第九十六話 カズトとリムリアより強い者
「四神の力を以てしても敗れ去ったか」
そう呟いたのは、クーロン帝国の皇帝、ゴルライスだ。
ここは首都ウーカンに築かれた皇帝城の謁見の間。
その玉座に座ったゴルライスが吼える。
「我が偉大なるクーロン帝国の第一皇子、第二皇子、第三皇子、第四皇子を同時に失うとは、何たる事だ!」
謁見の間に並んでいるのは、第五から第十二までの皇子。
そして多数の高官に、1000人を超える衛兵だ。
しかし、その誰も口を開かない。
今ゴルライスの機嫌を損ねたら、間違いなく処刑されてしまうからだ。
そんな無言を貫く者達に、ゴルライスは血走った目を向ける。
「カズトとリムリアと申したか!? この2人の所為で、クーロン帝国の面子は丸潰れだ! これ以上、クーロンの権威を地に落とす訳にはいかん! 誰か、この2人を殺す事の出来る者はおらぬか!」
もちろん手を上げる者はいない。
口を開く者も。
いや、顔を上げる者すらいない。
全員が下を向いて、ゴルライスから目を背けていた。
このままでは話が進まないのは明白。
そこでゴルライスは、第五皇子をギロリと睨み付けた。
「トウコツよ。何か良い考えはないか?」
ゴルライスの問いに、トウコツは息を呑む。
トウコツは、狂戦士とまで言われた剣士だ。
身長2メートル、筋肉の塊のような身体をしている。
その膂力は、刃渡り2メートルの大剣を小枝のように振り回す程。
トウコツ1人で、一軍に匹敵する。
そう言われるほどの剣士だ。
彼の頭の中にあるのは、敵を斬り裂く事。
自分より弱い者を蹂躙する。
それだけを生きがいにしているような男だ。
そんなトウコツに、良い考えなどある訳がない。
しかし、今の状況は、それを許さないものだった。
一言でも間違えば、首が飛ぶ。
それが彼の今の状況だ。
そんな中、トウコツが発した言葉は。
「そのカズトとリムリアに、勝てる者を使えばよいのでは?」
というものだった。
その意見は、当然といえば当然の事。
和斗とリムリアを倒したいのなら、その2人より強い者に任せれば良い。
ただ、問題が1つ。
世界中を探しても、和斗とリムリアに勝てる者などいない事だ。
少なくとも、クーロン帝国には存在しない。
もちろん、それはゴルライスも理解している。
だからゴルライスは、改めてトウコツをギョロリと睨み付けた。
「そうだな。カズトとリムリアを殺すには、和斗とリムリアより強い者を差し向ければ良い。さすがだぞトウコツ」
「ぅえ? は? は、はあ、恐れ入ります」
まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。
トウコツはホッとした顔になるが。
「ならばトウコツよ。当然、そのカズトとリムリアより強い者にも心当たりが在るのだよな? 心当たりが無ければ、只の譫言でしかないのだから。さあ、トウコツよ、遠慮なく申してみよ。そのカズトとリムリアより強い者の事を」
このゴルライスの言葉に、トウコツは死人の顔色になる。
ここで分からない、などと口にしたら。
その瞬間、トウコツの首は飛ぶだろう。
どうしたら良い?
どうしたら生き残れる?
思わず、とはいえ、何て事を口走ってしまったんだ。
頭の中で後悔が渦巻くトウコツの目に、ゴルライスの表情が飛び込んで来た。
意地の悪い笑みを浮かべた、残忍な顔だった。
和斗とリムリアより強い者など、居る訳がない。
それが分かった上で、トウコツを追い詰めているのだ。
くそ、このクソヤロウが。
たたっ切ってやろうか。
とも思うが、それが不可能なくらい、嫌と言うほど分かっている。
なにしろ1000人もの衛兵が控えているのだ。
いくらトウコツが狂戦士と呼ばれるほどの剣士でも、勝ち目はない。
トウコツ渾身の斬撃も、力を合わせて止められてしまうだろう。
まあ、伝説のオリハルコンの剣でもあれば、話は違う。
衛兵の剣ごとゴルライスを斬り捨てられる事だろう。
ああ、剣すら切断する武器があればなァ。
と、派手に脱線した思考に陥った、その時。
トウコツの頭に、ある考えが閃いた。
その考えを、トウコツはそのまま口にする。
「カズトとリムリアに勝てる者を、異世界から召喚すれば良いのです。誰もが1度は耳にした事がある筈です。異世界から勇者を召喚し、魔王を倒してもらうという話を。ならば召喚士に命ずれば良いのです。カズトとリムリアより強い者を、この世界に召喚しろ、と」
「ほお、それは名案だな」
表情を軟化させたるゴルライスに、トウコツは首を振ってみせた。
「しかし、勇者を召喚した国が、どうなったかも知ってますよね? 魔王を倒した勇者が姫と結婚して国を継ぐ、つまり国を乗っ取られるのです」
「む!」
顔を強張らせるゴルライスに、トウコツは続ける。
「魔王を討ち果たした後、始末しようとした国もあります。しかし勇者に返り討ちにされてしまい、無残な最後を迎えます。愚かな話です。魔王に勝てないから勇者を召喚したのに、その魔王すら倒した勇者を殺せる筈がない。つまりカズトとリムリアより強い者を召喚する、という策は悪手なのです」
「ならば、どうするのだ?」
鋭い目を向けてくるゴルライスに、トウコツな胸を張る。
「つまりカズトとリムリアが使う武器より強い武器を生み出せる者を召喚したら良いのです」
「ほう」
ゴルライスが、目を見開く。
どうやら話に興味を持ったようだ。
それに気を良くして、トウコツは畳み掛ける。
「皇帝陛下、よく考えてみてください。ワラキアを攻めたクーロン軍を打ち破ったのは、空を飛ぶトンボのようなモノが吐く火の雨でした。四神を倒したのは、空を飛ぶ鉄の刃でした。つまりカズトとリムリアが強いワケではない。彼らが使う、武器が強いのです」
そこでトウコツは、大きく息を吸ってから話を続ける。
「カズトとリムリアが使う武器より強い武器を生み出せる者なら、カズトとリムリアを殺した後も、クーロン帝国軍の戦闘力強化に役立つでしょう。そして、もしも邪魔になったとしても、簡単に始末できます。それゆえ、カズトとリムリアが使う武器よりも強い武器を生み出せる者を召喚するのが得策かと」
そのトウコツの提案に、ゴルライスはパンと膝を叩く。
「トウコツよ、よくぞ気が付いた! では、さっそく召喚士を呼べ!」
「は!」
トウコツは、汗まみれになりながら、胸をなで下ろした。
口から出まかせを重ねて、よくココまで話を持っていけたものだ。
そう自分で自分に感心しつつ、トウコツは。
「では、さっそく召喚士を招集します」
そう口にすると、謁見の間を後にしたのだった。
「はぁ~~、ラノベみたいに異世界に召喚されないかな」
そう口にした男の名は福田実。
つい先日、部下に対するパワハラで海上自衛隊をクビになった男だ。
37歳、独身。
現場のたたき上げだが、根性は腐っている。
無駄にプライドが高いタイプで、弱い者イジメが好きなクズだ。
だから自衛隊をクビになった後。
自己評価が異常に高い事もあり、次の仕事を見つける事が出来ないでいた。
結果、アパートに引きこもってネット廃人状態。
「はぁ~~、チート能力もらって、異世界で俺TUEEEEE――してみてぇなぁ」
などと呟く毎日だった。
が、いつも通りの文句を口にした、その時。
「え!? な!?」
福田のアパートの床に、幾何学的な模様が出現した。
「こ、これって、魔法陣!? まさかオレ、異世界に召喚されるのか?」
と、嬉しそうな声を上げた直後。
福田はゴルライスの前に立っていた。
(おお! ゲームで見た謁見の間にソックリの大広間に、豪華な玉座に座る、偉そうな人物! これって勇者召喚のテンプレだよな? やったぜ! これでオレの人生変わったぞ! これから異世界で俺TEEEE――を満喫できるんだ! って事なら、まずはお約束のハーレムだよな! 美女と美少女を……)
妄想を膨らませる福田に、ゴルライスが口を開く。
「異世界の者よ、ワシの言葉が分かるか?」
「は、はい」
慌てて現実に戻った福田に、ゴルライスが名乗る。
「ワシはクーロン帝国皇帝、ゴルライスだ」
「は! 自分は福田実であります!」
自衛官だった時の習性で、そう答えた福田に。
「そうか、フクダミノルよ。故有って、其方を召喚した。まずはこれを見るがよい」
ゴルライスは、数枚の紙を手渡した。
「ここに描かれているものが何なのか分かるか?」
福田が、紙に視線を落としてみると。
アパッチ戦闘ヘリと、F15戦闘機が精緻に描かれていた。
「AH‐64Dアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリと、F15イーグル主力戦闘機であります!」
福田はそう口にしながら、現状の分析を始める
(まだ何で召喚されたか分からないからな。とにかく話を聞いてから、どうするか決めるか。しかし、何て広い謁見の間だよ、1万人くらい入るんじゃないか? それに衛兵だって1000人くらいいるじゃないかよ。かなり強力な国の王なんだろうな。こりゃあ、ヘタに逆らわない方がよさそうだな)
小心者らしい考えに落ち着いた福田に、またしてもゴルライスが紙を差し出す。
今度は、マローダー改を描いたものだ。
「では、こちらはどうだ?」
「これは……こりゃまた大きな装甲車ですね。搭載されているのは、10式戦車の砲塔にバルカン砲、チェーンにⅯ2重機関銃かな? おいおい、ミサイルにロケット弾まで搭載されてるのか。ふ~む、まるで子供が勢いで作ったオモチャみたいな装備だな」
マローダー改の武装を、ほぼ正確に福田は言い当てた。
そんな福田に、ゴルライスは本題を切り出す。
「では其方、今口にしたものより強い武器を生み出せるか?」
「は? 生み出す? そんな事、只の自衛官のオレに出来るワケが……」
そう言い返しかけて、福田は自分の能力に気付く。
なぜ気付けたのかは、分からない。
まるで呼吸するように、自分の能力が頭の中を駆け巡ったのだ。
間違いなく、自分は武器を生み出せる。
そう自信を持って言える福田だった。
が、その前に確認しておいたい事がある。
「もし生み出せるとしたら、自分はどう扱われるのでありましょうか?」
1番重要な事を質問した福田にゴルライスは鷹揚に答える。
「そうだな。クーロン帝国の上級貴族にしてやろう」
「上級貴族、でありますか?」
聞き返す福田に、ゴルライスはニタリと笑う。
「ついてくるが良い」
そしてゴルライスは、謁見の間に作られたバルコニーに出ると。
「あれを見るが良い」
皇帝城の隣に作られた、宮殿を指差した。
その宮殿は、皇帝城と比べたら小さなものだった。
が、それでも熊本城より大きい。
「小国の王宮に匹敵する屋敷と年間予算、屋敷を管理する執事と女中、腕の立つ料理人、100人の警護兵を与えてやろう。もちろん女中は美女ばかりだ、好きにして良いぞ。もちろん、嫌だと言うのなら、元の世界に送り返してやろう」
福田は心の中で叫んだ。
破格の条件だ! と。
自分の能力を覚ると同時に判明した事がある。
福田の身体能力は一般人と変わらない事だ。
つまり俺TEEEEEE――など不可能。
まあ、チート能力は得ている。
が、それは無双できる能力ではない。
少なくとも福田1人では、それほど役に立つ能力ではないと言える。
だからゴルライスの提案は、願ってもないものだった。
なにしろ金と権力とハーレムが手に入るのだから。
という事で。
「了解であります! ならば自分の能力を明かすであります。確かにアパッチやF15より強い武器を生み出せるであります」
「おお!」
目を輝かせるゴルライスに、福田は遠慮がちに付け加える。
「しかし、大きな欠点があります」
「大きな欠点?」
ギロリと睨まれて、福田は冷や汗を流しながら、その欠点を口にする。
「その武器を生み出す為には、その武器と同じ重さの生け贄が必要となるのであります」
その言葉を耳にするなり。
「うわはははははははは!」
ゴルライスは大笑いした。
「生け贄だと!? 生け贄を捧げれば良いのだな? 何人必要なのだだ? 100万人か? それとも1000万人か? 5000万人までなら、今すぐ用意してやるぞ! それで足りるか?」
予想もしなかった答えに、福田は混乱する。
100万人?
1000万人?
5000万人程度なら、今すぐ?
ひょっとしたら、無茶苦茶ヤバいヤツに召喚されたのかも?
真っ青になる福田を、ゴルライスが睨む。
「どうなのだ?」
「それだけいれば、十分であります!」
ゴルライスに問い詰められて、福田はカクカクと頷いたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




