豆猫の像と愛猫ササゲ
壺に豆を詰める妄想をしているうちに、いつの間にかクライヴが豆の串焼きを買ってきてくれていた。
手渡されたそれは、確かに木串に小さな豆が沢山刺さっている。
ほんのりと焦げ目があり、漂う匂いは甘く香ばしい。
「いい匂いね。これ、何の豆なの?」
「ひよこ豆ですよ」
指先に満たないほどの小さな豆がびっしりと串に刺さっているのは、なかなかの絵面だ。
ひとつひとつ手で刺しているのだとしたら、下ごしらえにかかる手間がとんでもない。
「何か、見たことある気がするのよね。この豆。ひよこ豆。ひよこ……チック、か」
だが、日本語の名前がそのまま英語の名前になるとは限らない。
あずきは串に刺さった豆をじっと見つめる。
「うーん。やっぱり見たことあるなあ。……カレー屋、とかで」
ということは、具材だろうか。
確かに豆のカレーは一般的ではあるが、何の豆なのかまではさすがに知らない。
とりあえずは食べてみようと、豆を口にしてみる。
いざ口の中に入った小さな豆は、ホクホクとしてまるで栗のようだ。
ほのかな塩味が、豆自体の甘みを引き出していた。
「あ、美味しいわ、これ」
「それは良かったです」
夢中で豆を食べるあずきを見て、クライヴは嬉しそうに微笑み、自身も豆を口にする。
あっという間に食べ終わってしまったが、この豆串なら何本もいけそうだ。
日本に帰って屋台で身を立てなければいけなくなったら、一考の価値ありである。
祭りの屋台市場に、新風を吹き込むかもしれない。
「さあ、次は噴水を見に行きましょう」
余計な将来設計を考えている間に、手を引かれて街の中を進んでいく。
すると、人込みを抜けたところに、大きな滝のようなものが見えた。
噴水というと下から水を吹き上げるイメージだったが、これは上から流れ落ちる水を楽しむタイプらしい。
岩肌に流れる水は白糸のようで、とても美しく目を引く。
その合間合間に猫の像が置かれているのだが、その数が半端ではない。
数匹の猫が水の流れを見ているというよりは、猫の合間を水が流れると言った方がいいくらいだ。
しかも、その猫がすべて豆と一緒に佇んでいる。
ある猫は豆に乗り、ある猫は豆を足でつつき、ある猫は豆と楽しそうに踊っている。
「……何なの、これ。さすが豆王国」
「リスト王国です」
すかさず訂正されるが、正直目の前の猫の像が気になって、どうでもいい。
「猫の像は可愛いけど。何でいちいち豆絡みなの」
多才な豆のシチュエーションに呆れを通り越して、感嘆の声を上げてしまいそうだ。
その時、ふと一匹の猫の像に視線を奪われ、目を瞠った。
「……ササゲ?」
愛猫のササゲにそっくりな猫の像があった。
猫の像はすべて石像なので、他の猫と色の違いはない。
だが、長いしっぽの先端が少しだけ曲がっているところや目つきや佇まいが、ササゲにそっくりだった。
これだけたくさんの猫の像があるのに、その一体だけがあずきの目に鮮やかに飛び込んでくる。
何も言えずに呆然と石像を見つめるあずきに気付いたクライヴが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしました?」
「あの、一番上の猫が。私が飼っていた猫にそっくりなの」
「ササゲ、でしたか」
クライヴが名前を覚えてくれていたことが、何だか無性に嬉しかった。
「うん。……変なの。石像だから色もわからないのに、似ているの」
まるでササゲをモデルにしたかのようなその姿に、あずきは目を離すことができない。
「あの猫だけ、豆と接していないでしょう?」
「え? ……本当だ」
これだけたくさんの猫が豆と楽し気に絡んでいるのに、あの猫だけは豆に触れていなかった。
「あの猫はだけは神の使いではなく、神の化身ではないかと言われています。豆の神殿にある神の猫の像を模したものだと」
「神殿に、猫の像があるの? 見てみたいな」
この像の元になったというのなら、その像もササゲに似ているのだろうか。
ぽつりと呟くと、クライヴが申し訳なさそうに眉を下げる。
「豆の神殿は遠いので、おいそれと出掛けるわけには……。俺も、公務がありますし」
「別に、ひとりで行くからいいよ?」
「駄目です」
すかさず返ってきた答えに、あずきは苦笑する。
「まあ、確かに道もわからないけど」
「そういうことではありません。……どうしてもというのなら、俺も一緒に行きます」
「いいよ。忙しいんでしょう? 今日もわがままを言って連れてきてもらったし。悪いよ」
「ですが」
忙しいはずなのに、あずきのために同行しようとしてくれる心はありがたい。
だが、長時間王子を拘束するような真似は、するべきではないだろう。
「じゃあ、またここに連れて来てくれる?」
ここなら王宮からも近いし、そこまで手間もかからないはず。
それにササゲに似たこの猫の像には、もう一度会いたいと思った。
「喜んで」
微笑むクライヴの手を取ると、あずきは王宮への帰路についた。




