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   第七十話  メイルファイトデビュー





「ぐ……」


 ジュンは口から血を吐きながらも立ち上がろうとするが。


 ガコン!


「ぎゃ!」


 バルフールの蹴りを頭に食らって吹き飛んだ。


「ま、まだだ……」


 それでもジュンは起き上がろうとするが。


 ドガ!


 全体重をかけたバルフールの脚が、ジュンの腹に踏み下ろされ。


「おげぇぇ!」


 ジュンの口から大量の血がバシャッと飛び散った。

 そしてジュンの体からガクリと力が抜けると。


「勝者、バルフール!!」


 スーツ男が、高らかに宣言した。

 その声と共にバルフールは両手を突き上げ、観客の歓声に包まれる。

 同時に数名の男がジュンに駆け寄り、ファイターメイルを脱がす。

 それを目にしたリムリアがフィオに尋ねる。


「ねえフィオ、あれは何してるの?」

「医療チームです。メイルファイトを行うには、必ずランス領が認定する医療チームを用意しなければならない規則ですから。なにしろ観光の目玉ですから、死人を出すワケにはいかないのです」

「死者が出たら、娯楽というより処刑を見せて金をとるのと変わらないもんね」


 リムリアの言葉にフィオが頷く。


「はい。メイルファイトが目指すのは、あくまで観光客が楽しめる試合です。一部の者だけが熱狂する、殺し合いではないのです」


 とフィオが説明したところで。


「アタシは負けたのか?」


 ジュンが意識を取り戻す。

 が、直ぐに起き上がると。


「バルフール!」


 ジュンがバルフールに掴み掛かった。


「汚ねぇマネしやがって!」


 しかしジュンは生身で、バルフールはファイターメイルを装着したまま。

 だからジュンは。


「うるせえよ!」


 ドン!


「はぐ!」


 バルフールの一突きで吹き飛ばされてしまった。


「チクショウ!」


 直ぐに飛び起きるジュンだったが、そこでバルフールが怒鳴る。


「オレが汚い真似をしたってんなら証拠を出しやがれ!」

「く! そ、それは……」


 口ごもるジュンにバルフールがまくし立てる。


「証拠が無いのなら、それは負け犬の遠吠えだろ! それより。賭け金300万ユルの事を忘れてないだろうな?」

「う」


 顔色を変えるジュンに、バルフールが続ける。


「さっさと金を払え。でなきゃぁ」


 そこでバルフールは、ジュンに欲望で濁った目を向けた。


「オマエはオレの奴隷だ。ベッドでヒィヒィと言わせてやるよ」

「く」


 そしてバルフールは、唇を噛むジュンの、大きくて形の良い胸に手を伸ばす。


「くくくく。そうだ、そのまま動くんじゃねぇぞ、ジュン。オマエはオレに逆らう事は出来ないんだよ。金を返すまでな」


 が、その手を。


「やめろ」


 がし!


 和斗が握り止めた。


「何だ、テメェは!?」


 凄むバルフールに、和斗は淡々と告げる。


「俺とメイルファイトで戦え。俺の賭け金は5000万ユル。オマエの賭け金はジュンだ」


 和斗はそう言いながら革袋を取り出す。

 中身はプラチナ貨50枚、つまり5000万ユル。

 調査に先立って冒険者ギルドから引き出しておいたものだ。


「5000万だと!? マジかよ!?」


 目を見張るバルフールに、和斗は革袋の中を指し示す。


「プラチナ貨で50枚。これで文句ないだろ? それともインチキ無しじゃ怖くて戦えないか?」


 和斗の挑発にバルフールが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「なんだと! オレは実力で勝ったんだ! テメェなんかに負けるかよ!」

「そうか。じゃあ賭けは成立だな」


 ニヤリと笑う和斗を、ジュンが慌てて止める。


「ちょっと待ってくれよ! アンタの申し出は凄く有難いけど、バルフールのヤツは本当に強いんだ!」

「でもジュンより弱い。だろ? 汚い真似をされなかったら、医療チームに治療されていたのはヤツだった筈だ」


 そう口にすると、和斗はジュンの肩をポンと叩いた。


「あんな卑怯者に負けたりしない。ジュンの仕返しに、あの卑怯者をボコボコにしてくるから見ててくれ」

「あ、ああ」


 カクカクと頷くジュンに微笑んでから、和斗はスーツ男に声をかける。


「というワケでバルフールと戦いたいが、いいか?」


 和斗の提案に、スーツ男は満面の笑みを浮かべると。


「今夜のお客様は運が良い! このゴールドヘルムで開催されるメイルファイトでは不敗を誇るバルフールの戦いが、2回も観戦できるのですから!」


 声を張り上げた。


「先程賭けに負けたお客様は負けを取り返すチャンスです! 勝ったお客様は 儲けを倍にするチャンスです! メイルファイト開始は10分後です! では皆さま! どちらのメイルファイターに賭けますか!?」


 その言葉と同時に、観客は賭けの受付に殺到する。

 そして10分後。

 賭けは締め切られ、和斗は酒場の中央でバルフールと向かい合う。


 オッズは和斗が10で、バルフールが2。

 つまり多くの観客は、バルフールの勝ちに賭けているワケだ。


 そんな中。

 リムリアとフィオは酒場の片隅でニヤニヤと笑っていた。


「ま、不敗のチャンプなんだから、そんなモンか」

「そうですね。カズトさんがSSS超級の冒険者だなんて知る者は、ココにはいないでしょうから」

「これで一儲けできるね。フィオ、元手を貸そうか?」

「いえ、ここで目立ってしまうと後々やりにくくなってしまいます。だから5万ユルを賭けるだけにしておきますよ」


 フィオの指摘にリムリアは残念そうな顔になる。


「そういえばそうだね。ちぇ、大儲けのチャンスだと思ったんだけどな」


 ジャラ! 

 とプラチナ貨が詰まった革袋を鳴らすリムリアに、フィオが微笑む。


「リムリアさんもSSS超級の冒険者なんですから、その程度の金額なんて直ぐに稼げるじゃないですか。それよりもカズトさんが、サンクチュアリにスカウトされるコトを祈りましょう。でないと、毎晩メイルファイトをする事になっちゃいますから」

「ボクはそれでも構わないけどなァ。何か面白そうだし」


 アッサリと言ってのけるリムリアに、フィオは苦笑する。


「それでは時間がかかり過ぎてしまいますよ」

「それもそっか」


 とリムリアが納得している頃。


「ファイターメイルはどこにあるのかね? それにメカニックは? このままではメイルファイトにならないぞ」


 和斗は心配顔のスーツ男に声をかけられていた。


「ここまで盛り上がった以上、コチラとしてもメイルファイトを行ってもらわないと困るのだが」

「安心しろよ。まあ、見ててくれ」


 和斗は、そんなスーツ男をなだめると。


「装鎧」


 装鎧を発動させ、マローダー改を身に纏った。

 そんな、いきなり鎧姿になった和斗に。


『な!!?』


 スーツ男もバルフールも、そして観客も呆気にとられた。

 見た事もない光景に、酒場中がシンと静まり返る。

 そこに。


「ワタシが開発した新しい魔方陣よ! ワタシは彼のメカニック、フィオ! そして彼の名はカズト! この名前を忘れないようにね!」


 フィオが声を上げた。

 どうやらサンクチュアリに対するアピールらしい。

 仕事熱心だな、と感心しながらも和斗はスーツ男に向き直る。


「これで文句ないだろ?」

「あ、ああ」


 さすがプロと言うべきか。

 スーツ男は何事もなかったようにメイルファイトの手順を進めていく。


「レッドスタンドぉぉぉ! 勇気ある挑戦者ぁぁぁ! 未知のファイターメイルを纏う謎のメイルファイター、カズトぉぉぉ! ブルースタンドぉぉぉ! ゴールドヘルムが誇る、不敗のチャンピオン! バルフールぅぅぅ!」


 続いてスーツ男はカウントを始めた。


「10! 9! 8! 7! 6!」


 さっきと同様、バルフールのファイターメイルに魔方陣が浮き上がる。

 しかし当然ながら装鎧には魔方陣など浮き上がらない。

 それを目にした観客が騒ぎ出すが。


「心配しないで! 最新型の、内蔵型魔方陣よ!」


 フィオの言葉で、騒ぎかけた観客も試合に集中し直す。

 その間もカウントは進み、そして。


「ファイト!」


 スーツ男が叫び。


「5000万ユル、いただき!」


 バルフールが全力で拳を叩き込んできた。

 その拳は。


 ガッコォォォォォン!


 まるで爆弾が炸裂したような轟音と共に、和斗の顔面に命中した。

 その床まで揺らす一撃に、ジュンは思わず目を逸らす。


「ああ、バルフールの渾身の一撃を食らうなんて……カズトぉ、ゴメンよ! アタシを庇った為に、こんなコトに……」


 ジュンは目に涙を浮かべながら、そう呟くが。


 パシン。


「アイタぁ―――!」


 リムリアに尻を叩かれて、ジュンは飛び上がった。


「ナニすんだよ!」


 涙目で食ってかかるジュンに、リムリアは和斗を指差す。


「よく見て」

「ああ? ええええ!?」

 1ミリもその場を動いていない和斗の姿に、ジュンは目を見開く。


「な、なんで? バルフールの一撃は城壁すら撃ち抜くんだぞ? それを食らっていながらビクともしてない? ど、どうなってんだ?」


 呆然としているジュンに、リムリアはニヤリと笑う。


「まだまだ、こんなモンじゃないよ」


 そのリムリアの言葉通り。


「うお! くそ! 倒れろ! 倒れろぉぉぉ!」


 バルフールは何度も何度も和斗に拳を叩き付けるが、和斗は微動だにしない。


「ナンだ? やっぱりインチキ無しじゃ、こんなモンなのか?」


 メカニックを買収してジュンのファイターメイルに細工をした事。

 ジュンを必要以上に痛めつけた事。

 ジュンを欲望丸出しの汚い手で触ろうとした事。

 和斗は、その全てに腹を立てていた。

 

 こういうヤツは単に倒しただけでは復讐心を煽るだけ。

 心までへし折らないと、また同じ事をする。

 まるでクーロンのカス供のように。

 だから和斗は、更に言葉でバルフールを追い詰める。


「ジュンのファイターメイルに小細工してやっとで勝った弱虫の拳なんか、痛くも痒くもないぞ。ジュンの拳だったら、こうはいかないだろうけどな」

「くそぉおおおおお!」


 和斗の嘲りに、バルフールは我を忘れて連打を繰り出してきた。

 その連打を避けもせず、和斗は続ける。


「まるで舞い散る桜の花吹雪のように軽い拳だな。根性が腐ったカスは、拳まで腐っているのか?」

「ちくしょぉおおおおおおお!」


 バルフールは正気を失ったみたいに、殴る事を止めない。

 だが和斗にダメージを与える事など出来るワケがない。

 なにしろ鋼鉄で出来た惑星を殴るのと同じなのだから。

 やがて。


 ピシ。ピキ。ピキキ。


 バルフールの拳に亀裂が入った。

 バルフールは、それでも殴り続けるが。


 バカァン!


 遂にバルフールの手甲は砕け散ったのだった。


 もちろんバルフールの拳も無事では済まない。

 骨は砕け、その一部が皮膚を突き破って飛び出している。


「こんな馬鹿な……今まで、どんなファイターメイルだろうと撃ち砕いてきたオレの打撃特化型ガントレットが……」


 血塗れの拳を見つめながら弱々しく呟くバルフールに。


「今度は俺が攻撃する番だな」


 和斗はスッと拳を突き出した。


 そのスピードは、3歳児のパンチよりも遅い。

 しかしその拳には、マローダー改の質量24万トンが乗っている。

 加えて和斗の質量4万8千tも。


 その合計28万トンを超える和斗の拳は。


 ごん。


 命中すると同時に、その重量を解放し、そして。


 バッカァン!


 バルフールのファイターメイルを、粉々に打ち砕いた。

 そのあまりにも凄まじい光景に、酒場はシィンと静まり返るが。


「勝者、カズトぉぉぉぉぉ!」


 スーツ男が高らかに宣言すると同時に、大歓声に包まれた。


 こうして和斗は。

 圧倒的強さを見せつけて、メイルファイトデビューを果たしたのだった。






2021 オオネ サクヤⒸ

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