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空豆の揺り籠

 ふと顔を上げてみると、豆魔法という文字が目に入る。

「あった、あった」


 少し高いところだったが、背伸びをしてどうにか背表紙に手をかける。

 この書庫には机も椅子もないので、床に座って読んでいるのだが、クライヴに見つかったら怒られそうである。

 とはいえ、どうしようもないので、本を抱えるとその場に座り込む。

 期待に胸を膨らませながら開いてみるが、他の本同様、やはり読みづらい。


「まあ、まったく読めないよりマシよね。よし、頑張るわよ」

 気合を入れると、あずきは厚みのある本のページをめくり始めた。

 どうにかすべてのページをめくる頃には、さすがに疲労感が強くなってきた。


「やっと読んだ。読み切ったわ」

 そう言って本を閉じると、深い深いため息をつく。

 頑張って読破した本によると、こうだ。


 豆の聖女は豆を召喚するが、これは聖女共通。

 更に神の言葉で奇跡を起こすこともあるが、これは稀。


 ……つまり、既に知っていることが、長々と難しい言い回しで綴られているだけだった。

 しかも本の八割は豆を褒めたたえる内容であり、正直それが疲労感が増した原因である。

 豆の色艶についてだけで何十ページも読んだのだから、諦めなかった自分が偉いと思う。



「もう疲れた。ここまでにしよう」

 立ち上がって本を片付けると、扉に手をかける。

 だが、押しても引いてもまったく動かない。


「あれ、おかしいな」

 何度試しても、やはり扉が反応することはない。

「誰かー? いませんかー?」


 大きな声を上げてみるが、こちらも特に反応がない。

 そう言えば、メイナードは鍵がないと開けられないし閉められないと言っていた。

 更に、防音の魔法がかけられているとも。


「……これって、閉じ込められた?」

 この部屋に入ったのはあずきの意思なので、故意に密室に閉じこもったような状態だ。

 仕方ないとはいえ、これは困った。

「まあ、何にしても鍵がないと出られないのよね。そして声を出しても無駄、と」

 書庫の中をうろうろと歩き回ってみるが窓もなく、出入り口はあの扉だけのようだ。


「まあ、最悪数日のうちには誰か来るでしょう。猛獣が住んでいるわけでもないし、あんこを出せば食料はあるし。……水がないのは痛いけど」

 本棚にもたれるように座り込むと、どっと体が重く感じた。



「本を読むの疲れたし、もう寝ようかな」

 横になりたいが、ソファーはおろか机も椅子もない。

 床でもいいのだが、以前のクライヴの様子からすると、かなり怒られそうだ。


「寝るところがない。困ったなあ」

 せめて、毛布の代わりになるものでもあるといいのだが。

 すると、静かな書庫の中に猫の鳴き声が響いた。


「え? うそ、猫がいるの? 癒し兼暖房兼モフモフ!」

 飛び起きてあたりを見回すが、猫の姿は見つからない。

 これは、猫を欲するあまり幻聴が聞こえたのだろうか。


「幻聴だからか、ササゲの声に似ていたわね。……まだまだ、忘れられないわよね」

 亡き愛猫を思い出して俯くと、ちょうど本の隙間に挟まっている小さな紙が目に入った。

 少し黄ばんだその紙を開いてみると、『空豆=ファヴァビーン』と書いてある。


「空豆……というか、これって日本語じゃない」

 何だか読みやすいと思ったら、漢字とカタカナの紛れもない日本語である。

 ということは、これは先代の聖女が書いたものなのだろうか。

 いや、そもそも聖女が毎回日本から選ばれるとも限らないか。



「〈開け豆(オープン・ビーン)〉」

 手を差し出すと、ぽろりと空豆が一粒転がった。

「出たのはいいけど。どうしたものかしら」

 手のひらで転がる空豆をみて、しばし考える。


「空豆と言えば、立派な莢よね。あれが大きければ、ふかふかのベッドになりそうだけど。いや、ベッドというよりはベビーベッド……揺り籠みたいな感じで」

 どうせしばらくここにいるのだし、物は試しだ。

 あずきは大きく息を吸って空豆を見つめた。


「〈空豆の(ファヴァビーン)揺り籠(・クレイドル)〉」


 すると、手のひらの空豆が眩い光を放って消える。

 それと同時に、ドスンという重量感のある音を伴って、それが現れた。

 鮮やかな緑色が美しいそれは、まさしく空豆の莢だ。

 ただし、大きさがあずきの身長よりも大きいが。


「出た、出たわ莢。しかも、ビッグなベッドサイズ」

 恐る恐る莢に手をかけて開いてみると、中に豆はなく、代わりに白くてふかふかのものが詰まっていた。


「うわ、何これ。最高」

 そのまま莢の中に入って横になってみると、ふかふかが優しくあずきを包み込んだ。

 なんという圧倒的幸福感だろう。

 空豆は、こんなに幸せな思いをしている豆だったのか。


「あー、これ、たまらないかも」

 本を読み過ぎた疲労が、横になったことで一気に押し寄せてくる。

 抗う理由もなければ、抗う力もない。

 うとうとと瞼が下りていく中、ゆっくりと莢が閉じていくのが見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ファヴァビーン・クレイドルという厨二感のある呪文に対して、日本語読みは美味しそうだったり効果はファンシーだったりと絶妙にツボを刺激してくる回で笑いました。 巨大なベッドサイズの空豆の莢と…
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