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盆踊りくらいしか、踊れません

「……やめてください。駄目です。アズキはそのままで問題ありません」

「でも」


「確かに、その言葉遣いでは一気に距離感が遠のきますね。聖女様、どうか今まで通りで話しかけてあげてください」

 この方がいいかと思ったのだが……距離感とは、何のことだろう。


「そう、なの?」

「はい。お願いします」

 敬語を使わないでほしいと一国の王子にお願いされるなんて、よくわからない事態だ。

 だが本人も友人もそう言っているし、あずきとしてもその方が楽といえば楽である。


「じゃあ、わかった。普通に話す。……それで、いい加減手を放してもいいと思うんだけど」

「いいえ。我慢できなくなるといけませんので、このままで」

「何なの、それ。意味がわからないんだけど。大体、誰が何の我慢をするのよ」


 あずきの答えに、クライヴの満面の笑みが返される。

 ミントグリーンの瞳が輝きを増し、あずきの心臓に直接攻撃を仕掛けてきた。

 本当に、美少年の笑みというものは恐ろしい攻撃力である。

 答えをうやむやにされたというのに、ちょっとどうでもよくなっている自分が怖い。



「それにしても、急にうるさくなったと思えば……なるほど。殿下と聖女様がこれでは、焦るでしょうね」

 メイナードはそう言いながら、あずきをじっと見つめる。

 悪意は感じられないが、そんなに見られると恥ずかしい。

 何せ豆と猫とイケメンの王国に相応しく、王子の友人であるメイナードもまた整った容姿なのだ。


「私、何かいけないことをしたの?」

「いいえ。あなたがこの国にいらしてから、少しずつ天候が落ち着きつつあります。豆の育ちも戻り始めたという報告もありますし、とてもありがたいことです」

 また豆かとは思ったが、どうやら役には立っているらしい。


「それなら、良かった。……でも、それじゃあ、何なの?」

 メイナードの口ぶりでは、あずきが何かに関与しているようだったが。

「まあ、一言で言えば、殿下のお相手探しですよ」

「メイナード」

 クライヴがすかさず声を上げるが、当の本人はまったく気にする様子もない。


「隠すことでもないでしょう。どうせ、いずれ耳に入ります」

「ですが……」

「お相手? パートナーとか言っていたの、そのこと?」

 あずきが問うと、クライヴは小さくうなずいた。


「舞踏会のパートナーです。もうじき、豆の聖女が現れた祝いの舞踏会が開かれます」

「え。初耳だけど」

「すみません。説明するつもりが、あんなところを先にお見せすることになってしまいました」

 しゅんとうなだれるクライヴは、まるで小動物のようだ。



「ああ、直談判に聖女様も巻き込まれたのですか?」

「パートナーはアズキだと言っておきました」

「それはまた……荒れるでしょうね」

「仕方ありません。ああも勘違いされるのならば、一線を引いた方がいいでしょう。かえって揉めかねませんから」


 クライヴとメイナードのやり取りからすると、どうやらあの男性は娘をパートナーにしたいらしい。

 そして、クライヴはそのつもりはないということか。

 クライヴは見目麗しいうえに王子なのだから、好みだけの問題でもないのだろう。

 豆と猫とイケメンの王国の王子というのも、結構大変そうだ。


「豆の聖女が現れた祝いの舞踏会です。契約者であり王子である殿下が聖女様のパートナーを務めるのは、どう考えても当然です。それを曲げようという方がおかしいのですよ」

 二人の中では話が通じているようだが、あずきにはよくわからないことがある。


「ねえ。それで、パートナーって、何なの?」

 すると、クライヴが驚いた様子で瞬いた。

「ああ、アズキの世界に舞踏会はないのですか」


「ない……とは限らないけど、一般的ではないわ。少なくとも、私は参加したことも見たこともないし。それ、私も参加しないと駄目なの? 何をするの?」

 舞踏会というと、あずきにとっては物語や映画の中の世界だ。

 どこかで開催されてはいるのだろうが、一般女子高生が関わるようなことではない。


「そうですね。挨拶をされるのと、踊るくらいでしょうか。ひとこと求められるかもしれませんが」

「え。困る」

 挨拶されてもなんと返せばいいのかわからないし、ひとこと求められてもどうしたらいいのかわからない。



「アズキは心配しなくても大丈夫ですよ。俺がずっと隣にいますから」

「いや、それじゃクライヴに迷惑がかかるじゃない」

 契約者はさておき、クライヴは王子だ。

 となれば、それなりに色んな人と社交する必要があるのではないだろうか。


「そんなことありませんよ」

 心配するあずきに対して、クライヴは意外にものんきな反応だ。

「それに、踊るって何よ。私、盆踊りくらいしか踊れないわ」

「ボン?」

「あー。つまり、全然踊れないってこと」


 舞踏会という響きからして、恐らくは社交ダンスのような感じだろう。

 豆の王国なので、『豆音頭』のような踊りが存在する可能性も否定できないが、どちらにしても踊れないことには変わりがない。


「無理に踊らなくても大丈夫ですよ」

「そう?」

 優しい笑みを浮かべるクライヴを見て、アズキは少し安心した。

 だが、同時にメイナードは笑いを堪えている。


「これは、更にうるさいことになりそうですね。……何にしても、今回のパートナーは聖女様でなければおかしいですから。きちんと、伝えておきますよ」

「頼みます」

「さっさと決めていただければ、こんなに揉めることもないのですが」

 メイナードがこれ見よがしにため息をつくと、クライヴは視線をそらして押し黙った。


「こんなに表情豊かな殿下も、なかなか見られませんから。面白いですね」

「メイナード」

「これは、失礼」

 どうやらメイナードがクライヴをからかっているようだが、何のことなのかはよくわからない。



「クリキントンさん」

「ピルキントンです、聖女様。私のことは、メイナードとお呼びください。私も、アズキ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「呼び捨てでいいわよ。クライヴもそうだし」

 すると、メイナードは苦笑しながらも首を振った。


「それは、ご容赦を。殿下に恨まれてしまいます」

「ああ、王子様と同じ呼び方は駄目ってこと? じゃあ、私も呼び方を変えた方がいいのかな。クライヴ様? 殿下? ……どれがいいと思う?」

 本人にも意見を聞こうかと見てみると、何故かクライヴの眉間に深い皺が刻まれていた。

 そして、それを見たメイナードは必死に笑いを堪えている。


「……アズキは、そのままでいいです」

「アズキ様。殿下の心中をお察しください」

「心中。……ああ。呼び方はどうでもいいってことね」

 そんなことを話し合うまでもないのかと思ったが、何故だかメイナードが更に笑い出す。


「これは、殿下も苦労しそうですね」

「うるさいですよ」

 クライヴに短く注意されると、メイナードは慌てて咳払いをした。


本日2回目の更新です。

活動報告では「残念の宝庫 ~残念令嬢短編集~」のお話の名刺を公開しています。

よろしければ、ご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] YOSAKOIソーラン節をキレッキレに踊れば良いと思います。 阿波踊りでも良いかもしれません。(出来れば男踊り希望)
[一言] >盆踊りくらいしか、踊れません ばっちり炭坑節でも決めてやるしか 異世界の文化だし詳細は適当に誤魔化して
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