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   第七十四話  しくじりました


 



「しくじりました。まさか、これほどの手練れが警備していたなんて……」


 そう口にしたフィオの体には、深い傷が何ヶ所も刻まれていた。


「フィオ、しっかり!」

「一体、誰に!?」

「フィオが、ここまで深手を負うなんて」


 リムリア、ジュン、ルアーブルが騒ぐなか。

「顔は見られていませんが、カズトさんの部屋に転がり込むのを見られたかもしれません。今すぐサンクチュアリを脱出しましょう」


 フィオが、無理やり立ち上がる。

 そんなフィオを、和斗は押しとどめる。


「まだ俺達が調査してるってバレたワケじゃないんだな?」

「多分。でも、今ここに踏み込まれたら、一目瞭然です。私が傷だらけで、スイートルームは、その私の血が飛び散っているのですから」


 フィオがそう口にした瞬間。


 ドンドンドンドンドン!


 スイートルームの扉が乱暴に叩かれた。


「特別警備の者だ! 怪しい者を追いかけている! この扉を開けろ!」


 マズイ。

 フィオの怪我ならもう、メディカルで治療を終えている。

 しかし和斗が使えるのは、メディカルとリロードとポジショニングだけ。

 血塗れの部屋はどうしようもない。

 この部屋を見られたら、どう言い訳をしても怪しまれてしまうだろう。


「どうした、さっさと開けろ!」


 怒鳴り続けている声に、和斗も怒鳴る。


「こんな夜中に、いきなり扉を開けろって怒鳴りまくる、オマエ達こそ怪しい者じゃないのか? 扉を開けて欲しいなら、怪しい者じゃないコトを証明しろ!」


 とにかく時間を稼ぐ。

 そして稼いだ僅かな時間を無駄にせず、考える。


 どうしたらいい?

 どうしたら調査を続けられる?

 どうしたら怪しまれずに済む?

 必死に考える和斗に、扉の外から穏やかな声が。


「この者達の身分はワタシが保証します。カズトさん、ワタシのコトは覚えているでしょう? サンクチュアリへの招待状を渡した者です」


 その声には覚えがあった。

 バルフールを倒した和斗に話しかけてきた男の声だ。

 サンクチュアリのナンバースリー、アズブルックとフィオが言ってたっけ。

 これはもう、時間稼ぎできない。

 冷や汗を流す和斗の脳裏に。


――装鎧状態ならクリーニングを発動できます。


 サポートシステムの声が響いた。


「そ、そうか!」


 和斗はマローダー改を纏うと同時にクリーニングを発動。

 即座に装鎧を解除すると、スイートルームの扉を開けた。


「もちろんですよ、アナタの事は、よく覚えています」


 愛想笑いで出迎える和斗に、アズブルックも微笑み返す。


「それは良かった。ところで我々は、侵入者を探しています。その侵入者探しに協力して頂けますかな?」

「どうぞ、アナタの言葉なら信用しますよ」


 和斗はアズブルックを部屋に招き入れる。


「では失礼するよ」


 そう言いながら入ってくるアズブルックに、4人の獣人が続く。

 全員、犬の獣人のようだ。

 その犬の獣人達は和斗の部屋をくまなく探す。

 が、証拠など見つかる筈がない。

 だからアズブルックは部屋の中を確認した後。。


「カズトさん、ご迷惑をおかけしましたね」


 優雅な動作で、礼を口にした。


「まあこれもサンクチュアリの治安の為の警備の一環ですので、ご勘弁ください」


 そう付け加えるアズブルックに、和斗は微笑んで見せる。


「今後、もし同じようなコトが起こった場合、無用な衝突を避けたいので、後ろの人達を紹介してもらえませんか?」


 和斗の言葉に、アズブルックの微笑み返す。


「そうですね。円滑に協力して貰えるよう、紹介しておきましょう。特別警備のアン、ドゥー、トロワ、カトルです」


「わかりました。今後は、その人達に協力を惜しみませんよ」

「ありがとうございます。ではこれで失礼」


 アズブルックが扉を閉め、気配が消えたところでルアーブルが漏らす。


「アン、ドゥー、トロワ、カトルか。ランス領の方言で、1,2,3,4。名前を教える気ゼロですね」


 その言葉にフィオが続ける。


「あるいは、いざという時に備えて、互いに本名すら明かさないよう数字で呼び合っている組織かもしれません」

「もしそうなら、かなり手強い相手だな」


 顔をしかめるジュンに、和斗は頷く。


「ああ。それほどの相手なら、俺達の事を怪しいと思ってるだろうな。今日のところは大人しく引き上げたが、今後は何をしてくるか分からないと思っていた方がイイだろうな」


 難しい顔になる和斗に、リムリアは明るく言ってのける。


「でもアズブルックが犯罪組織の一員ってコトは間違いないんじゃない? それが判明したんだから、フィオの怪我は無駄じゃなかったね」


 その言葉に苦笑いを浮かべてから、フィオは真顔になる。


「そう言ってもらえると、少しは気が楽になりますが、敵も今まで以上に警戒するでしょう。状況は一段と厳しいモノになってしまいました」


 最後には俯いてしまうフィオに、リムリアがニッと笑う。


「だから、暗くならない! 最悪の場合は、分かってる犯罪者をカズトに叩きのめしてもらって、調査をやり直したらイイだけなんだから」


 その能天気な言葉に、フィオはプッと吹き出す。


「そうですね。頑張るだけ頑張ったら、後は運を天に任せるしかないですよね。そう考えたら気が楽になってきました。じゃあ、また明日から頑張りましょう」


 そして、調査方針を話し合った次の日。

 とりあえず、情報収集に力を入れる事になった。


 食堂で。

 浴場で。

 訓練室で。

 ファイターメイル調整室で。


 ありとあらゆるトコで人々に気さくに話しかける。

 その反応から、犯罪組織と無関係な者。

 まちがいなく犯罪組織の一員である者。

 そして、どちらか分からない者に分類していく。

 最後の瞬間に、一網打尽にする為に。


 と同時に、証拠集めも急ぐ。

 組織員を拷問した事がバレる、3週間以内が勝負だ。

 もちろん特別警備の連中にバレないように。


「とは言っても、絶対に疑われてるよね」


 大食堂に全員で集まって、食事をしながら情報を交換する中。

 盛大に溜め息をついたリムリアに、フィオが頷く。


「間違いないでしょうね。あの後アズブルックは、カズトさんのスイートルーム以外の部屋を、調査していませんでした。私がカズトさんの部屋に逃げ込んだと確信していたからでしょうね」

「じゃあ、ナンでボク達を放置してるんだろ?」

「放置しているというより、始末するタイミングを狙っているのでしょうね。あるいはワタシがカズトさんのチームに紛れ込んでいるだけ、という可能性もあるからかもしれません」


 慎重に言葉を選ぶフィオに、和斗は呟く。


「さて、どんな手段で狙ってくるんだろ? できれば俺を狙って欲しいモンだ」

「どうして?」


 不思議そうな顔になるリムリアに、和斗はドンと胸を叩く。


「俺なら、どんな汚い真似されても跳ね返せるからな。まあリムも心配いらないだろうけど、フィオやジュン、ルアーブルが狙われたら危険だ」


 和斗の言葉に、ジュンとルアーブルが顔をとろけさせた。


「カズトが心配してくれるなんて……」

「師匠、そこまで私のコトを……」


 二へ二へと笑うジュンとルアーブルに、フィオが厳しい声を上げる。


「喜んでいる場合じゃありませんよ」


 が、そう言うフィオの顔も嬉しそうだった。

 と、そこで不機嫌になる人物が。


「はいはい、カズトが心配しなくても、フィオとジュンとルアーブルはボクが守るから心配しなくてイイよ」


 リムリアがフィオをグイッと引き寄せた。

 その瞬間。


 ヒュ!


 フィオの頭があった位置を、矢が通り抜け。


 ズカッ!


 壁に深々と突き刺さった。


「「「「!」」」」


 リムリア、フィオ、ジュン、ルアーブルが息を呑む中。


「リム、防御結界!」


 和斗は一言叫ぶと、矢が飛んで来た方向へと駆け出す。

 しかし。


「誰もいない、か」


 怪しい者を見つける事ができずに、皆の元へと戻るしかなかった。







 時を戻そう。


 アズブルックが、和斗の部屋から出ていった後。


「侵入者は、あのフィオという豹の獣人です」


 犬の獣人はアズブルックに、そう報告したのだった。


「確かかね?」


 アズブルックの問いに、犬の獣人は自信満々に答える。


「間違いありません」

「キミがそう言うのなら、間違いなさそうだな。なにしろキミは、ブラッドハウンドの獣人なのだから」


 ブラッドハウンドとは、筋骨隆々の大型犬だ。

 アゴの力も強く、手負いの獲物をしとめる戦闘力を持つ。

 だが1番の特徴は、その嗅覚だ。

 嗅覚に優れた犬の中でも、トップの嗅覚を持つ。

 その優れた嗅覚により、フィオの臭いを嗅ぎ付けたらしい。


「深手を与えた筈なのに傷は消えていましたし、血の痕跡もありませんでした。しかし、あのフィオという豹の獣人の匂いは、間違いなく侵入者と同じもの。絶対に、あの豹の獣人が侵入者です」


 言い切るブラッドハウンドの獣人に、アズブルックは考え込む。


「ふむ。カズトのチーム全員が侵入者の仲間なのか? それとも侵入者は単独で行動していて、カズトのチームを利用しているだけなのか? カズトは今、注目のメイルファイターだ。侵入者と無関係である事を祈りたいが、何もしない訳にはいかないだろうな」


 そしてアズブルックは、冷たい目で呟く。


「とりあえずフィオという娘を始末するか。その後、カズト達が、どう行動するかで仲間かどうか判断する」

「では、アサシン班に任せるのですね」


 ブラッドハウンドの獣人の言葉に、アズブルックは頷く。


「うむ。捜索能力はキミらが最高だ。しかし暗殺は専門ではない。やはり暗殺は暗殺のプロに任せるべきだろう。今までサンクチュアリの邪魔となる者を秘密裏に処理してきた暗殺の専門家集団、アサシン班にな」

「今すぐ招集しますか?」


 ブラッドハウンドの獣人の問いに、アズブルックは当然とばかりに頷く。


「うむ。邪魔者を処理するほは、早ければ早いほど良い」

「何名ほど呼び寄せましょうか?」

「そうだな。10名ほどでよい」

「分かりました。腕の立つ者を10名、招集します」

「ああ、急いでくれ」

「は!」


 こうしてアズブルックは、10名のアサシンに。


「カズトチームと共に行動している、フィオと言う名の豹の獣人を殺せ」


 そう命令を下した。

 そして翌日。

 アサシン班は大食堂でフィオを狙い、失敗したのだった。

 この失敗にアサシン達は。


「このままでは、我らの存在意義に関わるぞ!」


 必死に襲撃を続けるが。


「リム。常にサーチを展開して襲撃からフィオを護って欲しい。出来るか?」


 という和斗の言葉に。


「もちろん! マローダー改のステータスの一部を得てから、魔力が物凄く上がったから楽勝だよ!」


 自信満々で頷いたリムリアによって、暗殺は全て失敗に終わったのだった。

 だがアサシン達は諦めない。


「寝ているトコロを狙う。いくら腕利きだろうと、寝ている時に襲撃を受けたら一たまりもない筈だ!」


 という事でアサシン達は。

 この日の真夜中に、和斗の部屋に忍び込んできた。

 しかしアサシン達が目にしたものは。


「何だ、コレは!?」


 スイートルームの中に停車したマローダー改の姿だった。


「なぜこんな所に鉄の箱が?」


 アサシン達は考え込むが、直ぐに納得顔になる。


「なるほどな、この中で身を護りながら寝ているのか。たしかに防御力は高そうだな。しかし、どんな場所にも忍び込んで、暗殺を遂行するのがアサシンだ。全員で侵入できそうな所を探すぞ」


 アサシン達は、一斉にマローダー改を取り囲んだ。

 そして必死に中に忍び込もうとするが。


「何だ、この扉は!」

「鍵穴が無いぞ!」

「隙間すら無い!」

「力ずくで開けろ!」

「無理だ、ビクともしない!」

「なら壁に穴を開けろ!」

「ダメだ、ドリルが全部ヘシ折れた!」

「こうなったら毒ガスを使え!」


 しかし努力も虚しく朝が訪れ。


「何だ、キサマ等」

「いかん! 撤退!」


 目を覚ました和斗に発見され、アサシン達は一目散に逃げ出したのだった。





2021 オオネ サクヤⒸ

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