第六十六話 シャルルの失敗
「レンヌ! おいレンヌ! 立て! 立って戦うんだよ!」
「無理だよ……アタシが間違ってた……コイツはアタシなんかが勝てる相手じゃなかったんだよ……化け物だ……」
「ち! くそ!」
怯えた表情で動こうとしないレンヌに、シャルルは駆け寄ると。
「この根性無しがァ! 立て! 立って戦えよ!」
ガシガシと蹴りつけだした。
「おら! オレに恥をかかすんじゃねェよ!」
「ぎゃ! ひぎ! あぎ! おご! えげ! おえ!」
狂ったようにレンヌを蹴り回すシャルルに、部下達が止めに入る。
「ボス、落ち着いて下せぇ!」
「姉御が死んじまう!」
「ボス、冷静になりましょうよ!」
「ボスならあんなヤツ、イチコロでしょ!」
「姉御の仇を討って下せェ!」
その一言で、シャルルは急に笑い出す。
「ぎゃはははは! そうだった、そうだったよな。オレがアイツをブチ倒しゃあ良いだけの事だよな」
そしてシャルルは和斗に濁った目を向ける。
「オレの不出来なワーウルフを倒したくらいで調子に乗るんじゃねェぞ! レンヌはオレの正式なパートナーじゃねェんだからよ!」
「え!? それってどういうコト?」
捨てられた子猫のような眼になるレンヌに、シャルルは冷たい目を向ける。
「オマエ程度の女を、オレの正式なパートナーにすると思ったか? そんなわきゃねぇだろうが、ばーーか! オレの魔力をもってすればワーウルフロード以上のワーウルフを生み出せるんだぞ! 簡単にパートナーを決めるかよ! もっともっとイイ女が現れた時、オレの正式なパートナーにするんだ! オマエは、それまでの代用品でしかねェんだよ!」
「そ、そんな……ウソだろ……シャルル、ウソだよな……」
体のダメージと心のダメージで、訳が分からなくなったのだろう。
レンヌの目からは光が失われていた。
そんなレンヌに、シャルルは追い打ちをかける。
「オマエなんか、ただの遊び相手だ! 暇つぶしの為の商売女だ! 自分がドラクルの一族様のパートナーになれるとカン違いしやがって! ま、そろそろヤリ飽きたとこだから丁度いいぜ! オマエはもうお払い箱だ! さっさとオレの前から消えちまいな!」
「う、うう、ううう……」
声を押し殺して地面に両手をつくレンヌに、シャルルはペッと唾を吐く。
「あんなヤツに負けた以上、お前に何の価値もねェんだよ! 強さだけがオマエの取り柄だったが、今のオマエはただの能無しだ! 夜の相手なら、もっとイイ女が山ほどいるんだからな! じゃあアバよ!」
好き勝手な事を言い散らすと、シャルルは和斗の前に立つ。
「ま、レンヌが想像以上に使えなかった以上、オレが相手するしかないか。仕方ない、遊んでやるよ」
シャルルのゲスな言葉に、和斗は鋼鉄の表情で言い返す。
「想像以上だったのは、お前のゲスさだ」
「ぎゃははははははは! 口だけは達者だな! けどよゥ、そのゲスにキサマは負けるんだよ! ぎゃははははははは!」
シャルルは笑いながら、訓練場の端まで移動すると。
「さて、始めるか。エア・ミサイル」
いきなり風のミサイルを撃ち込んできた。
しかしこの程度の魔法など躱す必要もない。
和斗はエア・ミサイルを正面から受け止めた。
「ぎゃはははは! やっぱりエア・ミサイルじゃノーダメージか。けどなぁ、もっと強力な魔法だったらどうだ?」
シャルルはニヤリと笑うと。
「風よ集え!」
両手を振り上げた。
「これが俺の最強風魔法、山すら断ち割る真空の斬撃だ。ま、致命傷を受けても退場になるダケだから、安心して死ねや。エア・スラッシュ!」
確かに山すら断ち割る威力だった。
しかし鋼鉄22000キロメートル相当の和斗に通用する筈もない。
バチィ!
エア・スラッシュは和斗の胸板で、アッサリと消滅したのだった。
「は?」
間抜けな声を上げるシャルルに、和斗はゴミを見る目を向ける。
「なんだ、こりゃ? まさか、この程度の魔法がオマエの最強か?」
確かにレンヌは気に入らなかった。
しかし和斗に蹴り倒されても、何度も起き上がって来た。
シャルルの為に。
なのにシャルルは、そのレンヌをゴミクズのように捨てやがった。
レンヌを徹底的に踏みにじって。
吐き気がするほど醜いヤツだ。
だから和斗は徹底的ににシャルルを痛めつける事にした。
拳と言葉で再起不能になるまで殴りつけてやるのだ。
「貧弱な攻撃だな。レンヌの方がズット強かったぞ」
吐き捨てる和斗に、シャルルが顔を真っ赤にする。
「エア・スラッシュを防御したくらいでつけ上がるんじゃねェよ! オレが本当に得意なのは、火と雷の攻撃魔法なんだからよ! だが、まだ使わねェ。じっくりと痛めつけてやるぜ。ストーン・スパイク!」
シャルルの叫びと共に、和斗の足元から無数の槍が飛び出す。
「どうだ! 生き物共通の急所である足の裏や股間に、鉄すら貫く土の槍を食らった感想は!」
シャルルが目を輝かせるが。
「なるほど、これがストーン・スパイクか。つまらん攻撃だ」
和斗に命中したストーン・スパイクは、ポキポキと折れてしまう。
「ツララよりも脆い攻撃だな」
和斗はつまらなさそうに呟くと、シャルルを言葉で殴る。
「やっぱりオマエ、無能だろ。口先だけの無能ヤロウのクセに天才と名乗る。オマエ、イタすぎるぞ」
「何だとォ! ならオレの本気を見せてやる! プラズマランス!」
シャルルは、リムリアが得意とする焔系最強魔法を放ってきた。
しかし。
「何だ、こりゃ?」
シャルルのプラズマランスは、和斗は胸に当たって消滅した。
和斗は2000億℃に耐えられる。
プラズマランスなど、微かに暖かい程度でしかない。
「おいおい、これが本気か? リムのプラズマランスは、この10倍はあるぞ」
和斗は更に、シャルルを口で攻撃する。
とはいえ、デタラメを言ったワケではない。
実際のところ、リムリアのプラズマランスの方が遥かに強力だ。
「ランス領最強? こんな無能がか? ひょっとしてランス領って無能ばっかりなのか? いや、そんな筈ないよな。俺が見た限りでは、ノルマンド連隊の兵士は優秀だもんな」
そして和斗はポンと手を打つ。
「そうか! オマエが恥ずかしいカン違いをしてただけだったんだな! 弱っちいクセに自分が強い、って思いこんだピエロ野郎」
「誰がピエロだ!」
きっとシャルルは打たれ弱いのだろう。
和斗の罵詈雑言に、涙目で言い返してきた。
が、まだまだだ。
心がへし折れるまで苛め抜いてやるぜ。
「ならさっさと攻撃してこいよ、惨めなピエロ野郎。そよ風みたいに弱々しいオマエの魔法でな」
「そよ風だとお! くっそォ、ならこれを食らっても同じ事が言えるか!」
シャルルは鼻をグスグスと鳴らしながら。
「ヘキサ・サンダーキャノン!」
6つの雷撃を呼び出した。
その6つの雷撃は1つに収束すると、和斗へと撃ち出される。
「6個分の雷撃を1つに束ね合わせて威力をアップさせたのか」
和斗は白けた口調でそう口にすると。
「ふん!」
右手を振り抜いた。
その風圧だけで。
バチィ!
ヘキサ・サンダーキャノンは掻き消されてしまう。
「そんな馬鹿な……」
今の攻撃に絶対の自信があったのだろう。
シャルルはペタンとその場にへたり込む。
「オレはランス領最強の魔法使いなんだぞ! なのに何でオレの魔法が通用しないんだよゥ」
泣きゴトを漏らすシャルルの前まで来ると、和斗は。
「そろそろ俺も攻撃してイイよな?」
右腕を振り上げた。
「ひ!」
シャルルは小さく悲鳴を上げるが。
「へ、へへ、へひひひひひ」
直ぐに卑屈な笑い声を漏らした。
「何だ、その拳は? 魔力も宿ってなけれがオーラも纏ってないじゃないか! そんな攻撃でオレの物理障壁を破壊できる訳がない!」
その言葉と同時にシャルルは物理障壁を展開する。
「レンヌに張ってやった物理障壁とは桁違いの魔力を込めた! いくらキサマでもこの物理障壁は打ち抜けないぞ! ざまあみろ!」
口では強がっているが、シャルルの顔は恐怖で引きつっていた。
自分の魔法が通用しなかったので、自信を失っているのだろう。
しかしシャルルの心は、まだ折れていない。
もっともっと絶望に叩き落とす必要がある。
だから和斗は。
「ウルサイよ」
シャルルへと、拳を軽く伸ばした。
その拳は。
ズシン。
パキパキパキ!
シャルルの物理障壁を揺らし、無数のヒビを入れた。
が、ヒビが入っただけ。
破壊したワケではない。
その事実にシャルルは狂喜する。
「ぎゃはははははは! そうだよな! そうだよなァ!! ランス領で1番の天才であるオレ様が全力を込めた物理障壁なんだ! そんな攻撃を受けても破壊される訳がないよなァ! ぎゃははははははは!」
バシバシと膝を叩いて馬鹿笑いするシャルルに、和斗はスッと中指を立てる。
「あ? 何だそりゃ?」
キョトンとするシャルルに、和斗は笑みを浮かべる。
シャルルと違い、本物の余裕の笑みだ。
そして和斗は。
「デコピンを知らないのか?」
グッと中指に力を入れると。
「こうするのさ」
物理障壁にビシッとデコピンをかました。
そして、その指1本による攻撃は。
バキィン!
シャルルの物理障壁を、粉々に撃ち砕いたのだった。
「なんだとォ――――!」
絶叫するシャルルを、和斗は嘲笑う。
「誰が天才だって? たった指1本で簡単に崩れてしまう物理障壁しか張れない無能の、ドコが天才だっていうんだ? オマエは弱っちいクセに自分が強いとカン違いした、恥ずかしいチンピラ野郎なんだよ!」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ黙れ黙れェ! オレは天才なんだ! ランス最強の戦士なんだ!」
シャルルは泣き叫ぶと、再び物理障壁を展開した。
「天才のオレだけが出来る、物理障壁の8枚展開だ! これならキサマでも破壊出来ないだろう! ざまーみろ! キサマなんか……」
ガッシャ――ン!
和斗は、シャルルの話の途中で物理障壁をまとめて叩き割ると。
「よく聞こえなかった。もう1度、言ってくれないか?」
シャルルの顔を覗き込む。
「さて、と。そろそろ俺が攻撃する番だな。今度はオマエに攻撃を当てる。防御するなり、まともに食らうなり、好きにしろ」
そして和斗は空手の構えを取った。
「まだ本気は出さない。が、手加減もしない。レンヌにあそこまで言ったんだ。オマエも根性みせて、簡単に降参するなよ。じゃあまずはローキックからだ」
和斗はレンヌの足をへし折った攻撃を繰り出そうとする。
と、そこでシャルルが。
「ヒィィィ! や、止めろぉ! オレのオヤジはランス領の領主なんだぞ!」
泣きながら喚きだした。
「分かってるのか? オレに危害を加えたらオヤジが黙ってないぞ!」
「ナニ言ってるんだ? これは軍の訓練だろ? それにオマエだってSS級冒険者を死ぬ寸前まで痛めつけていたろ? 人にそこまでしたんだ、自分が死にかけるまで痛めつけられても文句言うなよ」
「死ぬ寸前まで、オレを痛めつける気なのか!?」
絶叫するシャルルに、和斗は呆れる。
「どうして自分だけが痛いメに遭わないと思えるのか、逆に不思議だな。訓練は相手がいるから、より高度な訓練を行えるんだ。だから相手に感謝しつつ、必要以上にダメージを与えないようにするモンだ。なのにオマエは歪んだ楽しみの為に半殺しにした。その根性を叩きのめしてやるよ」
ズン! と足を踏み出す和斗に、シャルルが喚く。
「おい、止めろ! 止めないと死刑にするぞ!」
「出来るもんならやってみろ」
気にも留めない和斗に、シャルルはリムリアを指差す。
「あの女の子はキサマの連れだろ? 今すぐ攻撃を止めないと、あの子も一緒に死刑にするぞ!」
その瞬間。
「ああ?」
和斗が初めて憤怒の声を上げ。
そして 訓練場が。
いや世界が揺らいだ。
シャルルが人生最大の失敗をやらかした瞬間だった。
2021 オオネ サクヤⒸ