第九十話 ヒヨは、タワーのクリーチャーには襲われないですよ?
「まだやるのか?」
タイラントの仇を討とうとした獣人5人を叩きのめした後。
和斗は殺気を込めて、道場を見回した。
ひょっとしたら全員で襲いかかってくるかも、と思ったが。
『…………』
息をする事すら忘れたかのように、物音一つ帰ってこない。
「文句があるのなら、今のうちに言え」
それでも帰ってくるのは沈黙だけだった。
「なら俺は帰るぞ」
そう言い残すと和斗は、獣撃破山流の道場を後にする。
そして獣人達は、和斗達が出ていった直後。
『はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~』
獣人たちは、ヘナヘナと床に崩れ落ちたのだった。
獣撃破山流の道場を後にした直後。
「やっぱり大したコトなかったね」
リムリアは、笑顔で和斗を見上げた。
「じゃあカズト。まだ日も高いコトだし、またタワーチャレンジする?」
そんなリムリアに、和斗は考え込む。
「う~~ん、どうしよう? 最初はキャスにヒヨを頼んで、俺とリムでタワークリアを目指そうと思ったんだけど、またヘンなヤツ等が襲ってきたら面倒だろ? ヒヨを護る為には連れて行ったほうがイイかな、とも思うんだけど、でもそれじゃヒヨを危険にさらす事になるし」
和斗の言葉に、ヒヨがキョトンとなる。
「ヒヨは、タワーのクリーチャーには襲われないですよ?」
「そうなのか!?」
おもわず聞き返してから、和斗は考え込む。
「本当に襲われないのなら一緒でも心配いらない……けど、もし襲われたら危険だし、どうしたモンかな?」
ブツブツと呟く和斗に、リムリアがアッサリと言ってのける。
「いいじゃん、ヒヨも一緒に連れていけば。襲われないならそれでイイし、襲われたら守ってやればイイだけじゃん」
リムリアの提案に、キャスがヒヨを肩車したまま頷く。
「ワタシが守ります。心配いりません」
キャスの戦闘力なら心配いらないだろう。
それでもダメならマローダー改に避難させればいい。
「そうか。ならまだ昼間だし、もう少しタワーチャレンジといこうか」
という事で和斗達は、ホワイトタワーに向かった。
そしてホワイトタワーの前に立つと。
「あ! カズト、赤い魔法陣があるよ!」
リムリアが口にしたように、入り口の横に赤い魔法陣が浮かび上がった。
おそらくフロアをクリアした者に反応して出現するのだろう。
「クリスタルの言った通りだね! じゃあ入ろ!」
リムリアが、さっそく魔法陣に飛び込む。
そこには、何の躊躇もなかった。
「いつもながら、思い切りがイイな」
和斗は苦笑いしてから、後に続く。
そしてヒヨを肩車したキャスが、魔法陣に足を踏み入れた直後。
「うわ!」
リムリアが、いきなり目の前に出現したクリスタルに、驚きの声を上げる。
もちろん実際は、クリスタルが出現したワケではない。
和斗達が、クリスタルの前に転移したのだ。
クリスタルから聞いた通り、1階のクリアルームに戻って来られたようだ。
そのクリスタルに、リムリアが確認する。
「こっちの赤い魔法陣に入れば、2階に行けるんだよね?」
『その通りで……』
「ならさっそく」
リムリアは、最後まで聞くコトなく赤い魔法陣に飛び込んだ。
その後に、和斗とヒヨを肩車したキャスが続くと。
パァッと魔法陣は赤く輝き。
「「おお~~」」
和斗とリムリアは、目の前にそびえ立つ壁を見上げて声を上げたのだった。
壁は石で出来ていて、高さは20メートルほど。
壁はツルツルで、普通の人間なら登ろうとは思わないだろう。
しかし和斗とリムリアは、垂直な壁を歩いて登れる。
だから2人は、壁を駆け登ってみた。
そして周囲を見渡してみると。
巨大な壁は、迷路を形作っていた。
「広いな」
和斗が思わず漏らしたように、数キロにわたって迷路が広がっている。
そういえば、巨大な迷路から脱出する映画があった。
○イズランナーだったっけ?
「普通に攻略しようと思ったら、1週間はかかるよね? 2週間かも?」
リムリアの感想に、和斗も頷く。
「そうだな。このフロアは、耐久力を鍛える為の場所なのかもしれないな」
などと壁の上で話していると。
ギャギャギャギャギャギャ!
不気味な声と共に、空から襲いかかってくるモノが。
「ナンだ?」
見上げて呟く和斗に。
「ガーゴイルです」
いつの間にか横に立っていたキャスが説明を始める。
「迷路を正当な方法以外で攻略しようとする者を排除する為に、配置されているようです。戦闘力は200人相当。20人相当の戦闘力が基準のホワイトタワー2階では考えられない高レベルのクリーチャーです」
なるほど。
ズルするヤツには、10倍の戦闘力で制裁を課す、というワケだ。
と、今の説明に気になるトコロが。
キャスはモンスターではなくクリーチャーと言ったコトだ。
だから和斗は素直に聞いてみる。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。
「クリーチャーって、何か特別なモンなのか?」
「クリーチャーとは、魔力によって造られた戦闘装置です。つまり命ある存在ではなく、知性も感情もありません。プログラムに従って行動する迎撃兵器です。ここに出現するスケルトンを例にとると、僅かに残った魂が魔力の影響を受けてモンスター化したものではなく、スケルトンの形と戦闘力を持った、訓練用の的です」
タワーチャレンジで、命あるモノが破壊されるのを嫌がったと思われます。
そう締めくくったキャスの言葉に、和斗は感心する。
この塔を作り上げた者は、優しい心の持ち主のようだ。
少なくとも、訓練で命を奪うコトを良しとしない人物なのだろう。
それはともかく。
生命体ではなく、訓練用の的という事なら。
「遠慮なく射撃ゲームを楽しめるってコトだな」
和斗はニヤリと笑うと。
タン! タン! タン! タン! タン!
ガーゴイルをM16で撃ち落していった。
「あ、ボクだって!」
それにリムリアも続く。
ガーゴイルは小柄な人間くらいの大きさだった。
頭にはねじくれた角。
鋭い牙と長い爪は、鉄さえ斬り裂くらしい。
そしてコウモリのような翼で不規則な軌道を飛び回る。
全速力で突っ込んできたと思ったら、急に方向転換。
ジグザグに飛んだり、フェイントを交えて襲いかかってくる。
20人相当の戦闘力では、とても勝てる相手ではないが。
タン! タン! タン! タン!
和斗にとっては、まさに射撃ゲームの的でしかない。
ドコォン! ドコォン! ドコォン! ドコォン!
リムリアも、楽しそうに撃ち落している。
そして2人がそれぞれ、50ほどガーゴイルを撃ち落したトコロで。
「あれ? もう終わり?」
リムリアが漏らしたように、襲いかかって来るガーゴイルはいなくなった。
「もうちょっと遊びたかったなぁ」
唇を尖らせるリムリアの頭に、和斗はポンと手を置く。
「リム、M500の弾、あと5発しか残ってないぞ。今のウチに、リロードしておいた方がいいな」
M500は弾丸5発を装填するリボルバーだ。
そして予備の弾丸数は、10回分。
つまり最初から装填されている弾丸を合わせて、撃てるのは55発。
ガーゴイル50体を撃ち落した今、残りの弾丸は5発しかない。
「あ、そうだった! リロード!」
リムリアは、慌てて弾丸を補充する。
「俺とリムの速度なら、弾丸を撃ち尽くしてからリロードしても十分間に合う。けどそれじゃあ非常事態に陥った場合、対処できなくなってしまうかもしれない。たとえ実質は射撃ゲームだとしても、正しい戦闘スタイルでやらないとな」
和斗の言葉に、リムリアが頷く。
「うん、そうだね。愉しむコトは悪くないけど、変なクセをつけないように気を付けないとダメだね。よーし、戦闘法をチェックしながら、射撃ゲームを真剣に愉しむぞぉ!」
と張り切るリムリアだったが、新しいガーゴイルは現れなかった。
「……結局、ガーゴイルは打ち止めかな?」
リムリアは、不満そうな声を漏らしてから迷路を見回す。
「ま、イイか。じゃあ、このまま迷路の壁の上を走ってゴールを目指そ」
そしてリムリアは、言葉通りゴールに向かって走りだした。
もちろん和斗もキャスも、壁の上を楽々と走れる。
だから足を踏み入れてから、たった5分で2階をクリアしたのだった。
3階は鬱蒼としたジャングルだった。
大木の間には、植物が茂りまくっているから、視界が悪い。
いつ茂みの中からクリーチャーが飛び出してくるか分からないフロアだ。
ジャングルでの訓練も必要という事なのだろう。
しかし。
「あ、右20メートルにスケルトン。前方50メートルにウッドゴーレム」
リムリアのサーチのお蔭で、不意打ちは100%防げる。
同時に。
「このまま進めば、出口だよ」
出口もサーチできるので、進行方向にも迷うコトがない。
最後に襲いかかってきたゴーレム(戦闘力30人相当×3)も。
ドコォン! ドコォン! ドコォン!
リムリアが、M500でなぎ倒した。
という事で、3階も簡単にクリア。
あまりにも簡単にクリアしたので、1階との違いが分からない。
いや、それは10階のボスも同じだった。
リムリアは、ラスボスをM500で打ち砕いて笑みを浮かべる。
「ま、色々なバリエーションがあったから、結構楽しめたね」
こうして和斗達は、僅か4時間でホワイトタワーをクリアしたのだった。
ちなみに4時間かかったのは、射撃ゲームを楽しんだから。
全力で駆け抜けたら、10分でクリア出来ただろう。
全力疾走する和斗達に追いつけるクリーチャーなど存在しないのだから。
そしてホワイトタワーから外に出てみると。
「うん、夕ご飯に丁度いい時間だね」
リムリアが口にしたように、日が暮れるところだった。
「さっきのタワーサイド食堂でご飯にする?」
というリムリアの言葉に和斗は首を横に振る。
「いや、もっと静かな場所にしよう。またヒヨが絡まれたら可哀そうだ」
「そうだね。じゃあユイコに聞いてみよっか」
リムリアはニッと笑うと、ユイコの元へと向かった。
そしてまたしても無許可でユイコの部屋の扉を開けると。
「ユイコ! いい食堂、教えて!」
遠慮のない声を上げた。
「なぁに~~、いきなり~~」
ホンワカした声を上げるユイコに、リムリアが詰め寄る。
「静かで、料理が美味しくて、宿屋と一緒になってる店がいいな。ギルドマスターのユイコなら、イイ店知ってるでしょ、紹介して」
「相変わらず突然ね~~。まあ、いいわ~~。リムちゃんとカズトくんはギルドレベル13だから~~、最高の店を紹介してあげる~~」
「ユイコ、ありがと!」
という事で。
和斗達はユイコが紹介してくれた宿屋に向うコトにした。
ユイコに紹介してもらった店に向かう途中。
「店の看板に星が描かれてるでしょ?」
リムリアが、青い星が5つ描かれた店を指差した。
「アレはファイブブルー以上のランクの者なら無料ですよ、って意味なんだ」
リムリアの説明に、和斗は周りを見回す。
白い星の店より青い星の店の方が立派だ。
もちろん青い星の店より、黄色い星の店の方がもっと立派。
そして黄色い星の店より、紫の星の店の方が豪華だった。
「なるほど。強い者ほどイイ店が無料で利用できる、ってワケか」
「そ。で、ユイコが紹介してくれたのは黒星級。本来ならブラックスター限定の宿なんだけど、ギルドレベルが高い冒険者なら利用できるんだって」
「へえ。ブラックスター限定か。凄そうだな」
和斗は何気なく漏らしたが……実際凄かった。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、上品な執事姿の男性だ。
その後ろにはメイド姿の美女が並んでいる。
聞いたところによると、宿泊は1組限定らしい。
なのに寝室は5つもある。
バスルームも5つ。
リビングは、和斗の実家より広い。
そのどれもが、触るのが怖いほど絢爛豪華だ。
そして料理は、専属の料理人が作ってくれるらしい。
24時間、どんな時でも、どんな料理でも。
超金持ちの王族が別荘を建てたら、こんな建物になるのではないだろうか。
宿屋というレベルではない。
余りにもレベルが高すぎて、不安になってくる。
「いいのか、こんな立派なトコ?」
和斗はリムリアに、そっと耳打ちするが。
「いいのよ、これもチャレンジ・シティーの流儀なんだから。郷に入っては郷に従え、だよ!」
さすがワラキア領の姫。
リムリアは物怖じする事なく、執事に伝える。
「まずはお風呂に入りたいな。食事は、その後にして」
「かしこまりました」
こうして。
和斗は王族並みに贅沢な夜を過ごしたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




