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   第七十八話  地獄の君主、べリアルだ





「あ、悪魔?」


 リムリアの掠れた声に、ゲスラーが邪悪な笑みを浮かべる。


「その通り。オレはキサマ等が悪魔と呼ぶ存在。地獄の王72柱の1柱にして80の軍団を率いる地獄の君主、べリアルだ」


 地獄の君主、べリアル?

 ゲスラーの正体は、悪魔だったのか!?

 おいおい、四神に続いて悪魔まで出てきたぞ!

 マジかよ、おい!

 どうすんだよ!


 混乱する和斗の横では。


「地獄の王の1柱? 神に匹敵する力を持ってるっていう、あの?」


 リムリアが目を丸くしていた。

 そんな2人の後ろでアズブルックが声を上げる。


「その通り。我らは恐怖、復讐、悲哀、狂気、嫉妬、貪欲、傲慢、憎悪、怒り、憤怒、激怒、色欲、怠惰といった負の感情を糧にして生きている、キサマ等が悪魔と呼ぶモノだ」


 そう口にしたアズブルックも、人間の姿ではなくなっていた。


 オーガのような凶悪な顔。

 歪な体。

 鋭い爪が生えた、長い腕。

 コウモリのような羽。

 べリアルとは違うものの、その姿は正に悪魔そのもの。


「アズブルックも悪魔だったの?」


 掠れた声を漏らすリムリアに、アズブルックが顔をしかめる。


「アズブルック? この姿になった以上、メフィストフェレスと呼んでもらいたいものだな。」


 メフィストフェレス。

 これも聞いたコトのある名だ。

 魂と引き換えに、望みを叶える悪魔だったか。

 

 しかしマローダー改は、四神を倒せた。

 なら悪魔も倒せる筈。

 だから和斗は。


「へえ。サンクチュアリのナンバーワンとナンバースリーが悪魔だったとは、思いもしなかったよ。しかしたった2人じゃ、俺は殺せないぞ」


 ワザと挑発的な言葉を口にした。


 悪魔を法律で裁く事は、出来ないと思う。

 不利になれば、地獄に逃げ帰れば良いのだから。

 まあ、簡単に地獄とこの世界を行き来できるのかは分からないが。

 しかし、出来ると考えておいた方が良いだろう。

 油断して取り逃がすより、ズッといい。


 だから挑発した。

 より多くの悪魔が、この場に現れるように。

 もちろん、ゲヘナの構成員が全員、悪魔という事はないだろう。

 人間は、冒険者ギルドの治安部門に任せればいい。

 

 そして悪魔は。

 可能な限り、ここで倒す!


 という和斗の目論見は、どうやら成功したらしい。

 サンクチュアリの上に、空を埋め尽くすほどの悪魔が出現した。


「え!? こんなに沢山!?」


 驚くリムリアに、べリアルが口の端を吊り上げる。


「ゲヘナで活動させていた、オレの配下3万だ。俺が率いる100の軍団の中の1つでしかないが、上級悪魔だけで構成されている。キサマ等人間ごときが、どうにか出来るモノではないぞ!」


 そしてべリアルが言い終わると同時に、上級悪魔達は襲いかかってきた……。

 となる事は、分かっている。

 だから和斗は。


「ポジショニング」


 マローダー改を転移させると。


「リム、早く!」


 マローダー改に乗り込んだのだった。


 上級悪魔の戦闘力が、どれ程のモノなのかは分からない。

 しかしマローダー改の防御力強化を突破できるレベルではないだろう。

 これで安全は確保できた。

 だから何の心配もなく戦いに集中できる。

 まあ、生身でも心配いらなかっただろうが。


「リム。悪魔を全滅させるぞ!」

「うん!」


 和斗はリムリアと共に運転席に飛び込むと、サポートシステムに声をかける。


「サポートシステム! 1000倍強化バルカン砲対空システムで、悪魔を撃ち落してくれ!」


――了解。

  対空射撃、開始します。


 サポートシステムは、和斗にそう答えると。


 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 バルカン砲を発射した。


 言葉の通り、バルカン砲対空システムは戦闘機を撃ち落す為のもの。

 その戦闘機を撃ち落せる砲弾が、1000倍に強化されている。

 例え悪魔だろうが、簡単に撃ち落とす。

 ……と、思っていたが。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチィ!


 悪魔の体は、1000倍強化バルカン砲を跳ね返したのだった。


「マジかよ……」

「ナンで!?」


 和斗とリムリアが上げた声が聞こえたのだろうか。

 べリアルが、尊大な態度で口を開く。


「この力が上級以上の悪魔が持つ、神霊力と相反する力、煉獄力だ。さきほどメフィストフェレスが語ったように、悪魔は負の感情を糧にしている。が、負の感情だけなら、メイルファイトだけでも手に入る。アンダーグラウンドのメイルファイトなら、もっと大量にな。しかし負の感情とは、キサマ等にも理解できるように言えば食事のようなものなのだ」


 そしてべリアルは、マローダー改に視線を向けた。


「貴様の仲間はフィオ、ジュン、ルアーブルといったな。あの女達の事は、よく覚えているぞ。いや、その身を焦がす憤怒と復讐心は、今もオレの役に立ってくれている」

「どういう事?」


 リムリアの質問に、べリアルは説明を口にする。


「我ら悪魔の強さは、煉獄力の質と量によって決まる。そして煉獄力は、怒りではなく、正気を失う程の憤怒。恐怖ではなく、魂すら凍りつくほどの畏怖。悲しみではなく、血の涙を流す悲哀。欲ではなく、肉親すら売り渡す程の下劣な貪欲によって得られるのだ」


 そしてべリアルは、残虐な笑みを浮かべた。


「村を潰され、肉親を殺された事により、あの女達は尋常ではない負の感情を抱いてくれた。煉獄力を練り上げるに十分は質と量の負の感情をな。あの女達のおかげでオレは、以前より強くなれた。そしてあの女達等がオレを恨む限り、これからもオレは強くなっていくのだ」


 だから残酷な犯罪を続けるのだ。

 そう付け加えたべリアルに、リムリアが叫ぶ。


「その為に、ジュンの村を滅ぼしたの!? そんな事の為に、ジュンは人生を狂わされたの!? そんな事の為に、ルアーブルの家族を殺したの!? そんな事の為にフィオに酷い事したの!?」


 怒りを爆発させるリムリアを、べリアルが嘲笑う。


「当たり前だろう。ヤツ等の存在価値は、それしかないのだから」


 べリアルが、平然と言ってのけた直後。


「もういい! それ以上、喋るな!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガ!


 リムリアはチェーンガンをぶっ放した。


「1000倍強化バルカン砲には耐えたかもしれないけど、200万倍に強化したチェーンガンには耐えられないだろ!?」


 叫びながら、リムリアは上級悪魔をチェーンガンで薙ぎ払う。

 そして全弾を撃ち尽くした後。


「どうだ!」


 リムリアは、爆炎に包まれた上空に向かって叫んだ。

 が、和斗は厳しい顔のままだ。


「どしたのカズト?」


 怪訝な顔のリムリアに、和斗は上空を指差す。


「200万倍強化チェーンガンは確かに強力だけど、上級悪魔を全滅させる程じゃなかったみたいだ」

「え!?」


 慌てて振り向くリムリアの目に、空に浮かぶ悪魔の姿が飛び込んできた。


 確かに数は減っている。

 だが、生き残った悪魔は1万近い。

 しかも、その半分は無傷だ。


 それでも、べリアルを脅かすには十分な威力だったようだ。

 べリアルがチェーンガンを見つめながら、呆然としている。


「その武器は、何なのだ? まさか2万もの上級悪魔を殺されるとは、思ってもいなかったぞ。しかし死んだのは弱い悪魔のみ。上級悪魔の中でも実力者は残っている。この残った上級悪魔で嬲り殺しにしてやろう」


 べリアルが、ユックリと手を上げた。

 この手が振り下ろされると同時に、悪魔が襲いかかってくるのだろう。

 200万倍強化チェーンガンに耐えるほどの悪魔1万が。


 しかし和斗は慌てない。

 四神にも物理攻撃を無効にされた。

 なら悪魔にも物理攻撃を無効にするモノがいる事くらい想定内。

 だから和斗は、既に手を打っている。

 四神を倒したF15だ。


 言い換えると、マッハ39で撃ち込まれる、840tの砲弾だ。

 しかも、このとんでもない威力の砲弾は、神霊力を纏っている。

 その無敵を砲弾を。


「食らえ!」


 和斗は悪魔の群れに打ち込んだ。

 この四神すら倒した攻撃は。


『ぎゃぁああああああああああ!!!』


 上級悪魔達を、跡形もないくらいに破壊した。

 もちろん1度で全滅させる事など出来るワケがない。

 しかしF15は砲弾とは違う。

 何度でも突入させればいい。

 

 ということで。

 F15の突撃7回目で、上級悪魔は全滅したのだった。


「何だ、あの神霊力を纏った鉄の鳥は!? まさかキサマ等、神の使徒なのか!?」


 絶叫するべリアルを指差しながら、リムリアが声を上げる。


「カズト、このままべリアルやメフィストフェレスも倒しちゃお!」


 確かにF15なら、この地獄の君主すら1撃で倒せるだろう。

 だが、和斗は首を横に振った。


「残念ながら、それは無理だ。べリアルもメフィストフェレスもメイルファイト場の中だ。つまり、このメイルファイト場が邪魔になって、ヤツ等にF15をぶつける事ができない」


 ぶつけるダケなら出来ないコトもない。

 サンクチュアリの壁ごと、F15で撃ち抜けば良い。

 しかし、F15で壁を撃ち抜かれたら、サンクチュアリはどうなるか。

 間違いなく、跡形もなく消滅してしまう。

 何も知らないメイルファイターや職員と共に。

 そんな無茶な事、出来る筈もない。


「じゃあ、どうするの?」


 心配そうに聞いてくるリムリアに、和斗は微笑む。


「どうやってゾンビを倒したか覚えてるか? あの時と同じさ」


 と同時に、和斗はアクセルを踏み込んだ。

 ハンドルをべリアルに向けて。


 マローダー改の最高速度は、時速39000キロメートル。

 F15には少し劣るが、それでも速度はマッハ31。

 しかも1秒で最高時速に到達する。

 その凄まじい加速には、さすがのべリアルも反応できなかったらしい。


 ドカン!


 べシャ!


 べリアルはマローダー改に轢かれて、ミンチと化したのだった。

 声を上げる暇すらなく。


「散々カッコつけて登場したのに、まさかこんなに呆気ない最後を迎えるなんて思いもしなかっただろね」


 うわ~~、気の毒~~、と声を上げるリムリアに、和斗は短く告げる。


「世の中そんなモンだ。じゃあ次はメフィストフェレスだ!」


 そしてメフィストフェレスへとハンドルを向けようとするが。


「おのれぇ。よくもべリアル様を!」


 メフィストフェレスの声が、頭上から聞こえてきた。

 どうやらべリアルの最後を目にして、空に非難したようだ。


「ああ! 空に逃げられちゃった!」


 リムリアが悔し気にメフィストフェレスを見上げる。

 マローダー改をぶつけられて生きていられる生き物などいないだろう。

 しかし、いくらマローダー改でも、空を飛ぶ事は出来ない。


「なら!」


 ガガガがガガガガ!


 リムリアはメフィストフェレスを、チェーンガンで狙撃した。

 しかしよく考えたら、上級悪魔ですらチェーンガンに耐えたのだ。

 もっと上位の悪魔であるメフィストフェレスに、ダメージを与えられる筈がない。

 リムリアは、それに気が付かないほど焦っていたらしい。


 そして当然ながらメフィストフェレスは、楽々とチェーンガンを跳ね返す。

 と思ったのだが。


「遅い!」


 メフィストフェレスは、チェーンガンの弾丸をヒラリと躱したのだった。






2021 オオネ サクヤⒸ

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