第八十二話 口頭による命令解除を受け付けました
リムリアがサーチの内容を、次々と口にする。
「時速800キロで移動中! このままだと4秒後に接触! 全長4メートル、高さ2メートル半! 金属製! 生命反応無し! 内包エネルギー極大! 武器の有無不明!」
そこで正体不明の物体が視界に飛び込んできた。
大きさはリムリアの報告通り。
見た目の印象は、金属製の巨大蜘蛛。
が、リムリアが言っていたように、生き物ではなさそうだ。
角ばったボディーから、頑丈そうな脚が8本、生えている。
本来なら頭がある位置には、3連装の銃身を持つ砲塔。
背中に搭載されているのは、2連装の大砲らしき武器。
この世界の人間には分からないかもしれないが、明らかに戦闘兵器だ。
「こりゃあ戦闘は避けられそうにないな」
和斗が呟くと同時に。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!
戦闘兵器の3本の銃身が火を吹いた。
が、和斗の行動の方が早い。
「装鎧!」
和斗は着弾の前に、マローダー改を纏った。
リムリアのステータスは、和斗と共にアップしている。
この程度の弾幕など平気だろう、と思う。
それでも万が一の事態が起こらないという保証などない。
だから和斗は、マローダー改を纏ってリムリアの前に立ち塞がった。
その和斗に銃弾が命中するが。
キキキキキキキキキン!
想像通り、簡単に跳ね返す事ができた。
と思ったら。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
戦闘兵器が、またしても弾丸を放ってきた。
今度の弾丸の方が、さっきの弾丸より威力が上だ。
おそらく5倍以上の貫通力があるだろう。
しかし、それでもマローダー改の装甲の前では、そよ風にも等しい。
今度の銃撃も、装鎧は易々と跳ね返した。
その直後。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
戦闘兵器が、もっと強力な弾丸を放ってくるが。
「そろそろ無駄だと気づけよ」
和斗が口にしたように、マローダー改は何のダメージも受けなかった。
が、戦闘兵器も銃弾が効かないと判断したのだろう。
ピウッ!
大砲らしきモノからビームを発射してきた。
今のマローダー改の最高速度は時速8万キロ。
とんでもないスピードだ。
しかしそのとんでもない速度も、光と比べたら止まっているも同然。
だから和斗は躱す事もできずに、ビームの直撃を食らってしまうが。
バチィ!
ビームはマローダー改に命中すると同時に消滅した。
「はあ、焦った……。けど、マローダー改の防御力の方が上だったみたいだな」
胸をなで下ろす和斗に、戦闘兵器が再びビームを発射する。
先程のビームはオレンジ色に輝いていた。
その色から考えて、ビーム温度は6000℃くらい。
地球だったら、どんな物質も気体化、つまり蒸発する温度だ。
しかし。
パウッ!
今回放たれたビームの色は青白く輝いている。
おそらく2万℃くらいだろう。
バチィッ!
が、これもノーダメージ。
となると、次こそ最大の攻撃を選択する筈だ。
少なくとも、和斗なら最強の攻撃を選択する。
という和斗の考え通り、戦闘兵器は。
ドパッ!!
今までと違い、空間すら揺らす一撃を発射した。
その迫力に、和斗は反射的に神霊力を高めるが。
バチィン!!
やはりマローダー改の装甲の前に、ビームは消滅したのだった。
まあ今のマローダー改は、3兆℃の高温に耐える。
つまり、太陽系を瞬時に蒸発させるほどの高温でも平気というコトだ。
目の前の戦闘兵器の破壊力が、どれほどのモノかは分からない。
しかし星系を蒸発させる程のエネルギーではなかったのだろう。
というか、そんな武器を使用したら、自爆するのと変わらない。
いくらナンでも、そんなバカなマネはしないだろう。
となると、次はどう出る?
などと、和斗が考えていたら。
ドカ!
戦闘兵器は、その頑丈そうな脚を叩き付けてきた。
武器が役に立たないのを理解して、白兵戦を挑んで来たらしい。
ところで。
銃撃もビームも、とんでもない破壊力があったと思われる。
しかしマローダー改は、そのとんでもない破壊力を跳ね返した。
そんなマローダー改に、こんな打撃が通用するとでも思っているのだろうか?
戦闘兵器の思考など、和斗に分かるワケがない。
しかし白兵戦は、和斗の得意とするトコロ。
とりあえず、受けて立つコトにする。
ギャリン!
戦闘兵器の脚を受け流し。
ズガン!
カウンターで手の平を叩き込む。
その掌底による打撃を食らった戦闘兵器は。
ゴキャキャキャキャキャ!
一発で吹っ飛んで、ゴロゴロと床を転がっていくが。
ガチャ!
直ぐに起き上がり。
ドカドカドカドカ!
再び突進してきた。
想像以上に頑丈だ。
そして戦闘兵器は、またしても足を叩き付けてくるが。
ズガン!
ゴキャキャキャキャキャ!
またしても和斗の掌底を食らって吹き飛ぶ。
しかし。
ガチャ!
ドカドカドカドカ!
直ぐに起き上がって突進してきた。
またしても和斗が掌底を叩き込み、戦闘機械が吹き飛ぶ。
戦闘機械は直ぐに起き上がり、再突進。
和斗に吹き飛ばされて吹き飛ぶ。
また戦闘機械の再突進。
何度も繰り返される光景に、リムリアは和斗に尋ねてみる。
「ねえカズト。ひょっとして破壊しないように、手加減してる?」
「ああ。この戦闘機械、命令されたコトをひたすら守ってるだけなんじゃないかと思ってな」
和斗は日本で見た、天空の城のアニメ映画を思い出していた。
その傑作アニメには、ロボットが登場する。
感情があるのか、ないのか、それは明確に描かれてはいない。
しかし間違いなく、危機に陥ったヒロインを護ろうとしていた。
大砲の直撃を食らいながらも、ヒロインの為に要塞すら破壊する。
そしてヒロインを逃がそうとする中、無残に破壊されてしまう。
あるいは天空の城で、そこの住まう動物や墓を守っていたロボット。
そのロボットが、目の前の戦闘兵器と重なって見えた。
「ひょっとしたら主人から命令された事を、律儀に護ってるだけかもしれない。そう思ったら、破壊する気にならなくてな……」
そして和斗は、吹き飛んだ戦闘兵器に、そっと声をかける。
「もういいんだ。オマエはよく頑張った。戦いを止めろ」
言葉は通じると思っての言葉ではない。
ただ、そう口にせずにはいられなかっただけだ。
しかし。
「『戦いを止めろ』……口頭による命令解除を受け付けました」
戦闘兵器は日本語でそう言うと、動きを止めたのだった。
「「喋った!?」」
声を揃えた和斗とリムリアに、戦闘兵器が淡々と告げる。
「ワタシはダイナキアソグ宙域・デカンジュツ星系の惑星テラルのジパング言語による命令に従うようにプログラミングされています。そのジパング言語による停止命令に従い、戦闘行為を停止します」
この言葉に、リムリアが顔をしかめる。
「ねえカズト。聞いたコトない言語だけど、何て言ってるんだろ?」
その一言に、和斗は驚く。
「え!? リム、こいつが言ってるコト、分かんないのか!?」
どうやらリムリアには、日本語が理解できないらしい。
なら、どうして和斗はリムリアと話せたのか?
「俺は今まで、日本語ではない、この世界の言葉を話していた?」
今さらながら、どうして今まで気が付かなかったのか、不思議に思う。
異世界の言語が、日本と同じハズがないのに。
いやいや待て。
なら、どうして始めからリムリアと話せたのか?
話が通じるから、深く考えなかったから?
いきなり異世界に召喚されて、冷静じゃなかったから?
それともゾンビの見た目のグロさに、気が動転したからか?
リムリアに一目惚れした事も、関係しているのか?
様々な事が頭の中を駆け巡る。
しかし今は、それよりも目の前のコトを優先しよう。
和斗はそう判断を下すと、戦闘機械に質問してみる。
「ところでオマエは何なんだ? どうして俺達を襲ったんだ?」
「それは……」
戦闘機械が何か言いかけるが、そこに。
「ねえカズト、コレが言ってるコト、分かるの?」
リムリアが、和斗の袖を引っ張った。
「もしわかるんだったら、ボクにもわかる言葉で喋れないか聞いてみてよ」
が、そのリムリアの言葉を理解したのだろう。
「では、この星の主要言語で説明します」
と、リムリアにもわかる言葉で話し出した。
彼(?)の正式名称は、星間戦争対応型惑星制圧兵器。
つまり惑星1つを制圧できるほどの戦闘力を持った兵器だ。
加えて、星間戦争にも対応する武器も搭載している。
マローダー改がなかったら、この世界で最強の存在かもしれない。
しかも星間戦争対応型惑星制圧兵器は、自立型。
学習し、能力をアップさせ、進化する能力を持つ。
なら、人類の敵になる可能性もあるんじゃないか、とも思ったが。
登録された言語による命令に絶対服従するようプログラムされているらしい。
この星間戦争対応型惑星制圧兵器の場合、それがジパング言語、との事。
そして、このダンジョンはペルトコ星雲軍所属、対宙域戦闘艦ナナホシ。
1隻で幾つもの星系を相手に戦える、最新鋭の戦艦らしい。
だが、その最新鋭戦艦にトラブル発生。
人為的なミスか、敵のテロか、或いは別の要因か、それは不明。
分かっているのは、そのトラブルにより未知の惑星に不時着した事。
そして乗員は、そのトラブルにより全員死亡した事。
そんな絶望的状態の中。
ナナホシの艦長は、死の間際に。
「この戦艦のテクノロジーは、この世界の文明とはかけ離れ過ぎている。この世界の者の手に渡すワケにはいかない。だからこの艦に立ち入る者は、問答無用で排除しろ」
こう命令した。
そして最後の力を振り絞って、星雲軍に連絡したらしい。
「星間戦争対応型惑星制圧兵器にナナホシを護らせる。ジパング言語による命令しか受け付けないようにしたから、武装解除にはジパング言語による命令が必要となる。知る者がほとんどいない言語だが、星雲図書館のライブラリーに記録が残っている筈だ。後の事を頼む」
と。
そして星間戦争対応型惑星制圧兵器は、命令を守り通してきた。
和斗によって命令を解除されるまで、20万年以上もの年月を。
「そうか」
和斗は、それだけ口にすると星間戦争対応型惑星制圧兵器を見つめる。
やはり想像した通りだった。
天空の城のロボットのように、健気に命令を護っていたのだ。
……20万年もの間。
その永い年月を思うと、胸が熱く、そして苦しくなる。
だが命令は解除した。
これで星間戦争対応型惑星制圧兵器は自由になれるだろう。
いや待て。
命令を解除したら、この星間戦争対応型惑星制圧兵器はどうするのだろう?
「なあ星間戦争対応型惑星制圧兵器。これからオマエは、どうするんだ?」
和斗の質問に、星間戦争対応型惑星制圧兵器は即答する。
「命令を解除した、上官に従います」
「上官? 俺のコトか?」
反射的に聞き返した和斗に、星間戦争対応型惑星制圧兵器が続ける。
「単にジパング言語で解除を口にしただけでは、ワタシを停止させる事は出来ません。ワタシより遥かに戦闘力が上の者が解除を口にしたから、ワタシは戦闘を停止したのです」
「強いと上官になるのか?」
「はい。我々星雲軍の階級は、基本的に戦闘力の高さが基準となっています。ですので、ワタシより遥かに高い戦闘力を持つアナタを、ワタシより遥かに官位の高い上官と認識しました」
「俺の方が、遥かに戦闘力が高いと分かっていたのか? 勝てないと分かってたくせに、何で戦いを止めなかったんだ?」
星間戦争対応型惑星制圧兵器は、何度も和斗に向かってきた。
それは勝ち目があると判断したからと思っていた。
しかし和斗の方が、遥かに強いと理解した上で襲いかかってきたらしい。
なぜ、そんな無謀な戦いを挑んできたのだろうか?
まあ、その前に、何で和斗の戦闘力が上だと分かったのだろうか?
という和斗の疑問に、星間戦争対応型惑星制圧兵器が答える。
「戦闘では情報が重要です。敵の戦闘力は、最優先で得たい情報です。だからワタシには、敵の戦闘力を把握するシステムが搭載されています。だからアナタが、ワタシより遥かに高い戦闘力の持ち主である事は理解していました。しかしワタシより強いとしても、それは命令を破棄する理由にはなりません。軍では上官の命令は絶対なのですから」
やっぱり天空の城のロボットと重なってみえる。
だから和斗は、装鎧を解除してマローダー改をダンジョン入り口へと送ると。
「これからは好きに生きたらいい」
そう星間戦争対応型惑星制圧兵器に語りかけたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




