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   第七十七話  証拠ゲット!





 和斗が、アンダーグラウンドのチャンピオンと戦っていた頃。


「やったね! 証拠ゲット!」


 リムリアは、弾んだ声を上げていた。


「そうですね。この書類によると、彼らは自分達の犯罪組織を『ゲヘナ』と呼んでいるようですが、これで『ゲヘナ』の連中を叩き潰す事ができます」


 書類の束をキュッと抱くフィオに、ジュンが頷く。


「ああ。これで村の皆の仇が討てる」

「やっとココまで来れた……」


 ルアーブルも呟くが、そこに。


「気の毒だが、それは不可能だ」


 ブラッドハウンドの獣人の声が響いた。


「あっちゃあ、やっぱ見つかっちゃったか。ま、ここまで派手にやったんだ、見つかって当然だよね。え~~と、アン、ドゥ、トロワ、カトルだっけ?」


 見つかったというのにリムリアは余裕の態度を崩さない。

 それも当然。

 一部とはいえマローダー改のステータスを得ているのだ。

 獣人ごとき、脅威でも何でもない。

 そんなリムリアに、アンが首を横に振る。


「いや、我々だけではない」


 その言葉と同時に、アンの背後に10の人影が現れた。


「アサシン班の10名もいるぞ。今まで失敗してきたぶん、今度こそ殺すと張り切っている」


 アンがそう口にすると同時に、アサシン達から殺気が立ち昇る。

 が。


「サーチの魔法で、とっくに気が付いてたよ」


 リムリアはニッコリと笑うと。


「スタンボム!」


 雷の爆弾を撃ち出す。

 リムリアなら、もっと強力な魔法を使える。

 蒸発させる事だって簡単だ。

 いや、素手でも瞬殺できる。

 

 しかし可能なら組織の人間を捕まえる計画だった。

 だからリムリアは、動けなくなる程度の電撃を選択したのだ。

 こうして前方に指向性を持たせた雷撃は、アサシン達を飲み込み。


『ぐわ!』


 ブラッドハウンドの獣人4人と共に、全員を麻痺させたのだった。


「証人も大量に確保! って、14人もどうしよ?」


 リムリアに視線を向けられ、フィオは考え込む。


「とりあえず縛り上げて、カズトさんのスイートルームに運びましょう。そしてカズトさんが戻ってきたトコロで、マローダー改に乗って脱出。これがベストでしょうね」


 フィオ達がやったのは、力ずくの家探しのようなもの。

 全面的にケンカを売ったと同じだ。

 ましてや証拠をつかんだ以上、きっと全面戦争になる。


 そうなる前に、さっさとサンクチュアリを脱出するべきだろう。

 しかし犯罪組織も全力で邪魔をしてくる筈だ。


「ま、ボクとカズトを止める事が出来るヤツなんかいる訳ないけどね」


 リムリアの呟きにジュンとルアーブルが頷く。


「そりゃあそうだ。あんなに強い漢、アタシは初めて見たよ。カズトと一緒なら脱出なんて簡単だろうな」

「師匠の強さは生物の範疇を超えてます。ひょっとしたら全てのメイルファイターが集まっても勝てないかも」


 ひょっとしなくても勝てない。

 絶対に、確実に、間違いなく、100パーセント、どんな事があっても。

 なにしろ神すら倒せるレベルなのだから。

 それはフィオだって十分に理解している。

 その上で、フィオは表情を引き締めた。


「でも、敵は犯罪組織です。どんな汚い手で邪魔してくるか分かりません。脱出を急ぎましょう」

「でも気絶した14人を運ぶのは簡単じゃないぞ。アタシでも1度に運べるのは2人がいいトコだ」


 顔をしかめるジュンに、リムリアはアッサリと言ってのける。


「あ、そのくらいなら、ボク1人で大丈夫だよ」


 何度も言うが、リムリアはマローダー改のステータスの一部を得ている。

 そのリムリアにとって、たった14人を運ぶ事など簡単だ。

 縛り上げたまま引き摺られる方は、たまったモンじゃないかもしれないが。


「悪党に人権はないからイイんだい!」


 という事で。

 リムリアは獣人とアサシンを、和斗の部屋まで引きずっていったのだった。

 





 和斗のスイートルームに到着するまでの間、ゲヘナの邪魔は入らなかった。

 そして縛り上げた14人を床に並べたトコで。


「これで良し!」


 リムリアは無邪気な笑みを浮かべた。

 そして。


「さ~~て、カズトの方は、どうなってるかな」


 部屋に備え付けられた水晶板に手を伸ばす。

 メイルファイト会場を映し出す、マジックアイテムだ。

 が、水晶板に映し出されたのは、ボロボロになったレパードの姿だった。


「なにコレ!?」


 リムリアの大声に、フィオとジュンとルアーブルも水晶板を覗き込む。


「レパード! どうして!?」

「血塗れじゃねぇか! しかも鎖で椅子に縛り付けてやがる!」

「何て酷いコトを」


 3人が、口々に怒りの声を上げるが、そこに。


 コンコンコンコン。


「ご覧になられた用ですな。では、ご同行お願いします」


 ドアがノックされ、執事の声が聞こえてきた。






 一方、ザガンに勝利した和斗は。


「やってくれましたね、カズトくん」


 選手控室で、アズブルックと向かい合っていた。

 アズブルックの顔も口調も穏やかだ。

 和斗とザガンのファイトを、怒り狂って見ていた姿は想像もできない。


「支部長会議室に保管してあった資料を全部、持ち去るとは驚きましたよ。しかもアン達やアサシンも連れ去るとはね」


 アズブルックはそう言うと、和斗に背中を向けた。


「ついて来てくれますか?」


 アズブルックの言葉に、和斗は考え込む。

 話の内容から考えて、どうやらリムリア達は証拠を掴む事に成功したようだ。

 しかも、何人か捕虜にして。

 逆に言えば、犯罪組織は追い詰められている筈。

 なのにアズブルックは、余裕の態度を崩していない。


 それが気になり、和斗は大人しくアズブルックの後を追う。

 そしてアズブルックは、今は無人となったファイト場に辿り着くと。


「このサンクチュアリを見たまえ!」


 芝居がかった動作で、両手を広げた。


「上位ランカーでいる限り、贅沢な清潔が保証され、ファイトマネー以外にも莫大な賞金が手に入る! カズトくん、キミはサンクチュアリにいる限り、貴族すら超える豊かな生活を約束されているのだ! どうかね、依頼主の10倍の金を支払うから、我々の組織=ゲヘナの一員にならないかね?」


 アズブルックの口調は、更に熱を帯びていく。


「考えてみたまえ。カズトくんの実力なら、上位ランカーの地位は安泰だ。この素晴らしい生活を永遠に続けられるだろう。そして、もしメイルファイトに飽きたならゲヘナの仕事に力を貸してくれたら良い。今以上に贅沢な生活を約束しよう」


 アズブルックは狂気に染まった目で、和斗を覗き込む。


「どうかね、悪い話では無いだろう?」


 演技ではない。

 アズブルックは心の底から、そう思っているようだ。

 しかし和斗は、ゲヘナという犯罪組織が何をしているか知っている。

 ジュンとルアーブルの人生を、ムチャクチャにした事を。

 そして、どれ程の善良な人々に不幸にしたかを。


 加えて。

 和斗にとって、金など何の意味も持たない。

 ダンジョントライや魔物狩りで、幾らでも稼げるのだから。

 それ以前に、18兆ユルも所持しているし。

 

 第一、シュッツガルドから依頼を受けている。

 犯罪組織を潰す、という依頼を。

 まあ依頼を受けてなくても、犯罪組織に手を貸す事などあり得ないが。

 だから和斗は即答する。


「断る」

「そうですか」


 拒否されたというのに、アズブルックは冷静な態度を崩さない。


「できればゲヘナの一員になって頂きたかったのですが、断られた以上、死んで貰うしかなくなりました。実に残念です」


 そう口にした直後、アズブルックの表情が一変する。


「ならば、ゲスラー様に楯突いた事を後悔しながら死んでいけ!」


 アズブルックの怒鳴り声に呼応するように。


「キサマの絶望を味わわせてくれ」


 不気味な声が響き、1体のファイターメイルが現れた。


 今まで目にしたファイターメイルとは格が違う。

 重厚にして堅牢。

 しかし、凄まじい速度で動けるコトが、直感で分かる。

 他のファイターメイルが軽自動車なら、コレは戦車だ。

 明らかにモノが違う。

 そして話の流れからすると、こいつがゲスラーなのだろう。

 

 が、一応、確認はしておく。


「お前がゲスラー……でイイんだよな?」


 和斗の問いにメイルファイターが頷く。


「その通り、オレがゲスラーだ。サンクチュアリに楯突いた事を、死ぬほど後悔させてやる。いや、殺して下さいと懇願させてやろう。コイツ等と一緒にな」


 ゲスラーの言葉と同時に。


「ここはメイルファイト場? 何でこんなトコに連れてきたんだよ」


 リムリアが執事に伴われて、メイルファイト場に入ってきた。

 そのリムリアに、ゲスラーがチラリと視線を走らせる。


「コイツ等は、ゲヘナを法律で裁く為の証拠を探っていたようだったが……あの書類は、これからも必要なものだからな、取り返させて貰ったぞ。しかし、この女は書類の内容を見てしまった。生かして返すワケにはいかない」


 ゲスラーが喋っている間にも、和斗は考えを巡らせる。


 フィオ達が証拠を手に入れたのは、間違いなさそうだ。

 しかしレパードを人質に取られた為、抵抗できず捕まった、というとこか。

 でなければ、リムリアが敵を全滅させている筈だ。

 と、そこでアズブルックが、和斗の背中をドンと押した。


「そら、オマエもメイルファイト場に行くんだよ。なにしろゲスラー様の攻撃力は桁違いだからな、魔法障壁を張り巡らせたメイルファイト場の中でないと、サンクチュアリが壊れてしまう」


 和斗は大人しく、メイルファイト場向かって歩き出す。


 コイツ等を倒すのは簡単だ。

 しかし人質に取られたレパードをどうする?

 どうやったら救出できる?

 目の前に居るのなら、助ける事は簡単だ。

 しかし見える範囲にレパードの姿は無い。

 これでは手の打ちようがない。


 マローダー改の戦闘力は無敵といっても過言ではないと思う。

 しかし、どこにいるか分からない人質を救出する事は出来ない。

 どうしたらイイんだ!?


 答えの出ないまま、和斗はリムリアと合流した。

 聞きたい事は沢山あるが、和斗は1番に確認すべき事をリムリアに尋ねる。


「フィオ、ジュン、ルアーブルは?」


 その問いに、リムリアが力なく頷く。


「分からない。途中で別々にされちゃった。レパードを人質に取られたから、逆らえなかったんだ」

「? リムなら、その場でレパードを助ける事が出来たんじゃないのか?」


 和斗の疑問にリムリアは首を横に振る。


「目の前にいたのなら助けられたかもしれないけど……レパードが、どこに捕まってるかすら分からないんだ」

「そうか」


 和斗が顔をしかめると同時に、ゲスラーが叫ぶ。


「話はそこまでだ! では、じっくりと嬲り殺しにしてやる! さあ、逃れられない死に恐怖しろ! その恐怖を糧にして、我らは更に強くなる!」

「恐怖を糧にして?」


 同じ言葉を疑問形で口にしたリムリアに、ゲスラーが頷く。


「その通り! 我々は人の負の感情を糧にして生きる種族なのだ!」


 ゲスラーは叫びながら、ファイターメイルを脱ぎ捨てた。

 そこに現れたのは……人間の体ではなかった。

 いや、獣人の体でもない。


 獣人より遥かに凶悪な、獣のような顔。

 ねじくれた角に、鋭い牙。

 鱗に覆われた体のアチコチからは、トゲが生えている。

 背中には、巨大な漆黒の翼。

 異様なほど発達した筋肉に、尖った尻尾。

 その姿は正に。


「あ、悪魔?」


 リムリアが呟いたように、人類が思い描く悪魔の姿、そのものだった。






2021 オオネ サクヤⒸ

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