第七十三話 1歩手前
「アニキ! このご恩は一生忘れません!」
大声を出す豹の獣人に和斗は苦笑する。
「大げさなコト、言わなくてイイよ。同じサンクチュアリの仲間なんだから」
そう和斗が口にした瞬間。
豹の獣人が急にシュンとなる。
「それが自分、今ランキング248位なんス。そしてアニキが5位になって全員のランキングが下がったから、3日以内に誰かに勝って、そのランキングを奪わないと、自分はサンクチュアリを追い出されるんッス。だから……最後にアニキに優しくされて嬉しかったッス!」
無理やり笑顔を作る豹の獣人に、和斗は構える。
「なら最後の記念に俺と練習しないか?」
和斗の提案にキョトンとする豹の獣人だったが。
「はい! サンクチュアリ最後の思い出に、アニキの胸を借して頂くッス!」
そして和斗が豹の獣人の攻撃を、暫く受けた後。
「なあジュン、ルアーブル。どう思う?」
和斗はメイルファイター2人に聞いてみた。
「なかなかのモンだ。ランキング最下位の戦いじゃない」
「その動きなら中位ランカーでもオカシクないと思います」
「という事は?」
和斗の問いに、ルアーブルが答える。
「ファイターメイルの性能が低いんだと思います」
「そうか。なら性能の良いファイターメイルを手に入れるには、どうしたらいいんだ?」
「金さえあればファイターメイル工房でオーダーすれば良いけど、最下位ランカーが払える金額じゃありませんよ」
サンクチュアリでは食事も宿泊も無料だ。
その分、下位ランカーのファイトマネーは低い。
下位ランカーは1試合、10万ユル。
上位ランカーは1試合、30万ユル。
32位以内は1試合、100万ユル。
毎日メイルファイトをして稼げばいい、と思う者もいるだろう。
しかし回復魔法では、毎日の闘いで蓄積した怪我を治す事は出来ない。
老人に回復魔法をかけても若返らないのと同じだ。
毎日メイルファイトをしていたら、直ぐに引退に追い込まれるだろう。
だからトレーニングに励み、鍛えながら上を目指す。
1か月に1~2回メイルファイトに挑戦するのが普通だ。
「数千万から1億するファイターメイル購入なんて、ほぼ不可能です」
ルアーブルが、そう締め括ったトコで、和斗は豹の獣人に向き直る。
「ところで名前は?」
「え? レパード……自分、レパードっていうッス」
「そうか。レパード、付いて来い。ルアーブル、ファイターメイル工房に案内してくれないか」
「え? は、はい」
という事で、和斗はルアーブルの案内でファイターメイル工房に到着すると。
「コイツの為にファイターメイルを買いたい。2日以内に用意できるか?」
店主らしきドワーフに声をかけた。
「2日以内たぁ急な注文だな。ま、フルオーダーは無理だが、調整なんぞ2時間もあれば十分だ。で、どれがいい?」
主人が工房に並ぶファイターメイルを指し示す。
「そうだな、オレにファイターメイルの良し悪しは分からないし……ジュン、ルアーブル。レパードの練習を見てたろ? どれが良いと思う?」
その質問に。
「これだな。力強化レベル25。防御力・魔法防御力強化レベル20。速度強化レベル10。衝撃力緩和90%。常態異常耐性レベル8。全てが高いレベルでバランス良くまとまっている」
「これでしょうね。さっき見たレパードの戦い方から判断して、このファイターメイルが1番レパードの長所を引き出してくれます。それに攻撃魔法を撃ち出すファイターメイルもありますから、魔法防御が高いのも高評価です」
ジュンとルアーブルが同じファイターメイルを指差した。
「「けど……」」
そして2人が声を揃えたのは、値段が2億ユルだったからだろう。
「アタシじゃあ一生戦っても稼げる額じゃないな」
「私も無理でしょうね。ましてやレパードのランクでは、買うコトは不可能です」
ジュンとルアーブルがヒソヒソと話すなか。
「じゃあこのレパードに合わせて調整してくれ」
和斗はアッサリと言い切った。
これにはジュンもルアーブルも驚くが。
「えええええええ!?」
1番驚いたのはレパードだった。
「ア、ア、アニキ! 2億なんて金、自分には無理ッス!」
「オマエに払えとは言ってない」
和斗は平気な顔でそう言うと。
「代金だ」
プラチナ貨がギッシリと詰まった革袋を取り出す。
「ア、アニキ!?」
オロオロしているレパードに、和斗は言い聞かせる。
「手伝って欲しいコトがある。ただし、これはかなり危険な事だ。だからこれは報酬プラス危険手当だ。どうするレパード? ファイターメイルを受け取って、俺を手伝うか?」
「もちろん手伝うッス!」
「そうか。なら宜しく頼む」
即答するレパードに頷いた後。
「?」
視線を感じて振り返ってみると、そこにはジュンの羨ましそうな顔が。
「そういやジュンのファイターメイルは壊されてしまったんだったな。ジュンもファイターメイルをフルオーダーしたらどうだ? 金は俺が出すぞ」
「いいのか!? カズトぉ、ありがとな! やったぁ!」
飛び上がって喜ぶジュンに、今度はルアーブルがイジける。
「いいなァ、師匠からのプレゼントかァ。いいなァ」
「……ルアーブルも頼め」
「師匠、ありがとうございます!」
「よかったな、ルアーブル!」
「うん、ジュンちゃん!」
ルアーブルはジュンと手を取り合って喜んでる。
いつの間に、こんなに仲良くなったのだろう。
などとジュンとルアーブルを眺める和斗に。
「フルオーダーとなると、1週間はかかるぞ」
店主が声をかけてきた。
「急がないでいいから、丁寧に仕事してくれ」
和斗の返事に店主は面々の笑みをこぼす。
「特上の客だな。で、予算は?」
「幾らかかってもいいぞ。100億でも1000億でも」
「おいおい、さすがに100億もするファイターメイルを作れないわい。しかし20億ユルの価値があるファイターメイルくらいなら作れるが……本気で言ってるのか? おそらく世界一高価なファイターメイルになるぞ?」
今の和斗にとって、20億ユルなど、何時でも稼げる額。
だから和斗は、SSS超級の認識票を見せると。
「18兆8000億ユルある。だから心配いらん」
と預金額を店主に見せる。
「へえ、18兆8000億ユルとは大きくでたな……って、本当に18兆8000あるじゃねぇか!」
店主は何度も和斗の認識票を確認した後。
「特上どころか、極上の客だぜ。くう、金に糸目をつけずに、自分の持っている技術を惜しげなく注ぎ込んだファイターメイルを作れるなんざぁ、メイルファイター職人冥利に尽きらぁ! よーし、俺のファイターメイル職人人生で最高のファイターメイルに仕上げやるぜ! がははははははは!」
実に楽しそうに大笑いしたのだった。
そんなやり取りの後。
レパードのファイターメイルを調整して貰って、サンクチュアリに戻ると。
「レパード。そのファイターメイルを使いこなす訓練をするぞ」
和斗はレパードの訓練を始めたのだった。
特に訓練が必要なのは、アップした性能に適応する事だ。
例えるなら、軽自動車からレーシングマシンに乗り換えたようなモノ。
新しいマシンに慣れないと事故を起こすのは目に見えている。
だから新しいファイターメイルに慣れ、その上で使いこなせる必要があるのだ。
そして3日後。
「アニキ、やったッス! これでサンクチュアリを追い出されずに済んだッス!」
レパードは、追い出されるどころかランキング113位を獲得したのだった。
サンクチュアリで行われるメイルファイトには、幾つかの規則がある。
『ランクが上のメイルファイターなら、名指しで挑戦できる』
というのも、その規則の1つだ。
和斗はレパードにその規則を使わせて、あの牛の獣人に挑戦させたのだ。
もちろん結果は快勝。
優秀なファイターメイルを手に入れた、若き才能の敵ではなかった。
「しかも、これで特別食堂と特別大浴場で情報を収集する人員も確保できた、という事ですね。まあカズトさんでも可能ですが、今や有名過ぎて、普通に話を聞くのは難しいでしょうから」
ニッコリと笑うフィオに、リムリアが尋ねる。
「で? 立ち入り禁止区の方の調査は上手くいってるの?」
「それが、なかなか進まなくて。やっぱりランス最大の犯罪組織だけあって、物凄く警戒が厳しいのです。このままでは、かなり時間がかかると思います」
顔を曇らせるフィオに、和斗は提案する。
「じゃあ思い切って、力ずくで家探ししてみるか?」
「それは最後の手段ですね。その前に、1歩手前の手段を取りましょう」
「1歩手前?」
「はい、1歩手前です」
フィオは悪い顔でクフフと笑ったのだった。
その日の夜。
「で、これが1歩手前?」
そう声を上げたリムリアの前には、グルグル巻きにされた男が転がっていた。
「はい。犯罪組織に関わっていること間違いなしのメイルファイターです。ランキングは94位ですが、2日前にメイルファイトしてますから、3週間ほどは試合を組まれるコトはないと思われます」
「で、コイツを締めあげて、情報を吐かせるってワケだね」
「はい」
フィオは感心するリムリアに小さく笑うと、表情を一変させる。
「犯罪で得た金品の記録がある筈。構成員の名簿もね。それを保管している場所はドコ?」
フィオの質問に、男より速くリムリアが口を開く。
「奪った金品の記録? そんな記録、残すかな? 見つかったら身の破滅だよ?」
「いいえ、これだけ巨大な組織だというのに、驚く程効率よく活動しています。それには綿密な計画と、統率された組織が不可欠です。そんな組織が収入と支出を計算して記録していない筈がありません」
「なるほどね」
リムリアが納得したところでフィオは尋問を再開する。
「というワケで、保管場所はドコ?」
「なァんのコトだか分かんねェな」
「ま、想定内の反応ですね」
フィオは、ふてぶてしく笑う男の指に手を伸ばすと。
ボキ。
何の躊躇もなくへし折った。
「ぐぎゃぁあああ! な、なにしやがる!」
喚く男を無視して。
ボキ。ボキ。ボキ。ボキ。
「あぎゃ! ふぎ! ぎゃひぃ! ひぃぃぃ!」
フィオを残った4本も、順番にへし折っていった。
そしてフィオが。
「さて、次は、と」
反対の手の小指を握ると。
「や、やめてくれェ! 何でも喋る! 何でも喋るから、もうやめてくれぇぇ!」
男は泣きわめきながら喋り出す。
「資料は支部長会議室に保管されてる! 支部長と、支部長会議の書記長が組織の行動を仕切ってるから!」
支部長とは、メイルファイトが行われているランス各地を仕切る責任者の事。
つまり各地の責任者は全員、犯罪組織の構成員という事になる。
どうやらゲスラーは、一大犯罪組織をランスに作り上げているようだ。
「記録があるとしたら支部長会議室か、書記長室の金庫の中だ!」
泣き叫ぶ男に、フィオは刃物のような視線を向ける。
「本当? もしもウソだったら、足の指もへし折りますよ? いえ、斬り落とした方がいいかもしれませんね」
「ウソじゃねェ! シゴトをした時は、詳細を支部長会議に報告するようになってるんだ! だから記録が残ってるに違いねェ!」
「……一応、信じてあげます。でも記録がなかったら、その時は『早く殺して下さい』と言わせてあげますね」
ニッコリと笑うフィオに。
「フィオって怖いコだったんだね」
リムリアがうわ――、と声を上げた。
そんな引き気味のリムリアに、ジュンが平気な顔で答える。
「そうか? こんなの尋問の初歩の初歩だろ?」
「まだ甘い。私なら、もっと速く口を割らせてたわ」
ルアーブルの言葉にリムリアは顔をひきつらせた。
「ボクには付いていけない世界だ……」
そんなリムリアに、フィオが明るく笑う。
「悪党に人権は無い、と偉大な魔導士も言ってたじゃないですか、だから構わないでしょう」
そしてフィオは顔を引き締めた。
「とにかくこれで、証拠の書類が保管されている場所がわかりました。さっそく今夜、忍び込んで手に入れてきます」
「気を付けてね」
心配するリムリアに、フィオは頷く。
「はい。調査担当として頑張ります」
そしてフィオはスッと姿を消した。
まるで忍者だ。
きっと盗賊としても、優秀な腕なのだろう。
と思ったのだが、この日の深夜。
「スミマセン、しくじりました……」
和斗のスイートルームに、フィオが血塗れで転がりこんで来たのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ