にいるというつらい状況も、見事な演技で乗り越えていた。



 そのまま自室に帰る気にもなれず、何となく噴水の傍らに腰を下ろす。

 ここでクライヴと公爵のやり取りを見かけたときには、知りもしないことだった。

 娘の婚約者が他の女をパートナーにすると聞いて、公爵は父親として怒ったのだろう。

 はたから見れば、あずきの方が二人を引き裂く悪女ではないか。


 豆の噴水は今日も元気に水を噴き出しているが、見上げれば空は雲に覆われている。

 畑仕事をしているときには快晴だったが、雨でも降るのだろうか。


「……どうしようかな」


 本当は直接話を聞いて、謝罪をするべきなのだろう。

 だが『特別』な豆の聖女相手では、クライヴは演技をしてしまうのだろうから、あまり意味がない。

 何より、わざわざ傷に塩を塗り込むようなことをする元気が、今のあずきにはなかった。


本日2回目の更新です。

明日も夕方と夜の2回、更新予定です。

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