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猫だった王子様

「アズキ? 大丈夫ですか?」

「うん、平気。……この(さや)、駄目だわ。人を骨抜きにする」

 すっかり重くなった体をどうにか起こすと、莢を掴んで立ち上がる。

 ふわふわ骨抜き攻撃の余波で少しふらついたところを、クライヴに肩を抱えるようにして支えられた。


「何だか疲れたし眠いから、お部屋に戻るわ。付き合ってくれてありがとう、クライヴ」

 よろよろと歩き出したあずきの手が引かれたと思うと、あっという間に体が宙に浮く。

「いえ。部屋まで送りますよ」

 抱き上げられたのだと気付く頃には、クライヴは特別書庫の扉をくぐっていた。



「え? 何で? 歩けるわよ」

「疲れたのでしょう? 先程も意識が薄らいでいました。無理はいけません」

 あずきを抱いたまま器用に扉の鍵を閉めると、書庫の中を歩き出す。


「あれは、人を骨抜きにする莢のせいだから。もう平気。お願い、おろして?」

 ミントグリーンの瞳を見つめて訴えると、ため息と共にようやくおろしてもらえた。

「……せめて、手を」

 そう言ってあずきの手を握ると、再び歩き出した。

 手を握って歩くというのも、これはこれで恥ずかしいが、抱っこよりは数倍マシだ。


「……そうか。いちいち私を抱っこして運んだのも、豆成分の補給のためだったのね」

 他の人を呼べばいいのに何故王子自ら、しかも抱っこするのか謎だったが、そういうことだったのだ。

 思い返せば、メイナードも我慢できなくなるなら云々言っていた気がする。

 あれは、豆成分の不足で歌い出す危険のことを言っていたわけか。


「でも手を握っても豆成分は補給できるんでしょう? わざわざ重い思いをしなくても良かったのに」

「ふらつくアズキを歩かせるわけにはいきません。それに、重くなんて……」

「うんうん、ありがとう。それにしても、クライヴは本当に『豆の聖女』が大切なのね。今まで、何人くらいの聖女がいたのかしら」


 先代ですらかなり前と聞いたから、頻回に召喚されるわけではなさそうだ。

 しかし壁画や文献があるくらいなので、何人かは存在していたのだろう。

 神の言葉から察するに日本人の可能性が高いが、確証はない。


 いつの時代の人で、いつ呼ばれていつ帰ったのか――元の世界に帰れたのかどうか自体、よくわからないのだ。

 ……やはり一度、神殿で記録を見せてもらった方がいいかもしれない。



「俺は、聖女だからというわけではなくて……」

「え?」

 クライヴの声にはっとして顔を上げる。

 どうやら考え事に夢中になっていたようだ。


「……いいえ、何でもありません。先代の豆の聖女は、二百年ほど前に現れたと言われています」

「じゃあ、神の庭のあの木は樹齢二百年?」

「いいえ。代々の聖女が育てた神の豆の木です。もっと古いものでしょう」


「そうなのね。皆、日本から来ているのかな?」

 二百年前というと、江戸時代だ。

 ちょんまげ侍の時代から豆の王国に来た人は、かなりの苦労をしただろう。


「ニホン?」

「私のいた国の名前」

「詳しくはわかりませんが、豆の聖女は契約者が選び、神の祝福を受ける存在です。俺をアズキの国に連れて行ったのは神ですから……神次第でしょうね」


 手を繋いだまま回廊を歩いているが、使用人に会わないのはありがたい。

 豆成分補給のためとはいえ、王子と手を繋いで歩いているところを見られるというのは、何だか気恥ずかしい。



「ん? クライヴは日本に来たの?」

「少しだけですが。アズキがこちらに来た日、階段で猫に会っているでしょう?」

「……そう言われれば、帰宅途中の階段で猫を撫でた気もするけど」

 両親の墓参りに行く予定があったので、ほんの少しの時間だが、確かに猫を撫でた覚えはある。


「あの猫は、俺です」

「ええ? クライヴって豆王子じゃなくて、猫だったの?」

 そう言えば、真っ白な空間に現れた時は猫で、豆を食べて人間の姿になっていたが。

 混乱するあずきを見たクライヴは、笑みを浮かべながら首を振った。


「いいえ、人間ですよ。以前にサイラスが説明したでしょう? 『猫と豆は、共に神の使い。この世界の者が異世界に渡ると猫の姿になり、逆にこの世界の猫は異世界の渡り人だと言われている』」


 そう言えばそんな話を聞いたような気がする。

 確か、神も休憩する時には猫の姿になるとか何とか。

 つくづく、この国は豆と猫が好きなのだと呆れてしまう。


「俺は聖女を探すために異世界に渡る時点で、猫の姿になっています。聖女を見つけて契約をし、契約の豆を食べなければ、元の姿には戻れない。そう神に告げられました」

「酷いリスクね。それでも、来たの?」

 この国の王子であるクライヴが、猫の姿のまま戻れないなんて危険極まりないと思うのだが。

 何故国王はそれを承諾したのだろう。


「本当に、豆の危機だったのです」

「だから、豆以外も植えようよ、豆王国民。……あ、でも豆がないと豆断ちの症状がでるのか」

「リスト王国です。豆は神の使いでもある神聖な食べ物です。豆断ちの症状は恐ろしいですが、それ以前に豆の育たぬ大地に未来はありません」

「……豆の評価、高すぎない?」


 豆が不足すると羊羹男(ヨウカンマン)の歌を歌い、踊り狂い、あんこを食べまくるらしいから、必要なのはわかる。

 だが、それを抜きにしても、この国は豆への愛が深すぎる気がする。



「ところで聖女を探すって、猫の姿でウロウロしていたの?」

「それが、異世界にたどり着いた時点で魔力の変化に体が追い付かず、フラフラになってしまい。動けずにじっとしていました。そこにアズキが来たんです」


 ということは、ずっと階段のそばにいたわけか。

 ほぼあずきの家の目の前だが、羊羹男(ヨウカンマン)はわかっていてそこにクライヴを連れて行ったのだろうか。

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