濡れ衣ならぬ、濡れ豆です
目を開けると、そこには見たこともないほど整った容姿の少年の顔があった。
「――うわあ!」
年頃の乙女が発するとは思えない声を出すと、あずきは慌てて飛び起きる。
石造りの部屋の床には何らかの模様が描かれていて、それがほんのりと光って足元からあずきを照らす。
壁には壁画のような物があり、周囲には数人の人がいた。
どうやらあずきを抱えていたらしい金髪の美少年には、見覚えがある。
確か、あの少年の国に行くと言っていた……ということは、ここがそうなのか。
金髪の少年と周囲の人達は見慣れない服装をして、まるでおとぎ話の王様や王子様という感じだ。
他にも聖職者のコスプレのような服装の人がいて、金髪の少年と何やら話をしている。
使われている言葉は日本語ではなさそうなのに、何故かそれを理解することができている。
そう言えば、最初から少年の言葉は普通にわかった。
今は二か国語同時放送を聞いているような不思議な感覚だが、これも羊羹男のサービスなのかもしれない。
ありがたいのだが、それなりに疲れるので、どうせなら音声吹き替えにしてほしい。
それとも、暫く聞いていれば段々と理解できるようになるのだろうか。
「陛下、聖女をお連れしました」
少年が頭を下げているのは王様風の男性だ。
陛下という言葉からして、本当に国王やそれに準じる立場の人間なのだろう。
そう認識してしまうと、衣装の力もあって威厳を感じるような気がしてきた。
我ながら単純なものだ。
よくよく見てみれば、この男性も金髪で整った容姿をしている。
ここで、あずきはピンと閃いた。
――なるほど、ここはイケメンの国か。
さすがはイケメン国王。
年齢を重ねた男性の格好良さを体現していて、間違いなくイケメンだ。
こうして並んでいると少年にも似ている気がするが、やはりイケメンを突き詰めると方向性が似てくるのかもしれない。
国王の隣にいる女性は恐らく王妃なのだろうが、こちらもまた美しい。
若さだけでは出せぬ色香と美貌に暫し目の保養をしていると、聖職者コスプレの男性の声が聞こえた。
「さすがは第一王子殿下。素晴らしい」
「……王子?」
声の向く方を見てみれば、金髪の美少年があずきを見て微笑んだ。
「ご挨拶が遅れました。クライヴ・リストと申します」
「はあ」
手を胸に当て、何やら頭を下げられたが、その仕草がやたらと様になっている。
イケメン王国のイケメン国王の息子ということか。
道理で、問答無用の美少年だと思った。
ミントグリーンの瞳、金の髪、上品さの溢れる佇まいに、一切の無駄がない整った容姿。
これぞイケメン王国の未来を担うイケメン王子である。
あずきは感心して何度もうなずいた。
「あなたのお名前を、伺ってもよろしいですか?」
「豆原あずき、よ」
「マメ・ハラ……?」
たどたどしく繰り返す様子からすると、どうやら馴染みのない響きのようだ。
「あ、もしかして逆なのかな。あなたはクライヴが名前? それとも、リストが名前?」
「クライヴ、です。リストは王家の名です」
なるほど。
どうやら英語的な順番で名前を呼ぶらしい。
「それなら、こちら風に言うとアズキ・マメハラね」
「では、アズキ様」
「え。様とかいいよ。同じくらいの年でしょう? それに王子様なら、私の方が様を付けて呼ばないといけないんじゃない?」
いや、この場合名前を呼ぶこと自体が不敬というやつなのだろうか。
だがクライヴは慌てた様子で首を振った。
「いえ。あなたは神に選ばれた聖女です。名前まで神聖な豆にちなんでいるとは……神の祝福を感じます」
……美少年が、また妙なことを言っている。
確かにあずきの名前は、豆の小豆と同じではあるが、別に豆にちなんでいるわけではない。
まして、神の祝福でも豆の祝福でもない。
とんだ豆違いである。
だが、満面の笑みでうなずく周囲の圧に押され、何だか指摘しづらい。
この国、イケメン王国かと思ったが、もしかすると豆王国なのだろうか。
自分でもよくわからない推察ではあるが、恐らくは正解なのだろうから何だか切ない。
「わかったわ。互いに呼び捨てにしよう。あと、言葉が堅苦しい。私に王子様として崇め奉られたくなかったら、普通にして」
「わかりました。……アズキ」
結局言葉遣いは丁寧な気がするが、クライヴは王子様らしいので、これが普通なのだろう。
あずきがうなずくと、咳払いが耳に届く。
「あらためて。よく来てくれた、豆の聖女よ」
「――ちょっと待った!」
思わず国王の言葉を遮ると、その場の全員の注目を浴びる。
失礼だっただろうかとか、ちょっと恥ずかしいという気持ちはなくもないが、どうしても聞き捨てならない言葉があった。
「……豆って、何ですか」
クライヴに敬語を使うなと言っておいてあれではあるが、さすがに威厳溢れる目上の国王に馴れ馴れしく話すのは心のハードルが高かった。
それでも、さすがに聞き流すわけにはいかない。
この国が豆王国で、この人が豆の国王だとしても、あずきは無実である。
濡れ衣ならぬ濡れ豆を着せないでほしい。
国王は数回瞬きをすると、クライヴに視線を向けた。
「聖女の役割については?」
「神がお伝えしています」
そう言うと、クライヴはちらりとあずきの方を見た。
「この豆を育てて、クライヴに食べさせたら帰れると聞いています」
そう言って制服のポケットに入れていた金色の豆を取り出すと、国王に渡す。
国王はまるで宝物のように恭しく両手で豆を受け取ると、ミントグリーンの瞳を輝かせた。
「おお。これはまさしく、契約の豆。何と神々しい」
確かに金色に光っているが、神々しいというよりは金メッキ感が胡散臭い気がする。
だが、国王は高価そうなハンカチのような物にそっと豆を包むと、隣の王妃に手渡した。
「やはりあなたは神聖なる豆の聖女。是非とも、我が国に力をお貸しください」
今日も夜に2回目の更新をする予定です。
また、夜の活動報告でキャラクターのイメージで作ったアバターを公開します。
今夜は豆原あずきです。
よろしければご覧ください。