お出かけの約束を取り付けました
「どうしたの?」
「アズキ様、少しお待ちください。殿下には威力が強すぎました」
「威力?」
確かに金髪はキラキラして眩しいが、クライヴだって金髪なのだから見慣れているだろうに。
それとも、髪が長い分だけキラキラ面積が大きくて目に痛い、ということだろうか。
あずきが首を傾げている間に、クライヴは深呼吸をしてゆっくりと顔を上げた。
「だ、大丈夫です。……それで、何故髪の色を変えたのですか?」
「黒髪が珍しくて目立つって聞いたから。色を変えたら、街にも行けるのかなと思って。これなら、目立たないでしょう? 行ってもいい?」
この国では金髪や茶髪が多いと聞いたので、この姿ならば問題なく馴染むはずである。
「確かに黒髪は目立ちますが、これはこれで目立ちます」
「駄目? 確かに、金髪はキラキラよね。クライヴも目立つし。……じゃあ、待って」
「はい?」
クライヴの見ている前で、あずきは手を自らの前に差し出した。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
「アズキ、豆を出し過ぎです」
「出た出た、エンドウ豆。三色あるなら、他もいけると思うのよね。他の豆はクライヴにあげるね」
「はい?」
エンドウ豆以外の二粒をクライヴに渡すと、エンドウ豆を手のひらに乗せる。
「今度は金髪以外でお願い。――〈エンドウ豆の三色〉」
エンドウ豆が光って消えると、今までキラキラと輝いていた髪が落ち着いた赤褐色に変化していた。
「おお、変わったわ。これならいいかな、クライヴ」
金髪に比べれば目に痛くないし、黒髪のように珍しくもないだろう。
これなら、街に溶け込める気がする。
ウキウキして尋ねると、クライヴはため息をついた。
「いえ、もう、その……駄目です」
「えー? せっかく頑張ったのに。じゃあ、帽子でもかぶるからいいわ。……あ、何か落ちているわよ」
床できらりと光るものを拾うと、どうやら指輪のようだった。
クライヴかメイナードの物だろうが、黄色の石が可愛らしい。
さっき何かが転がる音がしたが、この指輪だったのかもしれない。
拾った指輪をクライヴの手に乗せると、そのまま退室しようと踵を返す。
「待ってください、アズキ」
「何?」
金髪を見せたいという目的は果たしたし、外出許可はもらえなかったが、とりあえずは満足だ。
ポリーの紅茶を飲みそびれてしまったので、部屋に戻りたいのだが。
「その髪は、いつまでその色のままなのですか」
「え? いつまで……だろうね」
「わからないのに、変えたんですか?」
非難する響きを感じ取り、少しばかり肩身が狭い。
「だって、本当にできるとは思わなかったのよ。……あ。でも、待って。このまま黒髪じゃなければ、聖女じゃなくなる? そうしたら、帰れる?」
「聖女は黒髪だったというだけで、髪色で聖女かどうかを決めるわけではありません」
「それもそうね」
そんなことで聖女になるのなら、髪を染めて聖女になろうという人や、逆に聖女を辞めようという人が出る可能性がある。
さすがにそれは良くないだろう。
我ながら、馬鹿な質問をしてしまった。
「……アズキは、早く帰りたいですか?」
クライヴが少し弱々しい声で問いかけてきた。
「そうね。羊羹男が手を回してくれているから、行方不明じゃないのはいいけど。戻るなら、あまり時間が開かない方がいいわね」
大学の推薦入学が決まっているからいいものの、高校の出席日数もあるし、授業だってあまり先に進まれると追い付くのが大変だ。
「そう……ですよね」
気のせいか先程よりもさらに弱々しい声で、クライヴが相槌を打つ。
それを見たメイナードが、肩をすくめて息を吐いた。
「何にしても、神の豆が育つまでには、まだ時間がかかりそうですね」
「そうね。蔓が幹に巻き付いて、木と一体化し始めたけど。まだ花も咲いていないし」
普通の植物と同じ経過をたどるのだとすれば、芽が出て葉が増えたら、花が咲いて実ができるはず。
まだ、先は長そうだ。
「では、殿下。アズキ様を街にお連れしてはいかがですか?」
メイナードの言葉に、あずきの瞳が輝いた。
「え? いいの?」
「殿下と御一緒で、護衛もいるのならば、いいと思いますよ」
今のあずきには、メイナードが神に見えた。
「クライヴ、一緒に行ってくれる?」
ここで拒否されれば、お出かけの夢はついえる。
無意識に祈るように自身の手を握りしめ、縋るような眼差しをクライヴに向けた。
「……いいですよ。アズキが望むのなら」
「やったあ! ありがとう、クライヴ!」
歓喜の声を上げると同時に、クライヴの手を握りしめて喜びのままにぶんぶんと振る。
「そ、それで。その髪は、いつ戻るのですか?」
「さあ……。戻し方、あるのかな。……あ、待って。〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
「アズキ。だから、豆を出し過ぎです」
クライヴの小言と共に、あずきの手に三粒の豆が転がる。
「出た出た、エンドウ豆。はい、他の豆はあげる。……えーと、元に戻してほしいなあ。〈エンドウ豆の三色〉」
豆が光って手のひらから消えると、赤褐色だった髪が元の黒に変化していた。
「戻ったわ。良かった、良かっ、た……?」
急に目が回り、足元が揺れる。
そのまま力が抜けてしまい、あずきはその場に座り込む。
「――アズキ!」
咄嗟に背中を支えてくれたクライヴのおかげで、何とか倒れずに済んだ。
「だから言ったでしょう。豆を出し過ぎです」
「うん。そうみたい。……今日はお部屋で休むね」
確かに豆を出したし、豆魔法も使った。
眩暈くらいならすぐ治るだろうし、少し部屋で横になることにしよう。
立ち上がろうと膝についたあずきの手を、クライヴが握る。
何事かと顔を上げる間もなく、あっという間に抱き上げられた。
「何で? おろして!」
「駄目です。あなたは、すぐに豆を出す」
妙な注意をされたが、おおよそ事実なので言葉に詰まる。
「メイナード。少し休憩にしましょう」
「はいはい、ごゆっくり」
笑顔で手を振るメイナードを尻目に、クライヴはあずきを抱えたまま執務室を後にした。
初投稿から毎日更新600日感謝短編
「灰かぶらない姫はガラスの靴を叩き割る ~パンの欠片の恩返しでときめきを贈られました~」
が昨日今日とコメディ日刊1位になりました。
これも読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。




