豆ケースと豆の行進
「今日はありがとう、クライヴ」
王宮の部屋の前まで送ってもらったが、忙しい中案内してくれたクライヴには心からの感謝を伝える。
「いいえ。俺も楽しかったです。……アズキ、これを」
そう言うと、あずきの手を取ったクライヴは何かを乗せた。
それは手のひらサイズの缶のようなもので、黄緑色の豆の形をしている。
「これ、何?」
「豆ケースです」
「……豆」
これはまた、新たなる謎の豆ワードが登場した。
「開けると、中に豆を入れられます」
促されて缶の上部を持ち上げると、蓋が開いて中の空間が見える。
「確かに入りそうだけど。その前に、何で豆を缶に入れるの?」
「持ち運びに便利ですから」
「いやいや。豆を持ち運ぶ理由は何よ。豆で何をするのよ、豆王国」
「リスト王国です」
今日も律儀に訂正されるが、問題はそこではない。
「え? もしかして、クライヴも豆を携帯しているの?」
「俺は、少しだけ……」
「しているのね。さすが、豆王子」
「クライヴです」
わかりきっていることでも訂正するのは、クライヴの根が真面目だからだろう。
豆を携帯というのは、豆成分補給用の豆だろうか。
「あ。でも、召喚した豆を入れておけば、豆魔法を使う時に便利かも。いつもポケットに突っ込んでいるから、探しづらかったのよね」
最近ではクライヴに豆を届けているので、ポケット経由は衛生的に避けたいところだし、これはちょうどいいかもしれない。
「ありがとう、クライヴ。大切にするね」
「はい。喜んでもらえたなら、俺も嬉しいです」
笑顔を交わして手を振ると、あずきは自室の扉を開けた。
「おかえりなさいませ、アズキ様」
満面の笑みで出迎えたポリーは、帽子を受け取るとあずきをソファーに促す。
あずきが座ると同時に、紅茶の用意を手早く始めた。
「街は楽しかったようですね」
「うん。ポリーが言っていた豆の串焼きを食べたわ。ホクホクして、美味しかった」
「ああ、ガルバンゾーですね」
ティーポットにお湯を注ぎながら返された言葉に、あずきはきょとんとして首を傾げる。
「え? ひよこ豆じゃないの?」
確かにクライヴはそう言っていたが、もしかして違う豆の串焼きを食べたのだろうか。
「同じですよ。ひよこ豆のことを、ガルバンゾーとも言います」
それはつまり、英語名だろうか。
あずきの瞳がきらりと輝いた。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
手のひらに豆が転がる中、目当てのものを見つけたあずきは興奮しながらそれをつまんだ。
「ひよこ豆、出た出た。それじゃあ、他の豆は豆ケースに入れよう」
こうしてみると、やはりなかなか便利だ。
クライヴにもう一度、しっかりとお礼を言っておこう。
「殿下からのプレゼント、ですね? 豆ケースだなんて。本当に、お二人は仲睦まじくて」
楽しそうに紅茶を注ぐポリーだが、何だかあずきと温度差があるような気がする。
「豆ケースって、豆王国民は普通に使っている雑貨じゃないの?」
「何ですか、豆王国というのは。……そうですね。思い出の豆や連絡豆、記念豆などを入れたりしますね」
ティーカップをあずきの前に差し出すと、今度は何やら菓子を準備し始めている。
「記念豆って何? 何の記念が豆になるの?」
「恋人へのプレゼントとして、豆ケースは定番ですよ」
定番になるほど入れる豆があることの方が凄いと思うのだが、豆王国では普通のことなのだろうか。
「……ん? 恋人?」
「はい」
「……ああ。そういう豆ケースもあるってことね」
要はバリエーションが豊富ということか。
新婚さんのピンクのハート形豆ケースとか、子供用のミニ豆ケースとか、色々あるのだろう。
日本なら更にクリスマスやハロウィンに桜など、イベントごとのケースを販売しそうだ。
「いえ。豆ケースはそもそも、とても身近なものです。自分か家族か、あるいは恋人に贈るものなのですよ」
「え? でも私、クライヴから貰ったよ?」
すると、ポリーは大きくうなずいた。
「はい。そういうことです」
「そうか」
「お気付きになりましたか?」
「うん。本当に、どれだけ豆の聖女が好きなのよ、豆王国。これはつまり、豆王子としての、クライヴの誠意ってことね」
納得しながら紅茶を口にするあずきだが、それを見るポリーは何やら表情が険しい。
「ポリー、何だか酷い顔よ。どうしたの?」
「いえ。殿下の道は長く険しいな、と思っただけです」
そう言いながら、焼き菓子をテーブルに並べる。
「ふうん? それより、ひよこ豆よ。さて、どんな魔法かしら」
今までの経緯からして、豆の名前と何らかの英単語を並べれば魔法が発動すると思われる。
そうなると、何の単語を選ぶべきなのか。
「……それにしても、豆の串焼き美味しかったな」
いっそ、たくさんの串焼きが出てくるというのはどうだろう。
「出る、やって来る、歩いてくる……行進? ――〈ひよこ豆の行進〉」
あずきの言葉に従い、手のひらのひよこ豆が光って消える。
次の瞬間、大量のひよこ豆が音を立てて床に散らばった。
絨毯の柄が見えなくなるほどの量に、暫し言葉が出てこない。
「……うん。豆が、出たわ」
「あの。アズキ様、これは……?」
「ひよこ豆が行進してきた」
「はあ」
ポリーは気の抜けた返答をしながら、足元の豆を集め始める。
それにしても、一体何の意味があるのだろう。
一粒万倍日という言葉があるが、それを体で表したのだろうか。
確かに一粒の豆がこの量になるのだから、豆生産方法としてはかなり効率がいいと言える。
何にしても、床を覆う豆をどうにかしなくては。




