寝ていて、ごめんなさい
……何だか、騒がしい。
薄暗い中で目を覚ますと、目の前には白いふわふわしたものがある。
何とふかふかで寝心地の良いベッドだろう。
このままもうひと眠りしたいくらいだが、やはり何だか騒がしい。
よく耳を澄ませてみると、聞いたことのある声だ。
開けろとか何とか言っているが、クライヴだろうか。
「――アズキ、中にいますか? アズキ!」
必死な様子の声に、次第に眠気が覚めて意識がはっきりしてくる。
そうだ、確か空豆の莢の中で眠ったのだった。
いつの間にか莢が閉じているが、どうしたら開けることができるのだろう。
「クライヴ」
とにかくここにいると伝えようと名を呼び、莢に触れる。
すると、莢が急に勢い良く開く。
あまりに突然の動きに、目を瞠って固まるクライヴとメイナードがそこにいた。
「お、おはよう……?」
「――アズキ!」
とりあえず挨拶をすると、クライヴが弾かれる様にアズキを抱きしめた。
急に視界がクライヴの胸でいっぱいになり、慌ててもがくがびくともしない。
ほんのりと汗の香りがするが、どこかで運動でもしてきたのだろうか。
「怪我は? 何ともありませんか」
腕が緩んだと思うと、今度は両手を包み込むように握りしめられる。
「げ、元気よ」
急な激しめのスキンシップと距離の近い顔に驚きつつも、何とかそう答える。
すると、クライヴとメイナードが同時に大きく息を吐いた。
「……良かった」
「な、何? どうしたの?」
訳が分からず混乱するアズキに、クライヴがもう一度ため息をつく。
「どうしたじゃありませんよ。アズキが行方不明だと聞いて、必死で探しました」
「行方不明?」
「メイナードを探しに出たきりアズキが戻らない、とポリーが執務室に来たんです。王宮中を探しましたが、どこにもいなくて。夜になっても行方がわからず、何があったのかと……」
何と、まさかの大ごとになっていたのか。
それにしても、鍵を開けてくれた使用人ならアズキが特別書庫にいると証言してくれただろうに。
もしかして、仕事を終えて帰宅したのだろうか。
「ごめんなさい。ちょっと、調べ物をしたかったの。でも、出られなくて。そうしたら、空豆がいい感じのベッドになって……寝ていたみたい」
こうしてみると、何とも間抜けな上に人騒がせな話だ。
きっと、心配して探し回ってくれたのだろう。
クライヴから汗の香りがしたのも、必死に走り回ってくれたからだろうか。
「……ごめんなさい」
豆の聖女として役に立とうとしていたのに、逆に迷惑をかけてしまった。
何だか申し訳なくなって、アズキは俯いた。
「いいんです。無事で、良かった」
手を握ったままだったクライヴは、そのままアズキの手にそっと口づけた。
「――わあ!」
慌てて手を振りほどくと、クライヴはにこりと微笑む。
「ちょっと、補給させてください」
これは、迷惑をかけたお仕置にいたずらされたのだろうか。
美少年には洒落にならない仕草があるのだと、誰かこの王子に教えた方がいいと思う。
「それにしても。どうやってここに入ったのですか?」
「え? 鍵を開けてもらったわよ」
当然のことだと思うのだが、何故か二人の顔が一気に曇った。
「……誰に、ですか」
静かに問うクライヴの声が、何だか怖い。
「使用人の女性だと思うわ。ポリーと似たような服を着ていたし」
すると、更に二人の眉間に皺が寄る。
「メイナード、どういうことですか」
「今日は父の管理です。万が一の捜索のために鍵を借りてきましたが……すぐに、確認します」
ピリピリとした雰囲気からして、あまり良くないことのようだ。
「何? どうしたの?」
「鍵は、一本です。ピルキントン公爵かメイナードが常に持っています。それを持ち出して、アズキをここに閉じ込めた者がいるということです」
「鍵は、一本しかないの?」
だとしたら、あの女性はどうやって鍵を持ち出したのだろう。
「そうです。……一応、聞きますが。メイナード、あなたは違いますね?」
クライヴの問いに、メイナードは真剣な表情で深い礼をする。
「もちろんです、殿下。命を懸けて誓えます。私は、殿下とアズキ様に害を加えることは致しません」
「ですよね」
あっさりと肯定するところを見ると、元々メイナードを疑ってはいないらしい。
「となると、ピルキントン公爵自身か。あるいは、一時盗まれたのか。何にしても、この調査はメイナードに任せます」
「はい」
返答をするメイナードの表情は曇ったままだ。
常に持っているという一本しかない鍵なのだから、管理不十分ということになるのだろう。
「ごめんなさい。私が書庫に入ったから」
「いいえ。どちらにしても、鍵番としてあってはならない失態です。これは我が家のことですので、アズキ様は気になさらないでください」
「とにかく、もう夜も遅いです。アズキは部屋で休んだ方がいいでしょう」
それもそうだ。
きっとポリーも心配しているだろうから、早く戻らなくては。
だが莢から出て歩こうとすると、あっという間にクライヴに抱き上げられた。
「――何? 何で? 私、ずっと寝ていたから元気なんだけど!」
じたばたと暴れている間に鍵を開けたメイナードが、あずきの方に視線を向ける。
「たとえアズキ様が御自身で入室したのだとしても、その女性は鍵を閉めました。それは、閉じ込める意思があったということです。何せ、鍵を使って扉を閉めなければ、アズキ様は出られたはずなのですから」
メイナードはそう言うと、胸元にぶら下げていた鍵を懐にしまった。




