第六十七話 ナマハゲかよ!
リムリアを死刑にする。
そのシャルルの一言で。
「ああ?」
和斗は初めて憤怒の声を上げた。
クーロンの非道な行いに怒りを覚えた事は何度もある。
しかし腹を立てたのは、これが初めてだった。
そして和斗は気付いていないが。
シャルルが和斗を弱者と決めつけた理由はマローダー改のステルス能力だった。
ステルス能力により、マローダー改は人々に危険視される事はない。
しかしその能力は、和斗の強さも隠していた。
神霊力も原因の一因だ。
マローダー改が周囲に被害をもたらさないのは神霊力の働きだ。
和斗も神霊力を纏っているので、人間レベルの影響しか周囲に与えない。
だがサポートシステムが以前、説明した通り。
和斗が戦おうと思えば、本来の戦闘力が発揮される。
そして先程まで。
和斗はシャルルの根性を叩き直す為、痛めつけようと考えていた。
それは和斗にとって躾のレベル。
攻撃と呼べるものではない。
しかしリムリアに危害を加えると言われて和斗はキレた。
初めてシャルルを真の意味で攻撃する気になったのだ。
それによりマローダー改のステルス能力は解除。
神霊力も、力を制御する役目から攻撃を強化する役目に切り替わる。
つまりシャルルは、和斗の本当の戦闘力に晒された。
そして叩き付けられる、星すら砕く強さを持った和斗の本気の殺意。
それがもたらす恐怖は、魂が砕け散っても不思議ではないレベルだ。
ドラクルの一族といえどもレジストできるものではない。
だからシャルルは。
「うわひぃィィィィ!」
頭を抱え込んで泣き出したのだった。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
「謝ったくらいで、許されるとでも思ってるのか?」
その和斗の声には、聞いた者が即死しかねない怒りが籠っていた。
だからだろう。
『ひぃ!』
ノルマンド連隊の兵士全員までが、悲鳴を上げて腰を抜かしてへたり込む。
訓練を受けた軍人でなかったら、本当に即死していただろう。
そんな恐怖のなか。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
シャルルはひたすら謝り続ける。
「見苦しいぞ。レンヌにした仕打ちを忘れたのか?」
その言葉にも。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
やはり同じ事を繰り返すだけ。
「?」
さすがにヘンだと感じた和斗が、シャルルの髪を掴んで引き起こすと。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」
シャルルは焦点の合わない目で、ゴメンナサイを繰り返していた。
その口元からは涎が垂れ、鼻水まで垂れ流している。
「……壊れちまったのか?」
和斗はチ、と舌打ちするとドサリとシャルルを投げだす。
「正気を失っている者を殴ってもしょうがないか」
和斗はそう呟くと、シャルルを見下ろす。
「続きは正気に戻ってからだ」
その言葉に、訓練場に戦慄が走る。
「あそこまでやっておきながら、まだやる気なのか?」
「なんて恐ろしい……」
「シャルルのバカめ、絶対に怒らせてはならないモノを怒らせやがった」
「おい、あれってSSS超級冒険者らしいぞ」
「SSS超級!?」
「ボルドーで初めてSSS超級の冒険者が登録されたとは聞いていたが」
「これがSSS超級の力なのか」
「生物の範疇を超えてるぞ」
「おい、まさかシャルルの憂さ晴らしに、おれ達を襲わないだろうな!?」
「馬鹿! 聞こえたらどうするんだよ!」
「なら御言葉に甘えて、何て展開になったら、連隊は全滅だぞ!」
「オレ、今すぐ除隊願いを書く!」
「あ、ずるいぞ、自分だけ逃げる気か!?」
「それでもノルマンド連隊所属の軍人か!」
「じゃあSSS超級と訓練するか?」
「あ、いや……オレも除隊願い書こうかな」
訓練場の騒ぎに和斗は大きく息を吐くと、全員に笑顔を向ける。
「アナタ達がノルマンドを護る為に頑張っている、立派な軍人である事は分かっています。そんな立派な軍人さんに危害を加えるような事、絶対にしませんから安心してください」
殺気と威圧を、ウソのように消した和斗の言葉に。
『助かった~~~~』
ノルマンド連隊全員は、安堵のあまり地面に座り込んだのだった。
結局、シャルルが泡を吹いて気絶した後。
「カズト殿の強さを十分に理解していたつもりでしたが、1万分の1も分かっていなかったのですね」
モンターニュは和斗とリムリアを前にして、溜め息をついていた。
「これでシャルルも心を入れ替えてくれたら良いんですが……」
言葉を濁すモンターニュに、和斗は即答する。
「無理だろ。『三つ子の魂百まで』という諺がある。3歳頃までに形成された性格は死ぬまで変わらない、という意味だ。シャルルの人格は腐っている。その腐った根性が、あの程度で変わるとは思えない」
その和斗の言葉に、モンターニュは不思議そうな顔になる。
「え~~と、あの、カズト殿はご存じないのですか?」
「何の事です?」
首を傾げる和斗の背後から。
「シャルルはまだ赤んぼ同然という事、をですよ」
落ち着いた男性の声が響いた。
振り向いてみると、そこには柔和な空気を纏った青年が立っていた。
だが身に纏う重厚な雰囲気が、見た目通り年齢ではない事を物語っている。
「ダレ?」
リムリアがそう口にすると同時に。
「オーギュ様!」
モンターニュが驚きの声をあげながら片膝を突く。
「カズト殿、ワラキアの姫君、この御方こそランス領の領主、オーギュ様です」
「ああ、ボンクラを野放しにした張本人ね」
「リムリア殿!」
ホントの事をズケズケと口にしたリムリアの裾を、モンターニュが引っ張るが。
「いや、面目ない」
オーギュは気にする素振りも見せず、温和な笑顔を和斗に向けた。
「カズト殿でしたな? クーロン帝国を2度も単独で撃ち破った英雄にしてワラキアの姫の守護者。いやワラキアの姫が羨ましい」
「えへへ、そ、そう?」
上機嫌になるリムリアにオーギュは真面目な顔で頷く。
「これほどのパートナー、私も永く生きていますが初めて目にしました。ランス領を譲渡したいくらいです」
「オーギュ様!?」
飛び上がるモンターニュに、オーギュは笑顔をむける。
「驚かなくていい。カズト殿にはワラキアの姫がいるからな、不可能な事くらいわきまえているよ」
「失礼いたしました」
モンターニュがコホンと咳をして下がると。
「さてカズト殿」
オーギュは改めて和斗に向き直った。
「では説明させて貰いますが、シャルルは今年で120歳。アナタ方人間の尺度でいえば2歳を少し超えたくらいの年齢なのです」
「……はァ!?」
何を言われたのか分からない和斗に、オーギュが続ける。
「たしかに知識はそれなりに得ていますし、力も持っています。しかし精神は未熟なのです。言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、人格形成の為に厳しく教育するにはまだ早いかな、と思って甘やかしてしまったのです」
「あれで2歳なのか!?」
和斗は驚きのあまり、それ以上口にする事ができなかった。
しかし、そう言われると納得する部分もある。
シャルルの自分勝手で残酷なところ。
それは幼い子供なら有りがちな特性だ。
そこで和斗は、ハッと目をリムリアに向ける。
そう言えば初めて出会った時にも思ったが。
リムリアには幼い部分や自分勝手な部分も多かった。
それは精神年齢が幼いからだったのではなかろうか。
というより、リムリアの精神年齢はどの位なのだろう?
実年齢は?
いやそれよりも。
和斗との事は、子供が結婚の約束をするレベルだったとしたら……。
そんな和斗の考えが分かったのだろうか。
オーギュが和斗に耳打ちする。
「ワラキアの姫は、ドラクルの一族の基準では確かに幼いのですが、本気でパートナーを決める事は不思議でも何でもありません。というより、この年齢で決める事の方が多いのです。ですから何の心配もありませんよ」
「あ、ありがとうございます」
ホッとする和斗に、オーギュは続ける。
「ですから今回の事は、シャルルの教育を始める良い機会なのです。まだ幼いのだからと甘やかして、我が儘に育ててしまいましたが、これから厳しく育てて立派な人格者に育てたいと思います」
父親の顔から領主の顔になるオーギュに、和斗は改めて尋ねてみる。
「しかし、確かに戦闘力は高い方だと思います。シャルルを教育できる者など、いないのではないですか?」
モンターニュが言っていた。
ランス領で1、2を争う猛者ですらシャルルに敵わなかったと。
そしてSS級の冒険者ですら殺されかけていた。
そんなシャルルを誰が押さえられるのだろうか。
「だからこそ、今回のコトが役に立つのです。悪い事をしたらカズト殿に叱ってもらうぞ、と脅せば良いのですから」
そんなコトで大丈夫なのか?
と和斗は疑問に思うが、そこに。
「ああ、ドラゴンオーガ祭りですね!」
モンターニュが声を上げた。
「ドラゴンオーガ祭り?」
そのまま聞き返すリムリアに、モンターニュが説明する。
「50年に1度行われる、ランス領の伝統行事です。神に進化するドラゴンと、鬼神への進化可能なオーガ。その2大魔獣が1つになった無敵の神獣=ドラゴンオーガが幼い者を脅かして回るのです。悪い子はいねがァ! と」
秋田のナマハゲかよ!
と心の中でツッコんでから、和斗は頷く。
「確かにそう言われてみると効果はありそうですね」
和斗がそう口にしたところでモンターニュがポンと手を打つ。
「そうだ! オーギュ様、偶然にも2日後はドラゴンオーガ祭りです。今回のドラゴンオーガ役、カズト殿にお願いしたらどうでしょう?」
「おお、それは良い! カズト殿なら、誰もが震えあがるドラゴンオーガを演じてくれるでしょうから!」
「え~~と……」
いきなりの展開に、和斗が固まっていると。
「それイイ! きゃはははは、それとってもイイ!」
リムリアが笑い転げながらオッケーを出してしまった。
ランス領の中心都市、パラリス。
そのパラリスのメインストリートはドラクルの一族でごった返していた。
勿論ドラクルの一族だけではない。
パラリスには人間に獣人、魔族など多種の民族が暮らしている。
その雑多な人々も、ドラゴンオーガ祭りに押しかけていた。
祭りのメインは(精神年齢が)幼いドラクルの一族を脅かす事。
ドラゴンオーガの恐ろしい姿と、泣き叫ぶドラクルの一族。
それを一目見ようと多くの人々が集まっている。
そんな中、和斗はドラゴンオーガの姿に飾り付けられていた。
ドラゴンの被り物に、オーガの腰ミノ。
これがドラゴンオーガの姿らしい。
「まあ協力はするが、幼いドラクルの一族なんて、俺には見分けがつかないぞ」
不安そうな和斗にモンターニュが笑う。
「幼い者は赤い上着を着るのが伝統なので、一目で分かります。では出番です。思いっ切り怖がらせてやってください」
「そうか。まあ、こうなったら思いっ切りやってやるぜ!」
和斗は開き直ると、メインストリートに飛び出し。
「悪い子はいねがァ!」
大声で叫んだ。
ところで。
ドラゴンオーガの被り物は、かなりの出来だった。
和斗の目からしても、物凄く怖い。
その怖い被り物を装備した上に、ステルスを解除。
しかも神霊力をも威圧にまわしたのだ。
今回のドラゴンオーガはS級冒険者ですら震えあがる姿に仕上がっていた。
その結果。
「ナンだよ、今年のドラゴンオーガの怖さは!?」
「恐怖で気が遠くなぅ!」
「これ、捕まったらマジで殺されるんじゃないか!?」
「助けてェェェェェ!」
「怖いぃぃぃぃぃ!」
「ぎゃぁあああああ!」
「うわ~~ん!」
赤い上着を身に付けたドラクルの一族が泣きながら逃げ出す。
が、これで終わりじゃあ祭りが盛り上がらない。
だから和斗は。
「悪い子はいねがァ!!」
泣きながら逃げ回るドラクルの未成年を追いかけ、更に脅す。
「うわぁ! 追いかけて来た~~~!」
「許して~~!」
「悪い事はしません~~」
「来ないで~~」
「ゴメンナサイ~~!」
「うわぁ~~~ん!!」
結果。
赤い上着のドラクルの一族は大泣きで逃げ惑ったのだった。
この年のドラゴンオーガ祭りに参加したドラクルの一族は。
後に多くの人格者や優秀な人材を輩出したという。
ちなみにシャルルは、驚いた事にレンヌを正式なパートナーに娶り。
自分に厳しく人に優しい、優秀な軍人になったという。
そして終生、和斗を師匠と呼んだとランス史大全第7巻に残されている。
2021 オオネ サクヤⒸ




