豆で呼ぶって、何ですか
目を開けると、いつの間にか体には毛布が掛けられていた。
恐らくポリーなのだろうが、まったく気付かなかったところを見ると、よほど深く眠っていたのだろう。
体を起こしてみると、既に窓の外は暗い。
一体どれだけ寝たのかわからないが、おかげでだいぶ体が軽くなった気がする。
ベッドから出てみると、テーブルの上に何やらメモが置いてあるのに気付いた。
『お疲れのようですので、退室いたします。目が覚めましたら湯浴みの準備をしますので、お呼びください』
ポリーからの伝言らしいが、特別書庫の本に比べると、かなり読みやすい。
特別書庫の本が漢文の訓読文レベルだとすると、このメモは全文字がひらがなという感じだ。
そこまで苦労せずに読めるというのは、気分がいい。
「それで、呼ぶって。……どうやって?」
メモを置いて見てみれば、テーブルには不思議なものが乗っている。
見た目からすると落花生なのだが、殻の色がまさかのピンク色だ。
色を塗ったという感じもないが、豆王国の落花生はこの色なのだろうか。
「おやつ、かな。それにしても凄い色だけど」
味は普通なのかと気にはなったが、喉が渇いたので今は豆よりも水が欲しい。
それに、おやつなのだとしたら落花生ひとつだけというのは、切なかった。
「呼ぶっていうと、ベルとか……ないわね。じゃあ、直接呼ぶのかな。……ポリー!」
部屋にあずきの声が響き、次いで静寂が訪れる。
さすがに部屋の中で声を上げたくらいで、どこにいるのかもわからないポリーには届かないだろう。
となれば声が届く場所に行った方がいい。
あずきは部屋の扉を開けると、廊下に向かって叫んでみることにした。
「――ポリー!」
広い廊下に、あずきの声がこだまする。
何だか空しいし、恥ずかしい。
自分でも何をしているのか、よくわからなくなってきた。
「……もう、お風呂は明日でいいや」
諦めて部屋に戻ろうとすると、隣の部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
あまりに勢いにびっくりして見ていると、中から飛び出して来た金髪の美少年と目が合った。
「――アズキ! 大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたクライヴに手を握られるが、一体どういうことなのかわからない。
「な、何?」
「今、何か叫んだでしょう」
「あ、うん」
何と、あずき渾身の叫びを聞かれていた。
隣の部屋なのだから聞こえて当たり前と言えば当たり前だが、これは結構恥ずかしい。
「どうしたんですか? 何があったんです」
「いや、ポリーを呼ぼうと思って」
「……叫んで、ですか?」
呆れた様子のクライヴに、更に恥ずかしさが増してくる。
「だ、だって。呼べって書いてあったから」
「呼ぶ? ……アズキ、少し部屋に入ってもいいですか」
あずきはうなずくと、クライヴと共に室内に戻る。
テーブルの上にあったメモを渡すと、素早く目を通したクライヴが小さく息をついた。
「どうして、豆で呼ばなかったんですか?」
「豆で呼ぶ?」
豆王子が、また謎な豆を出してきた。
豆で呼ぶって何だ。
床に豆をまいておけば、小鳥よろしくポリーがやってくるのだろうか。
首を傾げながらポリーをおびき出す方法を考えていると、クライヴがメモをテーブルに戻した。
「ああ、そうか。アズキは知らないんですね」
そう言うと、今度はピンク色の落花生を手に取った。
「これは、ただの豆ではありません。特別な栽培方法で育てた落花生で、魔法が込められています」
「魔法?」
「この豆は特に天候に左右される種類で、近年収穫量が激減していました。アズキのおかげで最近はかなり持ち直して来たようですが」
天候云々というのは、あずきからするとまったく実感のない話だったが、一応豆の聖女がいる意味はあったらしい。
何もしていないが、少しは役に立てているようで安心した。
「やたらと豆だ豆だと言って豆を植えようとしていたのは、この豆のためなのね」
「いいえ。すべての豆は神の使い。等しく尊い存在です」
美しい顔で真剣に訴えられても、内容が豆だと頭に入ってこない。
「結局、豆王国ってことよね」
「リスト王国です」
いつも通りすかさず訂正を入れると、クライヴが小さく咳払いをした。
「この落花生は、二つで一組です。片方の落花生を折ると、もう片方が光ります」
なるほど。
お祭りで見かけるサイリウムのプレスレットのようなものか。
魔法の理屈はよくわからないが、光ると聞けば俄然興味が湧いてくる。
「面白そう。やってみたい」
アズキが目を輝かせると、クライヴが笑みを浮かべながら落花生を手に乗せてくれた。
クライヴのジェスチャーをまねて、落花生に力を込める。
イメージはポッキンと折る、ソーセージのような形のアイスだ。
パキッという気持ちのいい音と共に真っ二つに割れると、すぐに落花生はあずきの手の中から消えてしまった。
「え? 何で? どこに行ったの?」
落としてしまったのだろうかと慌てて周囲を見るが、やはり不自然なピンク色の落花生の姿はない。
「込めていた魔力が消えたからですね。対の落花生も、暫く光ったら消えてなくなります」
「何で?」
「そう言われても……。魔力の器としての限界でしょうね。質のいい豆を使ったものは、光る時間も少し長くなります」
つまり、落花生は電池のような役割を果たしているということか。
「これ、高価なの?」
「そこまで高価ではありませんが、安くもありませんね。材料の豆次第です」
「豆次第……」
聞き馴染みのない言葉だが、材料の質で効果と価格が変わるというのは理解しやすい。
「豆なら、私にもできるかな?」
「え?」
あずきはワクワクしながら、手のひらを自らの前に差し出した。
本日2回目の更新です。




