第七十六話 アンダーグラウンド
「こうなったら仕方ない」
アサシン班による暗殺が失敗。
その報告を受けると同時に、アズブルックは決断した。
「万が一を考えて、カズトチーム全員を始末する。まずは1番手強いと思われるカズトを、メイルファイト中の事故を装って殺す。そしてカズトを殺した後、残ったチーム全員を殺せ」
その命令に、部下の1人が質問を口にする。
「よろしいので? カズトは今、人気急上昇のメイルファイターですよ?」
「構わない。手遅れになるよりも、慎重すぎるくらいの方が良い。念の為で殺されるカズトには気の毒だが、ここは一思いに始末してしまう」
「しかし相手は、ランキング5位だったルアーブルでさえ簡単に倒したカズトですよ? 誰に、その役目を?」
「アンダーグラウンドのチャンピオンだ」
アンダーグラウンド。
それは娯楽のメイルファイトと違い、殺し合いを愉しむ残虐ショーの事。
もちろん非合法。
限られた会員だけが観戦できる、秘密のメイルファイトだ。
客は、普通の娯楽に飽き飽きした大金持ちばかり。
その大金持ちが辿り着く究極の刺激が、殺し合いを観戦する事。
もちろん大金を賭けて。
その賭け金は、表のメイルファイトに匹敵、いやそれ以上だ。
つまりアンダーグラウンドは、一大市場を形成している。
当然ながらアンダーグラウンドでは、相手を殺す事で決着がつく。
なので、生き残った者の戦闘力は高い。
ましてやチャンピオンともなると、ゲスラーより上とすら囁かれている。
殺し合いなら世界一のメイルファイター。
それがアンダーグラウンドのチャンピオン、ザガンの評価だ。
「ザガンを表のメイルファイトに出すのですか?」
部下の質問に、アズブルックはニヤリと笑う。
「もちろん、上位ランカーの名を騙らせる。32位のな。カズトはランキング5位のルアーブルを楽々と倒している。だから32位と聞くと、心のどこかに油断が生まれる筈だ。そこを狙って、開始と同時に必殺の技を繰り出させる」
「では、そのように手配します」
そう言って出ていく部下を見送りながら、アズブルックは呟く。
「注目のカズトが一瞬で負ける。観客は盛り下がるだろうが、そういう事も起こるのがメイルファイトだ」
一方、和斗のスイートルームでは。
「今夜、ランキング32位のメイルファイターとの試合? しかも5位のルアーブルに勝ったカズトに? ナニ考えてんだろ?」
リムリアが首をひねっていた。
「普通に考えたら、32位のメイルファイターがカズトに挑戦したって事だな。自分よりランキングは上のメイルファイターになら誰でも挑戦できるのが、サンクチュアリのルールだからな」
即答したジュンに、ルアーブルが付け加える。
「もしくは何かの罠か、です」
「罠?」
聞き返すジュンに、ルアーブルより早くフィオが答える。
「今までサンクチュアリに潜り込んだ仲間が、何人も殺されました。食事に薬を混ぜる、毒ガスを噴霧される、服に毒を塗られる、弱体や重力倍化の魔方陣を刻まれる、強化の魔方陣を無効化される。ジュンさんも経験ありますよね?」
フィオの指摘に、ジュンがギリッと牙を鳴らす
「ああ、そうだな。汚い真似を得意とするクズは沢山いるもんな」
「今朝カズトさんが発見した怪しい男達は、サンクチュアリのアサシン班だと思われます。そのアサシンが暗殺に失敗した以上、次にヤツ等が考えるのはカズトチーム全員を抹殺する事。ならこの突然のメイルファイトは、罠だと考えた方がいいでしょうね」
顔をしかめるフィオに、リムリアが尋ねる。
「それって組織にボク達の事がバレちゃった、ってコト?」
「ワタシが疑われているのは間違いないでしょうね」
溜め息をつくフィオに、和斗が言い切る。
「逆に、これはチャンスだ。もし罠なら、敵は俺のメイルファイトに注目している筈だろ? なら敵の目が俺に集まっている間に調査を進めるんだ」
「なるほどね」
目を輝かせるリムリアに、和斗は付け加える。
「多少、強引でも構わないからな。どうも敵は、俺達を始末する事にしたみたいだし、この際だから一気に証拠をつかみたい」
「それならアタシも手伝った方が良さそうだな!」
「私も手伝いますよ」
やる気満々のジュンとルアーブルに、和斗はニヤリと笑う。
「よし。じゃあ俺は出来るだけメイルファイトを長引かせるから、その間に立ち入り禁止区画を一気に調査。遭遇した敵は倒して、可能なら拘束して連れ帰り、情報を吐かせる。フィオ、これでどうだ?」
「それでイイと思います」
「よし。じゃあ俺のメイルファイトスタートと同時に作戦開始だ」
そして迎えたメイルファイト。
和斗は3メートルを超えるファイターメイルと向かい合っていた。
メイルファイトでは普通、会場でファイターメイルを装着していく。
その方が、会場が盛り上がるからだ。
なのに目の前の相手は、最初からファイターメイルを装備している。
「怪しさ満載だな。やっぱりこれは、俺を殺す為のモノみたいだな」
和斗が、そう呟いた直後。
「おおおおおおおお!」
32位のメイルファイターが、開始の合図を待たずに襲いかかってきた。
この反則に、会場のアチコチで悲鳴があがる。
なにしろファイターメイルの一撃が、生身の人間に放たれたのだ。
普通ならミンチとなって、人間の痕跡すら残らない。
まあ、あくまで普通なら、の話だ。
「装鎧」
和斗は慌てる事なく、そう口にした。
同時にマローダー改が和斗の体を覆い。
その直後、32位の、いやザガンの拳が和斗を顔面に打ち込まれた。
ガッキィン!
鼓膜が痛くなるほどの激突音が響き渡るが。
「無傷だと!?」
ザガンが驚いたように、和斗は無傷だった。
まあ、和斗の防御力は、マローダー改の2割。
メイルファイター程度の破壊力で、傷つく筈がない。
というより、和斗が勝つのは確定事項だ。
その気になれば、このメイルファイトは瞬時に終わる。
しかし今の和斗の役目は、時間稼ぎ。
手に汗を握る展開で、敵の目を引きつけなければならない。
「難易度の高いミッションだな。でもやるしかないか」
和斗はボヤきながら、難易度の高いミッションを始めた。
まずはピンチの演出だ。
ザガンの攻撃をギリギリで躱す。
いや、半分躱し、半分食らって見せる。
敵にしてみれば、もう少しで倒せそうに見える筈だ。
きっと全員でザガンを応援している事だろう。
事実、アズブルックは。
「そこだ、一気にいけ! さっさと叩き殺せ!」
観戦しながら、ヤバいセリフを連呼していた。
だが、和斗のピンチだけでは余裕を取り戻す心配がある。
そして余裕があると、侵入者の事を思い出すかもしれない。
ここは和斗の戦いに熱狂してもらわないと。
だから偶には反撃して、それなりのダメージをザガンに与える。
これで、更に観戦に熱が入る筈だ。
その和斗の目論見通り。
「ああ、くそ! そこでダメージを受けてる場合か! アンダーグラウンドのチャンピオンなんだろ! さっさと殺せ!」
アズブルックは、一段と興奮のレベルを上げていた。
だが打撃戦だけでは退屈してくるかもしれない。
という事で和斗はタックルを仕掛けた。
これには意表を突かれたのだろう。
ザガンはまともに食らって、仰向けに倒れる。
メイルファイターは、基本的に軍人だ。
つまり戦場での戦いを前提としている。
今の和斗のように敵を押さえつける、という発想はない。
戦場でそんな戦い方をしていたら、他の敵に殺されるからだ。
しかしメイルファイトは、1対1で行う。
だから和斗はこの世界に、総合格闘技の戦い方を披露する。
具体的に言うと、寝技と、馬乗りからのパンチだ。
「何だ、あの戦い方は!」
叫んだアズブルックの視線の先では、ザガンが和斗に締め上げられていた。
相手の片腕と首を、両足で締め上げる、三角締めという技だ。
このまま締め上げて、ザガンの意識を刈り取る事も可能。
しかし、もう少し盛り上げた方がイイだろな。
そう考えた和斗は、わざとザガンを三角締めから脱出させる。
が、三角締めのダメージで、ザガンの動きは鈍っていた。
だから和斗は、ザガンをタックルで倒すと馬乗りになる。
「さて、今度はマウントポジションからのパンチだ。これも見た事のある者は、この世界にはいないだろうな」
そして和斗は馬乗りの態勢から、ザガンを殴りつけた。
もちろん気絶させないように手加減してだ。
だが観衆は。
「いいぞ、カズト!」
「反撃を待ってたぜ!」
「オレはオマエに有り金全部つぎ込んでるんだ!」
「負けるんじゃねぇぞ!」
遂に和斗の反撃が始まったと盛り上がっている。
なにしろ、どう見ても和斗有利のシーンなのだから。
当然、アズブルックは。
「ザガンのヤツ、何をしているのだ! 殺し合いを生き残ったアンダーグラウンドのチャンピオンだろうが! さっさと反撃して、和斗を殺せ!」
目を血走らせて叫んでいた。
ところで、マウントポジションからパンチを撃ち込む、今の状態。
これは本来、時間をかけて相手を弱らせるのが正解だ。
しかしグラウンドの攻防を始めて見た観客は、退屈と感じるかもしれない。
この状態を続けるのは、数分にしておいた方が良さそうだ。
そう判断した和斗は、ザガンから立ち上がると、クイッと指を立てる。
さっさと立て!
というジェスチャーだ。
これによって観客は一気に盛り上がる。
そしてアズブルックは。
「ザガン、さっさとカズトを殺さないか! 殺せ! 殺せ! 殺せぇ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りまくっていた。
実際のトコロ。
今まで見た事もない和斗の戦い方に、観客は時間を忘れて見入っていた。
時間稼ぎは大成功だ。
ザガンの打撃を受け流し、カウンターで攻撃を当てる戦い方。
更に受け流す方向をコントロールして、ザガンの死角から攻撃。
そして死角に入ると、相手のバランスを崩してからの投げ。
どれをとっても、この世界の人間が見た事もない技ばかり。
こうして2時間半という、長いファイトの最後に。
和斗は、この世界にはない演出を披露する事にした。
「あたたたたたたたたたたたたたたたた!」
あの有名な掛け声と共に。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
和斗は拳の雨をザガンに叩き込む。
もちろん殺さないように、手加減はしている。
しかしその拳の雨は、ファイターメイルを粉々に打ち砕き。
「ぐはぁ!」
ザガンを壁に叩き付けた。
それから数秒後。
ザガンはズルズルと壁からずり落ち、ピクリとも動かなくなる。
そして。
「勝者、カズトぉ!!!」
和斗の勝利を告げるアナウンスが会場中に響き渡った。
と同時に医療チームがザガンに駆け寄り治療を始める。
そして観客は。
「ス、スゲエ!」
「なんてファイトだよ!」
「あんなラッシュ、始めて見た!」
「こんな見ごたえのあるファイト、始めてだ!」
「それに、あのフィニッシュ!」
「目にも留まらない拳の雨だったぜ!」
「いやぁ、いいモン見たぜ!」
「ひょっとしたらゲスラーよりも強いんじゃないか!?」
「やっぱオマエが最強だ!」
この派手なフィナーレに熱狂したのだった。
一方、アズブルックは。
「くそ! ザガンでも倒せなかったか!」
椅子を床に叩き付けて、悔しがっていた。
2021 オオネ サクヤⒸ




