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魔法の言葉は〈開け豆〉

「豆の聖女は、その存在自体が奇跡ですので。使える魔法は、豆魔法のみと言われています」

「ええ……」

 クライヴのように風を吹かせたりしたかったが、それは残念ながら無理ということか。


「そして、豆魔法はとても難しい上に主を選ぶので、聖女といえど使えるとは限らないそうです」

「何だ、つまらないわ。せっかくなら、魔法を使ってみたかったのに。さっきのクライヴ、格好良かったし」

 ため息と共に愚痴をこぼすと、何故かクライヴが背筋を正した。


「そ、そうですか?」

 何やら頬を染めて照れているようにも見えなくもないが、これだけの美貌を持った王子様だ。

 生まれてこのかた褒められたことしかなさそうなので、あずきひとりが格好良いと言ったところで大した影響もないはずだ。

 つまり、あずきの気のせいなのだろう。


「そうだ。魔法って、呪文とかあるの?」

 絵本や漫画などでも魔法と言えば呪文を唱えるものが多いが、この世界では存在するのだろうか。

「ありますよ」


「でも、さっきは何も言っていなかったわよね?」

「あれは風を呼んだだけですから。そのくらいなら、呪文は必要ありません」

 なるほど、ある程度は融通が利くのか。


「豆魔法だと、どんな呪文なのかしら。豆……豆」

 そう言えば、この世界に来る時に羊羹男(ヨウカンマン)に促されて変な言葉を口にした。

 その後に金色の豆が飛び出して来たのだが、あれは魔法なのだろうか。

 あの時言ったのは、確か……。



「〈開け豆(オープン・ビーン)〉、だったかな」



 ぽつりとそう言った途端、目の前の空間がぐにゃりとねじれたように見えた。

 まるで空気を雑巾絞りしたような光景に、目の錯覚かと思う間もなく、何かが一滴こぼれ落ちる。

 思わず手を差し出すと、ぽとりと一粒の豆があずきの手のひらに転がった。


「……出た。豆、出た」

 事態を把握しきれないままクライヴの方を見ると、驚愕の表情で固まっている。


「そ、それは恐らく、豆魔法です。――豆を空間から呼び出すとは、何と美しく華麗な魔法でしょう」

「いや、そうでもないと思う。クライヴの方が格好良かったし。大体、豆を出してどうするのよ、それも、一粒だけだなんて。……食べるの?」

 何故か再びクライヴが頬を染めているが、これは豆魔法に興奮しているせいだろうか。

 本当に、どれだけ豆が好きなのだろう。


「食べられるとは思いますが、神聖な豆魔法の豆ですし、どう使うべきなのか……。やはり、急いで神殿から文献を届けさせましょう」

「それ、すぐに来るの?」

「さすがに、数日かかると思います」

 神殿がどこにあるのかは知らないが、どうやらそれほど近いところではないらしい。


「じゃあ、この豆、植えようかな。神の庭の畑、使われていないみたいだし。どうせ神の豆に水をあげるなら、一緒だしね」

 果たして芽が出るものなのかはわからない。

 だが豆の生育が豆の聖女の仕事だろうから、これも仕事の内だろう。



「それじゃ、ありがとう、クライヴ」

 お礼も言ったし部屋に戻ろうとすると、クライヴがあずきの隣に並んで手を繋いだ。


「部屋に戻るのでしょう? お送りします」

「え? 忙しいでしょう? いいよ」

 王子というものが普段何をしているのかは知らないが、日がな一日ボーっとしているとも思えない。

 となれば、部屋に帰るのに同行してもらうなんて、申し訳ない話だ。


「アズキをこの国に招いたのは、俺ですから」

「まあ、そうだけど」


 別に、クライヴ一人で接待する必要はないと思うのだが。

 というか、衣食住と安全を確保してもらえているので、もう十分である。

 それに何故、いちいち手を握るのだろう。

 美少年の距離感がよくわからない。


「アズキ」

「何?」

 聖女の間の扉を開けようとすると、クライヴがあずきよりも先に扉に手をかける。

 扉を開けるくらい、あずきでも問題ないのだが。

 そう訴えようとクライヴを見上げると、ミントグリーンの瞳があずきを映した。


「その服、とても似合っています。……可愛い」

「え? あ、ありがとう」

 不意打ちの攻撃に、鼓動が跳ねる。


 美少年が至近距離で微笑みながら褒めるのは、反則だ。

 急な緊張と混乱に見舞われたあずきは、ここまでポリーと一緒に来ていたことを思い出した。

 確か、クライヴに尋ねてみろと言われたことがあったような。

 とにかく視線と話題を逸らしたいあずきは、懸命に記憶を探った。



「クライヴ、この髪型、どうかな?」


 ――違う。

 何か、違う。

 微妙に聞きたいことと質問が食い違っている気がする。


「ええと、違うの。ポリーがね……」

 そこまで言って、今度は王子が侍女の名前を知っているとは限らないということに気付く。

「ポリーは、私の侍女で――」

「――可愛いです」

 即答された言葉の意味を図りかねて、あずきは首を傾げた。

 微笑むクライヴを見ること、暫し。


「あ、ポリーのことね。確かに、可愛いわ。でも、どちらかと言えば綺麗じゃない?」

 クライヴの手ごと扉を押して開けると、少し離れた場所に控えるポリーの姿が見えた。

「いえ、そうではなく。アズキのその髪型、可愛いですよ」

 頭上からかけられた言葉に、あずきの動きが止まる。

 同時に、ポリーの表情がみるみるにやけていくのがわかった。


「……本当?」

 笑みを浮かべながらうなずくクライヴを見て、あずきはポリーに駆け寄った。

「ポリー、良かったわね。この髪型可愛いって。ポリーの腕が認められたわよ!」

 何だか自分が褒められたように嬉しくなったあずきは、そう言って笑みを浮かべる。

 だが、ポリーの表情はみるみる曇り始めた。


「……異世界とは、手強いですね」

「何の話?」

「何でもございません。長期戦もやぶさかではありませんので、ご安心ください」

 首を傾げるあずきに、ポリーは満面の笑みを返した。

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