第八十七話 何で幼児がこんなトコにいるんだ?
試練の塔の1階をクリアしたら入れる、1度だけアイテムが貰える部屋。
そこに何故か、幼い女の子が膝を抱えて座り込んでいた。
3歳くらいだろうか?
思わず抱きしめたくなるほど、可愛らしい女の子だ。
「おいおい、何で幼児がこんなトコにいるんだ?」
和斗が漏らした言葉に、幼児が元気な声を上げる。
「ヒヨは幼児じゃなくてホムンクルスですぅ!」
どうやらヒヨという名前らしい。
それはそうと、今ホムンクルスと言ったか?
たしか人工的に造られた魔法生物の事だったような気がする。
まあ、ホムンクルスだとして、どうして幼児の姿をしているのだろう。
それ以前に、なぜクリアアイテムの部屋にホムンクルスが?
この世界では、ホムンクルスはアイテム扱いなのか?
だとしたら。
幼児にしか見えないけど、実は何か強力な能力を持っているのかもしれない。
そう考えた和斗は、ヒヨに話しかけてみる。
「なあ、ヒヨは何が出来るんだ?」
「ナンでも好き嫌いせず食べますぅ!」
春の日だまりみたいな笑顔で答えるヒヨに、和斗は溜め息をつく。
「いや、俺が聞きたかったのは、そういうコトじゃないんだが……」
どう尋ねたらイイか思いつかない和斗は、質問の相手をクリスタルに変える。
「おい、この子の能力は何だ?」
しかし。
『不明です。なぜそのような生命体がクリアアイテムの部屋に存在するのかデータにありません』
帰ってきた答えは、何の役にも立たなかった。
というか、何でデータにないヒヨがアイテムの部屋に?
「おいおいマジかよ」
和斗はボヤいてから、もう1度ヒヨに尋ねてみる。
「ヒヨはいつからココにいるんだ?」
「ずっと前からですぅ!」
万歳するように両手を上げて答えるヒヨに変わって、クリスタルが答える。
「試練の塔が建設された、214年前からです」
「214年前!? その間、ずっと1人きりだったのか!?」
驚く和斗に、ヒヨが笑顔で答える。
「タマに人が会いに来てくれたですぅ!」
いやそれはヒヨに会いにきたんじゃないぞ。
和斗が心の中でツッコんでから、クリスタルに尋ねる。
「おい。この子を連れ出す事は出来るのか?」
『可能です。しかしその場合、どのフロアをクリアしても右の部屋に入れなくなります。これは第2の塔だろうと第5の塔だろうと共通です』
「何だよ、その無茶な設定は」
どうしてヒヨがココにいるか分かった。
強い冒険者なら、連れ出す事くらい出来た筈だ。
ココで武器が手に入らなくても、次の階で手に入れればいいだけの事だから。
しかしヒヨを連れ出すと、良い方のアイテムが手に入る部屋に入れなくなる。
この先、全ての塔の全てのフロアで。
そんな条件で、こんな幼児を連れだす冒険者など、いるワケがない。
「でもミンナ、スグにどこかに行っちゃうですぅ」
ヒヨはそう言うと、俯いてしまった。
ヒヨより役に立つ武器や防具を選ぶ。
それは冒険者として当然の事だろう。
彼らだって命懸けなのだから。
しかし和斗にとって、そんなアイテムなどナンの価値もない。
マローダー改を超える防具など存在する筈がないのだから。
そしてF15やレーザー砲を超える武器も。
だから和斗なリムリアに視線を向けた。
「なあリム。俺、この子をココから……」
しかし和斗が最後まで言い終える前に。
「ヒヨ。ボク達と一緒に来ない?」
リムリアは、ヒヨに声をかけていた。
「ホントですぅ? ホントに連れ出してくれるですぅ?」
ヒヨがオズオズと尋ねてくる。
きっと今まで何度も外に出たいと思ってきたに違いない。
しかしヒヨを連れ出してくれる冒険者はいなかった。
そして、その度に悲しみ、寂しさを味わい、絶望したに違いない。
214年もの間、何度も何度も何度も何度も。
その長く孤独な年月を考えると、和斗の胸は鋭く痛んだ。
だから和斗は、その痛みを無理やり笑顔に変えると。
「ああ、ヒヨ。俺達と一緒に行こう。どうだ?」
ヒヨを優しく抱き上げた。
「はいですぅ!」
「よし、決まりだ」
和斗はパアッと笑顔を咲かせるヒヨに笑顔を返すと。
「ヒヨを連れて行く。文句は無いな」
クリスタルに、そう告げた。
すると、驚いた事に。
『もちろんです。ありがとうございます』
クリスタルから、思いもしない言葉が帰ってきた。
単なるアイテムだと思っていたクリスタルからの、お礼の言葉。
それを耳にして、和斗は驚きの声を上げる。
「礼を言った!? もしかして感情があるのか?」
『アナタの考えている事は分かります。与えられた役目を最優先する様に、ワタシは造られていますから。しかし長い年月、たった1人で閉じ込められる辛さくらい理解できます。そして何もできない自分に、怒りを覚える程度の感情くらいなら持っています。ですからヒヨを連れ出してくれたアナタには、感謝しています』
クリスタルの言葉には、暖かさがあった。
クリアアイテムの部屋の説明した時は、機械みたいな声だったのに。
その事実に、和斗は心が温かいモノに包まれたような気がした。
「この塔は、冷たい機械が運営してるんじゃないんだな」
和斗はそう呟くと、クリスタルに聞いてみる。
「ところで、ヒヨの為に1度外に出たいんだけど、出来るのかな?」
『はい。この部屋の後ろに、白い魔法陣と、赤い魔法陣があります。白の魔法陣に足を踏み入れると、タワーの外へと転送されます。赤の魔法陣なら、次のフロアへと転送されます』
それを聞くなりリムリアが声を上げる。
「ってコトは、また最初からやり直しってコト?」
『いいえ、1度でも1階をクリアした者は、入り口の横に出現する赤い魔法陣に足を踏み入れたら、このホワイトタワー1階クリアルームに転送されます』
「そっか。なら安心だね」
リムリアはニコッと笑うと、ヒヨに振り返る。
「そんじゃヒヨ、外に連れ出してあげるね」
「はいですぅ!」
リムリアは、タンポポの綿毛のように笑うヒヨと手を繋ぐと。
「さ、いこ!」
白い魔法陣に飛び込む。
長老に会う為のタワーチャレンジだった。
しかしリムリアは、迷いなくヒヨを連れ出す事を選んだ。
やっぱりリムを好きになってよかった。
和斗はそんなコトを考えながら、キャスと共に魔法陣に入る。
と、次の瞬間。
パァッ!
魔法陣が白く輝いたかと思ったら。
和斗達は、ホワイトタワーの入り口に立っていたのだった。
「うわ~~……」
周囲を見回したヒヨが、アングリと口を開けている。
無理もない。
生まれて初めて、世界というモノを目にしたのだから。
214年もの孤独を思うと、胸が痛む。
だからその分、ヒヨにはうんと優しくしてやりたい。
しかし、何をしたら1番喜んでくれるだろうか?
珍しいモノを見せる?
綺麗な服を着せる?
それとも美味しいモノを食べさせる?
と、そこで和斗は重要な事に気が付く。
「そういやヒヨ。214年もの間、何を食べていたんだ?」
「何も食べてないですぅ」
当然とばかりに答えるヒヨに、和斗は目を丸くする。
「214年もの間、何も食べてないのか!? なあリム、ホムンクルスって、何も食べなくても生きていられるモノなのか?」
いきなり話をフラれて、リムリアは考え込む。
「え? ええ~~と、ボクも詳しく知らないけど、ホムンクルスって大気に漂う魔力を体内に取り込むコトで、何も食べなくても生きていける筈だよ」
「何も食べないで生きていけるのか!?」
驚く和斗に、リムリアが慌てて付け加える。
「あ、でもそれは生きていけないコトもないんだけど、それは辛うじて死なないで済む、ってコトだよ。ヒヨみたいに214年も何も食べないのに元気一杯のホムンクルスなんて、ボク聞いたコトないよ」
「そ、そうなのか?」
そう口にしたところで和斗は思い出す。
『ナンでも好き嫌いせず食べますぅ!』
ヒヨはそう言っていた。
という事は、少なくとも食べる事は出来る筈。
なら、とりあえず美味しい物を食べさせたら喜ぶんじゃないだろうか。
そう考えた和斗は、タワーから1番近い食堂に向かう事にした。
「ってココは食堂というより酒場だな」
チャレンジタワーから1番近い、飲み食いできる場所。
それは大きな酒場だった。
酒場の名は『タワーサイド食堂』。
2000人くらいなら入れそうな、大きな酒場だ。
まあ、夜は酒場で、昼間は食事の店というのは珍しくない。
と思ったら。
まだ昼前だというのに、酔っ払いの姿も多かった。
「タワーチャレンジに成功した者が祝杯を上げてるんだよ」
リムリアの説明に、和斗は納得する。
その日の終わりにフロアをクリア出来るとは限らない。
1晩中戦うコトもあるだろうし、何日にも及ぶ事もあるだろう。
いや、何日も、あるいは何週間もかけてクリアするのが普通だ。
だからクリアした時、多くの者は宿屋に向かいベッドに倒れ込む。
しかし、まだ体力が残っている者がいないワケではない。
そんな猛者が祝杯を上げる店が、この酒場らしい。
「タワーチャレンジする者なら、誰でも無料になる施設があるって言ったよね。このタワーサイド食堂も、そんな無料の店の1つなんだ。ただしリトルホワイトでいいから手の甲に星がないと入れないけどね」
リムリアの説明によると。
星の色と数によって、無料で入れる店のランクが違うらしい。
当然ながらランクが上の者ほど、高級な店に無料で入れる。
「でも、その資金はドコから捻出されてるんだ? いくなタワーチャレンジする冒険者が多くても、冒険者ギルドの収入は増えないだろ?」
「タワーチャレンジが進むと、ランクが上の武具が手に入るでしょ? そしたら今まで使っていた武具は必要なくなるよね? その要らなくなった武具を売買する事でジャーマニア冒険者ギルドは潤ってるんだって。タワーチャレンジで手に入る武具は、ジャーマニア冒険者ギルドでしか売買できない規則になっているから」
規則を破った者は重罰に処せられる、との事。
だから今まで、勝手に武具を売買した者はいないらしい。
まあ、考えてみれば当たり前だ。
ジャーマニア冒険者ギルドの規則を破る。
それは即ち、ジャーマニア冒険者ギルドを敵に回す事を意味する。
ドラクルの一族が治める大陸で1番の戦闘力を持つギルドを、だ。
そんなバカ、居るはずがない。
「ま、そんなワケだから、リトルホワイトのボクらも無料で利用できるんだ。じゃあ、ちょっと早いけど、お昼ご飯にしよ」
という事で。
和斗とリムリアは、キャスとヒヨを連れて酒場に足を踏み入れたのだった。
「うわ~~」
「ふえ~~」
ヒヨがタワーサイド食堂の中を見回しながら口をアングリ開けている。
生まれて初めて見たのだから、全てが珍しいに違いない。
が、そんな中。
「あ! あれナンですぅ?」
ヒヨは山のように料理が並んだテーブルを指差した。
テーブルと言ったが、異様にデカい。
50メートルを超えているのではなかろうか。
その巨大テーブルに、沢山の料理が並んでいた。
リムリアの説明によると、200種類以上。
酒の種類は、もっと多くて300種類以上。
バイキング方式で食べ放題、飲み放題らしい。
「凄いですぅ!」
はしゃいだ声を上げるヒヨを肩車すると、和斗は料理のテーブルに向かう。
日本のバイキングと同じだ。
料理を自分で皿に盛り付けて、空いている席に座る方式らしい。
「ヒヨ、ナニが食べたい?」
和斗はヒヨに尋ねてみるが。
「ナンでも好き嫌いせず食べますぅ!」
前に聞いたのと同じ答えが帰ってきた。
まあ、どれを選んだらイイのか分からなくても不思議ではない。
初めて食べ物を目にしたのだろうから。
「なら、テキトーに選んでみるか」
和斗は串焼き肉と揚げた肉。
加えて海老フライらしき料理とハンバーグらしき料理。
そしてシーフードサラダを選んだ。
リムリアも様々な料理をトレイに乗せているが。
「キャスも食べれるのか?」
和斗が驚いたように、キャスも料理をトレイに乗せていた。
「はい。ワタシが活動する為のエネルギーは異空間に圧縮収納したブラックホールから得ていますが、味覚センサーを搭載していますので、食事を愉しむという行為が可能です」
「そうなのか」
戸惑い気味に答える和斗に、ヒヨが声を上げる。
「ヒヨも手伝うですぅ!」
とはいえ、料理のトレイはヒヨが運ぶには大き過ぎる気が。
だから和斗は。
「そうか? なら、この酒を運んでくれるかな?」
ヒヨを肩から降ろすと、スパークリングワインを1本、手渡した。
そして和斗は。
「よし、じゃあ、あのテーブルでメシにしようぜ」
全員で空いてるテーブルに向かうが、その途中で。
「おいチビ! 死にたくなかったら、その酒をさっさと渡せ!」
背後から怒鳴り声が響いたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




