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   第六十八話  メイルファイト





 ドラゴンオーガ祭りの後。

 オーギュは、和斗とリムリアを領主の館に招いた。


「ワラキアの姫は、長老達にカズト殿をパートナーにする事を認めてもらう為に旅しているのですよね」

「うん、そうだよ」


 言葉使いが小学生みたいなのは、リムリアの精神年齢が低いからなのだろう。

 だからだろうか。

 オーギュは気にした様子もなく、話を続ける。


「丁度良い事に、私の父も長老の1人。ワラキアの姫とカズト殿の事、私から父に話しましょう」

「ホント!」


 顔を輝かすリムリアに、オーギュが頷く。


「はい。さっそく案内しましょうか?」

「ぜひ!」


 という事で、オーギュに案内された先は。


「ここって……パラリス冒険者ギルド……だよね?」


 リムリアが呟いたように、パラリスの冒険者ギルドだった。

 ランス領の中心都市のギルドだけあって、立派な建物だ。

 5階建てで、要塞としても機能するように造られている。


「オーギュの父さんは、依頼を出す為にギルドに来てる、ってコト?」


 そんなリムリアに、オーギュは苦笑いを浮かべる。


「そうではなく……実は私の父は領主になる前、冒険者をしていたのですよ。しかも、かなり優秀な冒険者だったようです。だからでしょうか。私に領主を継がせた後、冒険者ギルドの副ギルド長になってしまったのです。これからは趣味に生きると言って」

「随分とアグレッシブな人だね」

「まあドラクルの一族の人生は永いですからね。自分の趣味に生きる人も多いのですが、領主を引退してから冒険者に舞い戻るのは珍しいと思いますよ」


 オーギュはもう1度、苦笑いを浮かべると。


「父上! 話があって参りました!」


 ギルドの入り口を潜った。

 その瞬間。


「バカ野郎! そんな気取った呼び方すんじゃねェよ!」


 野太い声が轟いた。

 声の主へと目を向けてみると、そこには1人の漢が。

 今のセリフからして、この男がオーギュの父なのだろう。


 しかしオーギュとは全くタイプが違う。

 身長は2メートルくらいだろうか。

 切り株のような首。

 鎧を着ているみたいに分厚い胸。

 普通の人間の脚ほどもある腕。

 岩を積み上げたような腹筋。

 丸太のような脚。

 まるで活火山のように、エネルギーに溢れた漢だ。


「で、何の用だ?」


 尋ねてくる漢に、オーギュが和斗とリムリアを紹介する。


「ワラキアの姫とカズト殿です。リムリア姫、カズト殿、私の父でパラリス冒険者ギルドの副ギルド長、シュッツガルドです」


 オーギュの紹介に、シュッツガルドが和斗に右腕を差し出す。


「噂には聞いてるぜ。ボルドーギルド長のゴリアテのヤロウが、SSS超級に認定したんだってな? あのゴリアテが認めるなんて大したモンだぜ! カズトだったか? オレはシュッツガルドてぇんだ、宜しくな」


 シュッツガルドは和斗の右手を握ってニヤリと笑う。


「ほう、こりゃあ本当にSSS超級だな。いや、それ以上だ。こいつは頼もしいヤツに会えたモンだ。がはははは!」


 シュッツガルドは豪快に笑ってから、リムリアに向き直ると。


「ワラキアの姫、パラリス冒険者ギルドにようこそ」


 右手を胸に添えて一礼した。


 どこから見てもガチムキの冒険者なのに、さすが元領主。

 その姿は貴族だけが持つ優雅さに溢れていた。

 が、直ぐに野人に戻る。


「で、オーギュ。まさかこの2人を紹介しに来ただけなんて言わないよな?」

「はい。ワラキアの姫は、このカズト殿を正式にパートナーにする事を長老達に認めて貰う為に旅をしています。そこでまず、父上に承認して頂きたいと思い、お連れしました。父上ならカズト殿がワラキアの姫に相応しい事を、一目で理解するでしょうから」

「ま、オレじゃなくても分かるわな。オレも永く冒険者やってるが、こんな凄まじい戦闘力を目にしたのは初めてだぜ」


 シュッツガルドの言葉にリムリアが目を輝かす。


「なら許可してくれるんだね!」


 が、そんなリムリアに、シュッツガルドが難しい顔を向ける。


「許可する事に依存はねぇんだが……ちょっとオレに付き合ってくれないか?」

「どこ行くの?」


 歩き出すシュッツガルドに付いていくと。


「ここだ」


 シュッツガルドは古代ローマの闘技場そっくりの建築物の前で立ち止まった。

 大きさは東京ドームの3倍ほどだろうか。

 とんでもなく大きな闘技場だ。


「ここナニ?」


 リムリアの疑問に。


「パラリス競技場ってのが正式名称なんだが、そう呼ぶヤツは誰もいない。まあここで説明するより見た方が早い」


 シュッツガルドはそう答えると、闘技場へと歩き出した。

 そして幾つもある入り口の1つにシュッツガルドは向かうと。


「入るぞ」


 入り口の両脇に立つ、制服を身に付けた獣人にそう告げて中に入っていく。


「カズト、ボク達も入ってみよ」

「あ、ああ、そうだな」


 続いて入ってみると、中は東京ドームによく似た造りだった。

 直径30メートルほどの広場を観客席が囲んでいる。

 収容可能人数は10万人くらいだろうか。


 その中央の広場で向かい合っているのは、2体の鎧だ。

 1体は、体のアチコチからスパイクが飛び出している鎧。

 明らかに武器として機能する位置にスパイクが装着されている。

 もう一体の鎧は、みるからに防御力を重視したもの。

 分厚い装甲板に覆われた、重装甲鎧だ。


「まあ座れ」


 シュッツガルドに勧められて席に付くと。

 トゲトゲの鎧と、重装甲の鎧が、審判らしき人物の合図で戦いを始めた。

 

 重い鎧を着ているのに、その動きは常人以上に素早い。

 そして打撃、投げ技、関節技など何でもありの戦いを繰り広げる。

 その戦い方は、試合というより殺し合いに近い。


 一方、観客の熱狂も凄い。

 必死に叫んでいるのは、自分が応援する選手の名前だろうか。

 野球やサッカーといったスポーツではあり得ない程、エキサイトしている。


「これがパラリス名物、メイルファイトだ。だから人は、ここをファイトサンクチュアリ、あるいは単にサンクチュアリって呼ぶんだが……メイルファイトを見るのは初めてか?」


 コクコクと頷く和斗とリムリアに、シュッツガルドは説明を始める。





 鎧は重いものなので装備すればスピードはダウンする。

 その欠点を補う為、速度強化の魔方陣を鎧に刻む者が出現した。

 そして鎧に刻む魔方陣の種類はドンドン増えていく。

 速度強化、力強化、魔力強化、自動回復……。

 同時に、この魔方陣を刻んだ鎧で戦う者も増えていった。


 特にこの魔方陣を刻んだ鎧を好んだのは獣人だ。

 獣人は本来、武器を使う事を好まない。

 そんな獣人にとって、魔法陣を刻んだ鎧は戦い易い物だった。

 武器を手に持たなくても、鎧自体が武器となるからだ。

 そして元々優れている身体能力も、更にアップしてくれる。

 この獣人好みの鎧に目を付けた軍が、試しに採用したところ。

 この魔方陣を刻んだ鎧は、戦場で絶大な威力を発揮した。


 しかし魔方陣を刻んだ鎧は、完全なるハンドメイド。

 全く同じ鎧は存在しない。

 だから誰の鎧が1番強いのかを競い合うようになる。

 これがメイルファイトの始まりだ。

 

 以後。

 魔方陣を刻んだ鎧はファイターメイルと呼ばれるようになった。

 逆にファイターメイルを装備して戦う者はメイルファイターと呼ばれる。


「元々はオレの生まれ故郷のジャーマニア領で発展したモンだが、ランス領に持ち込んだところ、大流行したってワケだ」


 シュッツガルドはそう締めくってから顔をしかめる。


「後はギルドで話す」


 そしてパラリス冒険者ギルドの副ギルド長の執務室に戻ると。


「今、メイルファイトで問題が発生しているんだ」


 シュッツガルドはそう切り出した。


「メイルファイトってのは、パラリスの名物だ。開催されるのはサンクチュアリだけじゃねぇ。地方や、ちょっとした酒場でも盛んに開催されてる。ローカルチャンピオンの中にゃあ、一財産築いたモンだっているくらい人気があるんだ」

「へえ、そんなに人気あるんだ」


 目を丸くするリムリアに、シュッツガルドはニヤリと笑う。


「オレも昔はメイルファイターとして鳴らしたもんよ。そして軍隊で手柄を上げて出世していったら、気が付いたらランス領の領主になってた、ってワケだ」

「メイルファイターなのに軍人になったの?」


 リムリアの質問にシュッツガルドが頷く。


「元々軍が採用したって言ったろ? 今でもメイルファイターは、基本的に軍に所属してるんだ。まあ普段は好き勝手やってるんだが、戦争が勃発した時は兵士として招集されるんだ」

「たしかに戦力として大きいね」


 納得するリムリアに、シュッツガルドが付け加える。


「それに冒険者ギルドには治安部門って部署があるんだ。この治安部門もメイルファイターを招集する権限が与えられている。治安部門は優秀かつ誠実な冒険者だけで構成されてるんだが、治安部門だけじゃ戦力に不安がある場合に限ってメイルファイターを強制依頼で招集する事ができるんだ」

「つまりメイルファイターはランス領にとってなくてはならない存在?」


 そう尋ねたリムリアに、シュッツガルドが頷く。


「その通りだ。観光の面でも娯楽の面でも治安の面でも軍事力の面でもな」

「ならナンの問題もないじゃん」


 そのリムリアの言葉にシュッツガルドが顔を曇らせた。


「ところがだ。殆どのメイルファイトじゃ賭けが行われてるんだ。さっきサンクチュアリで見たろ?」


 その瞬間。

 和斗の脳裏にサンクチュアリの熱狂が蘇る。


「なるほどな。金を賭けてたから、観客はあそこまで熱狂していたのか。つまり賭博が行われている事が問題なんだな」


 納得する和斗にシュッツガルドが首を横に振った。


「いや、賭け事はランス領では容認されている。というより観光の目玉でもある」

「じゃあナニが問題なの?」


 訳が分からない、という顔のリムリアに、シュッツガルドが怒りの声を漏らす。


「10年ほど前の事だ。ゲスラーって獣人がメイルファイターの統一チャンピオンになりやがったんだ。そしてゲスラーは、サンクチュアリでの試合を一手に仕切るようになった。裏で汚い手で使ってな。しかし、それだけなら許容範囲だった。問題なのは、質の悪いメイルファイターを集めて犯罪組織を作った事だ」

「犯罪組織?」

「そうだ。負けが込んだ客に高利で金を貸し、返せなかったら奴隷として売り飛ばす。妻や娘がいたら娼館で働かすんだ。最近は商売をしている者から勝手にショバ代を取り立て、あげくには麻薬や奴隷売買にまで手を出している。いや、盗賊に強盗、詐欺に誘拐。手を染めてない犯罪なんざぁ思いつかないくらいだ。」

「ナンでそんなヤツを野放しにしてるの!」


 怒りの声を上げるリムリアに、シュッツガルドは悔し気に唸る。


「証拠がないんだ。サンクチュアリは完全にゲスラーの支配下に置かれてて捜査に入れないんだ。捜査するなら、根拠を示せってな」

「そんなの強行調査したらイイだけじゃん」


 即答するリムリアに、シュッツガルドがパタパタと手を振る。


「いやいや、それをやったらメイルファイターと冒険者ギルドとの全面戦争になっちまう。サンクチュアリを自分の家みたいに考えているメイルファイターも多いからな。それに殆どのメイルファイターは善良なんだ。ちょっと荒っぽいだけで。だから悪いヤツだけ排除してぇんだよ」

「それってメイルファイトで、そのゲスラーってヤツを倒したらイイってコトなんじゃないの? 簡単じゃん」


 アッサリと言ってのけたリムリアに、シュッツガルドは溜め息をつく。


「さっき言ったろ? ゲスラーはメイルファイトのチャンピオンだって。とんでもない悪人で、最低のクズ野郎だが、その強さは本物だ。シャルルやレンヌじゃ到底敵わないほどのな。奴を倒せるヤツなんかランス領にはいねぇんだ」

「なら軍を派遣したら? 数の暴力の前じゃ、個人の強さなんか無力だよ」


 リムリアの言葉にシュッツガルドが苦笑する。


「カズトが1人でクーロンの侵略軍を壊滅させたのを見ておきながら、それを言うかねぇ? まあ、それは置いといて。それは世間から見たら、何の証拠もないゲスラーを軍が数の暴力で倒した、ってコトになっちまうんだ。そしたらメイルファイター達も黙っちゃいない。その結果、軍とメイルファイター達との全面戦争が始まっちまう。だから軍の派遣は無理なんだ」

「暗殺は?」


 これにもシュッツガルドは首を横に振る。


「それも考えた。だが既にゲスラー1人を殺して片が付く問題じゃなくなってるんだ。悪党全員を排除しないと意味がない」

「打つ手なしだね」


 お手上げのポーズをとるリムリアに、シュッツガルドがニヤリと笑う。


「だからサンクチュアリに潜り込んで、ゲスラーが作り上げた犯罪組織の全容を調べ上げてほしいんだ。カズトによ」

「「はぁ?」」


 声を揃えた和斗とリムリアに、シュッツガルドがパンと手を合わせる。


「頼む! これはオメェにしか頼めない事なんだ! オメェの強さに頼るしかねぇんだよ! オレの為じゃねぇ! 冒険者ギルドの為でもねぇ! パラリスの善良な人々の為に引き受けてくれ! 旅が遅れる分の埋め合わせは必ずするから!」


 和斗はリムリアと顔を見合わすと、心の中で呟いた。


 これは断れないな、と。





2021 オオネ サクヤⒸ

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