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豆の聖女運びという競技でしょうか

「ねえ、おろしてよ。もう平気だから。歩けるから」

 何度も訴えているのだが、クライヴはあずきを抱いたまま王宮内を移動し続ける。

 意外と力持ちだと感心するが、何にしても恥ずかしいのでさっさとおろしてほしい。


「駄目です」

 あっさりと切り捨てられれば、不満で頬が膨らむのも仕方がないと思う。

「クライヴの馬鹿……」

 ぽつりとこぼすと、クライヴの口元が少し綻んだ。


「心配をかけているのは、アズキですよ」

「平気なのに」

 確かにちょっと眩暈はするが、すぐに回復するのだ。

 わざわざ部屋まで運んでもらう必要などない。

 多少目障りかもしれないが、廊下にでも転がしておいてくれれば十分なのだが。



「それでも、心配です。アズキは、大切な人ですから」

「ああ。豆王国の人は、本当に豆の聖女が好きねえ」

「リスト王国です。……アズキ、俺の首に手を回してもらえますか?」

「――何で?」

 突然の話題の変化に驚くが、当のクライヴは涼しい顔だ。


「その方が楽です」

「いや、重いならおろそうよ。その方が圧倒的に楽よ?」

 小手先の苦痛軽減よりも、根本を正した方が絶対にいいと思うのだが、クライヴは笑みを浮かべている。


「アズキを放すつもりはありませんよ」

「何なのよ。豆王子は意地っ張りなんだから。豆成分の補給にしたって、抱っこする必要はないでしょう?」

「お願いします」


 あずきが文句を言っても、クライヴの態度は変わらない。

 このまま抱っこで運ぶのを止められないのならば、せめて少しでも苦痛を和らげる手伝いをした方がいいのだろうか。


「……わかったわ」

 仕方なく腕をクライヴの首に回すが、初めてではないとしても恥ずかしいことには変わりがない。

 すると、それと同時にぎゅっと抱き直された。


「しっかりつかまっていて。放さないでくださいね」

「だから、おろせばいいんじゃないの?」

「嫌です」

「……何なのよ、もう」



 もしかして、クライヴは豆の聖女運びという新たな競技を発見したのだろうか。

 豆成分を補給しながら、豆の神に生贄を捧げる的なイメージで運んでいるのかもしれない。

 だとすれば、あずきが重くてもつらくても、それは一種の修行であり御利益があると思っているのだろう。


 豆を愛する豆王国の豆王子なのだから、それくらいのことを考えていてもおかしくない。

 しかし、あずきはごく一般的な豆感覚の日本人だ。

 供物として重しとして無言で運ばれるのは、どうにもいたたまれない。


「今度、街に一緒に行ってくれるんでしょう? いつ頃かな」

「そうですね。明日は無理ですが、明後日なら」

 思った以上に近い日程に、あずきの心が一気に弾んだ。


「本当? 嬉しい、ありがとう!」

「どういたしまして」

 ミントグリーンの瞳を細めたクライヴは、そう言って口元を綻ばせた。




 そしてやってきた約束の日。

 朝からウキウキが止まらないあずきは、ポリーが持ってきてくれた町娘風のワンピースに袖を通してご機嫌だった。


「シンプルで可愛いわ。普段もこれでいいのに」

「アズキ様は豆の聖女ですよ? さすがにこの格好はいけません」

「装飾がなくて軽いから、動きやすいわよ。畑仕事に向いていると思うけどな」

「いけません。アズキ様には、殿下から贈られた服がございます」


 そうなのだ。

 制服に似せた服の他にも、いくつもの服をクライヴが用意してくれた。

 だが、畑仕事か読書をすることが多いあずきとしては、そんなにたくさんの服は必要ない。

 なので、ほとんど袖を通していないのだが、ポリーはそれが不満らしい。


「それから、これをかぶってくださいね」

 そう言って手渡されたのは、これまたシンプルな帽子だ。

 ワンピースと同じ小豆色のリボンが可愛らしい。


「髪色を変えても、瞳の色はそのままですので。これをかぶった方がよろしいと思います」

「瞳の色も、珍しいの?」

 あずきの瞳は茶色というよりは小豆色に近い。

 日本では少し珍しかったが、まさか異世界でまでそんな扱いをされるとは思わなかった。


「いえ、それほど珍しくはありません。ただ、お顔をあまり見せない方が」

「何で?」

「色々です」


 よくはわからないが、この世界の住人であるポリーが言うのだから、意味があるのだろう。

 うっかり豆魔法が解ける可能性もゼロではないので、帽子をかぶること自体には否はない。

 三つ編みを結われながら、あずきはこの日のために準備した豆を握りしめていた。



「よし。それじゃあ、仕上げね。赤褐色で、お願い。――〈エンドウ豆の三色(ピー・スリーカラーズ)〉」

 エンドウ豆が光って消えると、あずきの髪は赤褐色に変化していた。

 一度経験したとはいえ、やはり不思議なものだ。


「ねえ、ポリー。街で何かおすすめのものとか、ある?」

 ガイドブックも何もない以上、現地の人間の口コミは聞いておいて損はないはず。

 やはり、情報収集は大切だ。


「そうですね。豆の串焼きは、手軽で美味しいですよ。塩加減が絶妙なんです」

 一体何の豆を串に刺しているのかはわからないが、下ごしらえが大変そうな食べ物だ。

 だが香ばしいであろうそれを想像したら、何だかお腹が空いてきた。


「ちょうど、小豆があるのよね」

 髪色を変えるため事前にエンドウ豆を用意したのだが、同時に小豆も出ている。

 クライヴにあげようと思って取っておいたのだが、一粒使っても怒りはしないだろう。



せっかく髪色が変わったので、アバターの髪色チェンジバージョンを公開します。

都合により夜の活動報告は少し遅くなりますが、よろしければご覧ください。

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