第八十三話 女の子だったの!?
これからは好きに生きたらイイ。
和斗のその言葉に星間戦争対応型惑星制圧兵器は。
「好きに? 好きに……好きに……」
同じ単語を何度も繰り返しながら動かなくなった。
それは今まで通りの、感情を感じさせない声。
しかしその中に、困惑と悲しみが混じっているような気がした。
だから和斗は。
「俺達と一緒に来ないか?」
気づいた時には、そう口にしていた。
「これからは、望まない戦闘をする必要はない。俺達と一緒にこの世界を見て、色んな事を学んで、そして自分がやりたいコトを見つけてみないか?」
星間戦争対応型惑星制圧兵器は、自立型らしい。
ならチャンスさえ与えれば、個として生きていけるのではないだろうか。
そんな和斗の想いが通じたのかは分からないが。
「了解」
星間戦争対応型惑星制圧兵器は、そう答えたのだった。
和斗が知る由もないが。
星間戦争対応型惑星制圧兵器は、自立型コンピューターが搭載されている。
これにより、非常事態には自分の判断で行動する事が可能だ。
加えて自律型には、好奇心さえプログラムされている。
そして積極的に学ぶ事により、より多様な判断が可能となる。
しかし人類の敵とならないよう、様々なプログラムがインストールされている。
その中の1つが、星雲軍の規定を厳守する、というものだ。
逆に言えば、星雲軍の軍規に反する事さえしなければ、自由な行動は可能だ。
それらのプログラムを検証した結果。
星間戦争対応型惑星制圧兵器は、決断を下した。
ジパング言語を話す和斗と行動を共にしようと。
だから星間戦争対応型惑星制圧兵器は、もう1度、繰り返す。
「了解。この世界を見て、学び、そして行動する」
「そうか。まあ、宜しくな」
和斗は笑みを浮かべるが、そこで考え込む。
「星間戦争対応型惑星制圧兵器かぁ。これって名前じゃないよな。なあ星間戦争対応型惑星制圧兵器、艦長はオマエを何て呼んでいたんだ?」
「ワタシの個体識別コード、つまりkys・00と呼んでいました」
「kys・00? 何か味気ないな。まあ軍隊じゃ、その呼び方でも仕方ないのかもしれないけど……kysか、ならこれからオマエをキャスって呼ぶコトにしたいと思うけどイイか?」
和斗の言葉に、星間戦争対応型惑星制圧兵器は一瞬、動かなくなるが。
「はい。今後はワタシの呼称をキャスに固定します」
どことなく嬉しそうに、キャスは答えたのだった。
と、和斗がキャスと共に旅する事を決めるなり。
「ねえカズト、こんなおっきな金属製の戦闘兵器を連れて旅する気なの?」
リムリアが和斗の服の端っこを引っ張りながら尋ねてきた。
「20万年もひたすら命令を護ってたなんて、ボクも可哀そうだと思うけど、目立ち過ぎだよ。マローダー改はステルス能力があるけど、キャスはそういうワケにはいかないでしょ?」
それは小さな声だったが、キャスに聞こえたらしい。
「ワタシ、小さくなれます」
キャスは、この世界の言葉でそう言うと。
ギシャン、ガシャン、ガチャ。
金属音を立てながら小さくなっていき、そして最後には。
「キャスって女の子だったの!?」
リムリアが大声を上げたように、キャスは人間の姿になったのだった。
体にピッタリ張り付くような、金属製のスーツを着ている。
その為、細いウエスト、可愛らしいお尻が思いっ切り目立っていた。
胸は控えめだが、手は優美だし、脚も長くて綺麗。
顔も、信じられないほど整っている。
まるで神が作り上げた、美の見本みたいだ。
星雲軍の科学力は、とんでもないレベルにあるのだろう。
しかしリムリアがビックリしたのは、他のコトだった。
「でも、明らかに体積が減ったよ。どうなってるの?」
その質問に、キャスが感情を感じさせない声で答える。
「次元収納システムです。戦闘スタイルに合わせて多種の弾丸を使い分ける必要があるので、異空間に大量の弾薬をストックしています。その異空間に、戦闘部分を収納したのです」
「ナニ言ってるかよく分からないけど、とんでもないコトが出来るってコトだけは分かった」
ふえ~~、と呆気にとられるリムリアから、キャスは和斗へと向き直った。
「ところでアナタの事は、何と呼称すれば良いのでしょうか」
「呼称? そうだな、和斗と呼んでくれ」
「分かりました、カズト様」
無表情で答えたキャスに、リムリアが更に尋ねる。
「ナンでカズト『様』なの?」
「ワタシへの命令権をカズト様、唯一人に固定したからです。今よりワタシはカズト様が生命活動を停止するまで、カズト様だけの命令に従い、カズト様だけの為に戦います」
というキャスの答えに、和斗は慌てる。
「いや、俺はキャスに自由に生きて欲しかっただけで、そんなつもりじゃなかったんだけど!?」
「カズト様と共に生きる。これがワタシの望みです。その望みを達成する為にはカズト様の生命活動が必要不可欠です。だからカズト様の生命を護る為、そしてそのワタシの望みを妨害する命令を受け付けない為、ワタシに対する命令権者をカズト様に固定しました」
何の躊躇もなくそう答えたキャスに、和斗は苦笑いを浮かべた。
「まあ、キャスがそれでイイなら俺に文句はないけど。でも俺は、キャスと一緒に楽しい旅をしたいと思ってる。だから俺はキャスを、仲間として扱う。それを忘れないでくれ」
「はい。ワタシも楽しいという感情を学びたいと思っています」
「ナンか調子狂うけど、ま、いっか。じゃあキャス、これから宜しくな」
「はい、宜しくお願いします」
和斗が差し出した右手を握ったキャスが、不思議そうな声をあげる。
「やはりカズト様は、生物としての領域を遥かに超えています。先ほどワタシが放ったプラズマキャノンは、この星を6秒で撃ち抜く威力があります。なのにカズト様は楽々と跳ね返しました。どのような身体の構成なのか興味が尽きません」
「ま、それは少しずつ教えるさ」
和斗が微笑むと、キャスの目元が少しだけ優しくなった。
感情に乏しいように見えるが、いつか豊かな表情になるかもしれないな。
そんなコトを考える和斗の横から、リムリアも右手を差し出す。
「ボクはリムリア。宜しくね」
その手を握り返しながら、キャスが質問を口にする。
「リムリアは、カズト様の伴侶ですか?」
「ふぇッ!?」
想定外の質問に、リムリアは真っ赤になって言葉に詰まるが。
「そ、そうだよ! 今はまだだけど、この旅を終えたらボクは、カズトと結婚するんだい!」
妙に大きな声で、そう言い切った。
そんなリムリアに、キャスは大まじめな顔で続ける。
「ならリムリアも護りましょう」
「へ? そ、そう? あ、ありがとうございマス」
おもわずヘンは口調になってしまうリムリアだったが。
「あ、そうだ! カズト、キャスと一緒に旅するんだったら、このダンジョンはどうするの?」
直ぐに気持ちを切り替えて、和斗に尋ねた。
「キャスは、この世界が手にするには早過ぎる力を持った、この宇宙戦艦を護ってたんだよね? なら、キャスがいなくなったら、大変な事になるんじゃない? 特にクーロンに知られたら、厄介なコトになると思うよ」
「そうだな、そう言えばそうだった」
リムリアの指摘に考え込む和斗に、キャスがアッサリと言ってのける。
「問題ありません。警戒レベルを最高にセットすれば、この星の生命体がナナホシに侵入する事は不可能ですから」
「そ、そうなの?」
リムリアの言葉にキャスが頷く。
「はい。ダークエネルギーも利用したシステムですから、悪魔や天使、あるいは惑星統治級の破壊神でもナナホシに侵入する事はできません」
「悪魔や天使や破壊神にも対応してるんだ……」
目を丸くするリムリアに、キャスが付け加える。
「星雲全体の治安を武力によって護る星雲軍です。惑星神を超える戦闘力を持っているのは当然です。まあ至高神には勝てませんが」
「至高神って、それ程のヒト(?)なんだ……」
リムリアの呟きに、キャスが不思議そうな顔になる。
よく見ないと分からない、微妙な表情だが。
「まるで至高神を知っているような口ぶりですね。星雲軍ですら存在を確認しているものの、未だコンタクトできない高位の存在なのに」
「え? そ、その、どう説明したらイイんだろ?」
答えに困っているリムリアに変わり、和斗が答える。
「ま、それも、これからユックリと教えるさ。なにしろ一緒に旅をするんだ。時間はいくらでもある」
「そうですね。ところでカズト様、ナナホシの外に移動しますか?」
「ああ」
「では転移します」
キャスがそう答えた直後。
「「わ!?」」
和斗とリムリアは、ギロチンダンジョンの入り口に戻っていた。
「こんなコトも出来るんだ」
リムリアが、感心した声を上げるが。
「こ、この戦闘車両は!?」
キャスがマローダー改を目にして、それ以上に感心した声を上げる。
「これほど高性能な戦闘車両は、星雲軍ですら所持していません。ワタシの自立型コンピューターをもってしても、完全に解析できません。ワタシが製造されてから1番の驚きです」
人間だかマシンだか分からないセリフを漏らすキャスに和斗が微笑む。
「コレはマローダー改。まあ、これからこのマローダー改のコトも合わせて説明するさ」
「はい。これが好奇心というモノなのでしょうか。ワタシは、知りたいという欲求を感じています」
キャスは微かに、しかし間違いなく目を輝かせていた。
これは良い変化なのだろう。
だがそこで、和斗は考え込む。
「そういやウィルヘルムからギロチンダンジョンの調査を依頼されてたな。どう報告したらイイんだろ? 星雲軍の宇宙戦艦だなんて報告したら、大騒ぎになるんじゃないかな?」
ウソの報告だと思われるかもしれない。
信じたとしても、強力な兵器を手に入れようとするかもしれない。
悪用を考える人間も出て来るだろう。
争いの種になるかもしれない。
ヘタしたら、世界中を巻き込む戦争になるかも。
「はぁ、どうしたモンかな?」
そんな和斗の悩みに、リムリアが気楽な声を上げる。
「そのまま報告したらイイんじゃない? キャスを見せたらウソとは思わないだろうし、それ以外はウィルヘルムに丸投げしたらイイし。なにしろ依頼はギロチンダンジョンの調査だけなんだから、それ以外のコトをボク達が心配してもしょうがないじゃん」
そうかもしれない。
アイテムを手に入れて欲しい、と依頼されたワケではない。
危険を排除して欲しい、と依頼されたワケでもない。
依頼されたのは、単なる調査だ。
なら、ありのままを報告すればいい。
それで依頼達成だ。
後はウィルヘルムが判断すればイイ。
というコトで。
「よし、それでいくか。じゃあリム、キャス。マローダー改に乗ってくれ」
和斗はリムリアとキャスと共に、ザッハブルグの街に戻る。
そしてザッハブルグ冒険者ギルドに到着すると同時に。
「依頼を達成したよ!」
リムリアはマローダー改を跳び下りて、ギルドに駆け込んだのだった。
その一言に、ギルドは大騒ぎとなる。
「ええ!?」
「まさか!?」
「出発してから3時間も経ってないぞ!?」
「これがSSS超級の冒険者が……」
「でもホントに調査してきたのか?」
そんな中、ウィルヘルムが顔を出す。
「これはカズトさん、リムリアさん。さっそく報告を聞きたいので、ギルドマスター室まで来てもらえますか?」
公に出来ない情報があるかもしれない、という可能性を考慮した発言だ。
さすがギルドマスターといったトコロか。
もちろん、その提案は和斗にとっても望むトコ。
だから和斗は、ウィルヘルムと共にギルドマスター室へと向かった。
「ここがギルドマスター室です。どうぞ」
ウィルヘルムが、重厚な扉の前で立ち止まると、中に招き入れる。
と、ギルドマスター室の中には、2人の人影があった。
1人は、ガッシリした戦士タイプの男。
もう1人は、知的な美女だ。
「副ギルドマスターのザクセンと、秘書長のニーダです。カズトさんへの依頼はザッハブルグ冒険者ギルドからの依頼ですので、この2人にもギルドの代表として同席してもらいます」
戦士タイプの男がザクセン、美女がニーダらしい。
ウィルヘルムは、和斗達に席を進めると、その2人と共に席に付き。
「では、報告してもらいましょうか」
穏やかな笑顔を浮かべた。
そんなウィルヘルムに、和斗は、ありのままを報告する。
こうしてウィルヘルムは、黙って和斗の報告を聞いた後。
「ギロチンダンジョンが、空の彼方から飛来した戦闘艦だったとは、想像を遥かに超えてますね。しかしこれは、どう扱うべきか頭が痛いですね。異世界の兵器となれば、どんな手を使っても手に入れたいと思う者もいるでしょうし。でもカズトさんの話では、侵入不可能だという事ですから情報を公にしてもイイかも」
「「……」」
ウィルヘルムに、ザクセンもニーダも無言で考え込む。
それも当然だろう。
この世界にとっても、前代未聞の出来事なのだ。
簡単に結論を出せるハズがない。
が、そんな3人を前に、リムリアはニッコリと微笑む。
「ま、それは後でユックリ考えて貰うとして。この依頼は無事達成というコトでイイんだよね?」
「あ、はい、ありがとうございました、依頼達成です」
ウィルヘルムが我に返って答えるが、そこに。
「いや、ちょっと待ってくれ」
ザクセンが重々しい声を上げたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




