第八十九話 体内でエネルギーに変換し、圧縮して貯蔵しています
タイラントをメイルファイトで粉砕した後。
テーブルに戻った和斗を、ヒヨはつぶらな瞳で見上げた。
「ご主人様、ナニがあったんですぅ?」
屈託のない笑顔のヒヨに、和斗も爽やかな笑みで答える。
「別に大した事じゃないぞ。そんなコトより、この料理を食べてみろ」
和斗は一口大に切ったハンバーグをフォークに差してヒヨに手渡す。
ハンバーグが大好きな子供は多い。
だからヒヨも気に入ってくれるのでは? と考えたからだ。
そしてヒヨは、そのハンバーグを迷うコトなく口に頬張ると。
「ご主人様、美味しいですぅ!」
和斗の期待通り、パァッと笑顔を輝かせた。
「そうか、よかったな」
と、そこで和斗は。
「って、ご主人様?」
つい聞き流していたが、いつの間にかご主人様と呼ばれている事に気付く。
「なあヒヨ。何でご主人様なんだ?」
「ご主人様は、ご主人様ですぅ」
ダメだ、上手くコミュニケーションが取れない。
ま、ヒヨが幸せそうな顔をしてるからイイか。
という事で。
「次はコレを食べてみろ」
「美味しいですぅ!」
「良かったな。じゃあ次はコレだ」
「美味しいですぅ!」
何を食べさせても、美味しいというヒヨ。
ホントに味が分かってるのだろうか?
なにしろ214年もモノを食べてないのだから。
と、すこし不安になる和斗だったが
「ご主人様、美味しいですぅ!」
ヒヨは嬉しそうに食べているからイイか。
なので。
「次はコレを食べてみろ」
「美味しいですぅ!」
「次はコレを食べてみろ」
「美味しいですぅ!」
「次はコレを食べてみろ」
「美味しいですぅ!」
和斗は調子に乗って、どんどん食べさせた。
その結果。
「ねえカズト、食べさせ過ぎなんじゃないの?」
リムリアが心配するように、20皿もの料理をヒヨに食べさせていた。
「そ、そうだな。ヒヨが平気な顔して食べるもんだから、つい調子に乗っちまったが……ヒヨ、お腹は大丈夫か? 苦しくないか?」
「?」
和斗に尋ねられて、ヒヨは一瞬キョトンとした顔になるが。
「大丈夫ですぅ!」
万歳するように両手を上げて、元気に答えた。
「よかった、大丈夫みたいだな」
ホッとする和斗を、リムリアがつつく。
「でもカズト。ヒヨ、体と同じくらいの量を食べてるよ」
確かに、トレイに並べた料理は、ヒヨの体積と同じくらいだった。
「ホムンクルスの特性かな?」
和斗の問いに、リムリアは首を傾げる。
「いや、そんな話、聞いたコトないけど」
と、そこにキャスが口を開く。
「ヒヨは食べた物を体内でエネルギーに変換し、圧縮して貯蔵しています」
「そうなのか? さすがホムンクルスだな」
感心する和斗の横で、リムリアが再び首を傾げる。
「ナニ言ってるか分かんない」
が、和斗だって本当に理解している訳ではない。
だから。
「詳しい理論はキャスに聞いたら説明してくれると思うぞ」
そう答えるしかなかった。
と、その和斗の言葉にキャスが目をキラーンと輝かす。
「では説明します。ヒヨは体内で食べた物を素粒子単位まで分解し、そしてブラックホール理論に基づいた……」
「いい、いい、キャス、もういいから!」
リムリアは早々と理解する事を諦めたようだ。
「説明はまた今度聞くから、今は食事を楽しも?」
「了解です。この料理という食物の摂取法は、実に興味深いです」
リムリアに説得されたワケではないだろうが。
キャスは再び料理を口にした。
その顔は無表情。
と、他人には映ったかもしれない。
しかし和斗には、無表情の下に、嬉しそうな顔が見えたような気がした。
どうやらキャスも料理を楽しんでいるようだ。
「よし」
だから和斗は満足そうな笑みを浮かべると、再び料理を選んだのだった。
「ふ~~」
食事の後。
和斗達は食後のミルクティーを楽しんでいた。
ちなみに和斗はコーヒーより紅茶派だ。
特に食後は、ミルクティーが最高だと思っている。
ミルクと砂糖タップリのミルクティーを味わいながら、和斗は呟く。
「無料で利用できる食堂とは思えないほど、ここの料理は美味いな」
「チャレンジ・シティーはグルメ・シティーと呼ばれるほど、料理が美味しいコトで有名なんだよ。お金さえあれば、世界最高の料理でさえ口に出来るって聞いたコトがある」
リムリアの答えに、和斗は納得する。
「なるほどな。どうりで美味いワケだ」
と、その時。
「おい! キサマがタイラントに恥をかかせた野郎か!?」
和斗は、ガラの悪い男達に取り囲まれた。
ライオンの獣人、虎の獣人、豹の獣人、熊の獣人、ジャガーの獣人だ。
むき出しの胸や腕に、魔法陣が描かれている。
おそらく魔法陣で肉体を強化して戦うのだろう。
「タイラントの落とし前、つけさせてもらうぜ!」
「この中の誰でもいい。闘いの相手を選べ!」
「このままじゃ、この街で生きていけねぇんだよ!」
凄む獣人達に、和斗は呆れた声を上げる。
「タイラントはジャーマニア最強のメイルファイターなんだろ? そのタイラントが負けた相手に、勝てると思ってるのか? 幾らでも戦ってやるが、恥の上塗りにしかならないぞ」
が、獣人達は不敵に笑う。
「確かにタイラントはジャーマニア最強のメイルファイターと言われている。だがファイターメイルを脱げば、つまり肉体のみの強さなら、タイラントより上の者はいくらでもいるのだ。例えば我々のようにな」
「つまり生身なら負けない、と言いたいのか?」
溜め息をつく和斗に、獣人達が頷く。
「その通り」
「メイルファイトとは、ファイターメイルの能力を比べるもの!」
「肉体の強さなら、我ら獣撃破山流が最強なのだ!」
喚き散らす獣人達に、和斗は静かに問う。
「つまり俺と戦いたいってコトなんだよな? いいだろう、相手をしてやる。それで、どこでやるんだ? メイルファイトのリングか?」
その問いに、ライオンの獣人がアゴで外を指す。
「いや、我々の道場だ。付いて来い。まあ、もしも嫌だと言っても、無理やり引きずっていくがな」
ライオンの獣人の言葉に、リムリアが和斗に耳打ちする。
「どうするカズト? ここで全員、叩きのめす?」
「いや、付いて行こう。また何度も押しかけられても面倒だからな」
和斗はリムリアに囁くと、キャスにヒヨを預ける。
「キャス、ヒヨを護ってくれないか?」
「任せてください」
キャスがヒヨを肩車したコトを確認してから、和斗は獣人に視線を向けた。
「じゃあ案内しろよ」
「こっちだ」
歩き出す獣人に、和斗は付いていく。
その後ろにリムリア、ヒヨを肩車したキャスは続く。
そして獣人達はチャレンジ・シティーの1番外側の区画へと向かうと。
「ここが獣撃破山流の道場だ。入れ」
体育館ほどもある建物の入り口を指差した。
ここが獣撃破山流の道場らしい。
大きいが、造りは粗末な道場の入り口を潜ると。
『せい! せい! せい! せい!』
100人ほども獣人が、声を揃えて打撃の練習をしていた。
見た目は空手の基本稽古に似ている。
が、動きは和斗の知っている空手より素早い。
全員、かなりの戦闘力の持ち主である事が伺える。
その実力者たちが。
「おい! タイラントを叩きのめしたヤツを連れて来たぞ!」
ライオンの獣人の一言で一斉に振り向いた。
と同時に、研ぎ澄まされた殺気が襲ってくる。
「やる気満々ってコトか」
和斗は小さく呟いてから、静かに問う。
「タイラントが何をしたか知ってるのか?」
静かではあったが、その声に道場がシンと静まり返る。
和斗の声に、嵐の前の静けさを感じ取ったのだろう。
その無音状態の中、ライオンの獣人がキッパリと答える。
「タイラントが何をしたのか知らん。分かっているのは獣撃破山流の看板を背負ったタイラントが無様な負け方をした、という事だけ。そしてキサマと戦うのに十分な理由だ」
ライオンの獣人の言葉に、全員が無言で頷く。
どうやら戦いは避けられないようだ。
「でもタイラントが何をしたのか知らないのなら、少しは手加減してやるか」
和斗はそう呟くと、ライオンの獣人の前に立つ。
「やるのなら早くやろう。で、相手は誰だ?」
「もちろんオレだ」
ライオンの獣人が、道場の真ん中まで移動して構えた。
その構えだけでライオンの獣人の強さが伝わってくる。
ジャーマニア最強のメイルファイターはタイラントかもしれない。
だが格闘者としては、このライオンの獣人の方が上のようだ。
「獣撃破山流が最強である事を証明する為、ボコボコにする。骨くらいは折れるかもしれないが、安心しろ。殺しはしないし、叩きのめした後で、医者に運んでやるから」
ライオンの獣人は、そう口にすると。
「ごぉおおおおおおおお!」
正に獅子の雄叫びを上げた。
「来い」
和斗は身構えるが、そこで。
「ちょっと待った!」
豹の獣人が大声を上げた。
「レオさん! こういう場合は下っ端から相手するモンだろ? 1番手はオイラに任せてくれよ」
「むう、それもそうか」
ライオンの獣人は豹の獣人に押し切られて、1歩退いた。
「なら任せたぞ」
「ああ、速攻で倒してみせるから!」
豹の獣人はそう答えると、和斗に向かって牙を剥く。
「ってコトで、相手はオイラだ」
そして豹の獣人は身構えた。
それだけで分かる。
この豹の獣人は強い。
A級冒険者程度なら、瞬殺するだろう。
しかし。
残念ながら、和斗と戦うには弱すぎた。
「ゴルルルルルル!」
唸り声を上げながら、襲いかかってきた豹の獣人を。
「ほい」
和斗が手の平でポンと押すと。
ばひゅん!
豹の獣人は、一瞬で吹き飛び。
バキィ!
叩き付けられた道場の壁に、大穴を開けたのだった。
「な!?」
「バカな!」
「まさか一撃で!?」
ピクリとも動かない豹の獣人に、他の獣人が騒ぎ出すが。
「騒ぐな!」
「口を閉じろ!」
「うろたえるな!」
「まだ我々が残っている!」
ライオン、虎、、熊、ジャガーの獣人が吼えると、道場は静まり返った。
「なるほど、タイラントを倒しただけはある」
ライオンが、静かに言い放つ。
どうやらライオンの獣人が、この中で1番強いようだ。
だから和斗はライオンの獣人に視線を向ける。
「アンタが1番強いんだろ? さっさとやろうぜ、オレもヒマじゃないんだ。何なら全員でかかってきてもイイぞ」
和斗の言葉に、獣人達の顔色が変わった。
「そこまで言うのなら、我ら4人で相手をしてやろう」
「思い上がったな」
「もう遅いぞ」
「死んでも知らんからな」
凄む獣人4人に和斗はクイッと手招きする。
「いいからさっさとかかってこいよ」
「「「「ごおおおおおおおおおおおおお」」」」
和斗が言い終わると同時に、獣人4人が一斉に襲いかかって来るが。
「よっと」
「「「「ふぎゃ!」」」」
和斗の右手の一振りで全員吹き飛ばされ、そして気絶したのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ