第五十六話 ボナパルト湿地
「これはデカいな」
和斗はモンターニュが率いるランス領軍を見つめて呟いた。
いや、ランス領軍が大きいのではない。
ランス領軍を運んで来た、馬車の事だ。
普通の馬車と違い、その馬車は鋼鉄製だった。
長さ10メートルほどで、幅は4メートルくらい。
高さは4メートルを超えている。
その鉄の箱を、全長4メートルはありそうな8本脚の馬が引いている。
ちなみにこの馬、スレイプニルと呼ばれる魔獣らしい。
魔獣だから、当然ながら獰猛だ。
だが生まれた時から飼育するコトにより従順な性格になる、との事。
しかし魔獣だけあって、普通の馬30頭に匹敵する力を持っている。
そのスレイプニル2頭によって鋼鉄馬車は時速100キロで走れるらしい。
「この馬車って、馬を入れたらマローダー改より大きいな。しかしこんなデカい馬車、初めて見たぜ」
驚いている和斗に、モンターニュが不思議そうな顔になる。
「おや、カズト殿は、鋼鉄馬車をご存じないのですか? この大陸の殆どの都市や街を結ぶ街道には、この鋼鉄馬車の定期便が運航されていますよ。この鋼鉄馬車により、モンスターや魔獣に危害を加えられる事なく旅できるのです。まあ運賃は高価なので、自前の馬車や徒歩で旅する者も多いです。街道沿いなら、危険な魔獣が出現する事は少ないですから」
なるほど。
鋼鉄馬車が運用されているから、街道の道幅は10メートルもあるんだろな。
マローダー改が、楽々と通れるワケだ。
ドンレミやシャンパーニュ村の道が広かったのも、きっと同じ理由だろう。
また1つ、謎が解けたぜ。
などと納得している和斗の背中を、リムリアがツツく。
「ねえ、カズト。みんな出発するみたいだよ、急がないと」
「おっと、そうか」
マローダー改に乗り込もうとする和斗に、モンターニュが声をかける。
「ご武運を。などという言葉はカズト殿とリムリア様には無用ですね。では多額の御寄附、感謝致します」
「まだ獲物を獲ってませんよ」
苦笑する和斗に、モンターニュは生真面目な顔を向けた。
「複数の領主が全軍を派遣して、やっと倒せるレベルの神獣を楽々と倒したカズト殿とリムリア様です。とんでもない魔獣を倒して貴重な素材を手に入れるに違いありませんから」
「まるでクーロンの侵略者との戦いを観ていたような言い方ですね」
苦笑するカズトに、モンターニュが頷く。
「もちろん見てましたよ」
「ええ!?」
「どうやって!?」
驚く和斗とリムリアに、モンターニュは事も無げに言う。
「軍には魔獣使いも所属しています。その魔獣使いが操る鳥が見た映像は、専用の水晶板で見る事ができます。その水晶板により、ワタシはアナタ方の戦いを見る事が出来ました。だから確信しています。凄い獲物をしとめる、と」
目に尊敬の光をたたえたモンターニュに、和斗は照れ臭そうに答える。
「そう上手くいくか分かりませんけど、とにかく頑張ります」
「はい」
満面の笑みを浮かべるモンターニュに見送られ。
和斗はマローダー改を発車させたのだった。
マクロン主催のノルマンド支援ボランティア。
その実態は、貴重な素材となる魔獣を狩る事だ。
もちろん貴重という事は、手に入れる事が困難という事。
つまり強力な魔獣を狩る、という事を意味する。
その為、参加できるのはD級以上の実力を持つ冒険者のみとなった。
結果。
D級冒険者 (50人相当の戦闘力) 67名。
C級冒険者(250人相当の戦闘力) 21名。
B級冒険者 (1千人相当の戦闘力) 3名。
A級冒険者 (3千人相当の戦闘力) 1名。
それに加えて、和斗とリムリア。
これが集まった志願者だ。
その冒険者達を率いるマクロンが、気合いの入った声を張り上げる。
「よく集まってくれたな。目的地は依頼書に描いた通り、ボナパルト山脈。この辺りじゃ、1番強力な魔獣が出現するな場所だ。ノルマンドの為に、タップリ獲物を仕留めてやろうぜ!」
『おう!!』
こうして冒険者達は、ボナパルト山脈へと出発したのだった。
ボナパルト山脈は、ドンレミから200キロほど離れた場所にある。
徒歩で移動したら何日もかかる距離だ。
しかし今回は、軍からスレイプニルを借りる事ができた。
そのスレイプニルには、獲物を運ぶ為の巨大荷車を引かせている。
冒険者達は、その荷車に乗る事により3時間でボナパルト山脈に到着した。
もちろん和斗とリムリアは、マローダー改に乗っての移動だ。
「スレイプニルのお蔭で助かったな」
「ああ。普通の馬車だったら3日はかかるもんな」
「それがたったの3時間だ」
「スレイプニル様様だな」
「しかし速いのはイイが、ケツが割れそうだ」
「そうね、キツかったわァ」
「クッションがなかったら死んでたかも」
「いや、クッションがあっても死にそう……」
などと言いながらも、さすがは冒険者。
テキパキと魔獣狩りの準備をしている。
と、その中の数名が、和斗とリムリアにチラリと見て囁く。
「しかしSSS超級なんて初めて見たぜ」
「そうだな。でも彼らが居るから、D級冒険者も参加していられるワケだな」
「普通、D級冒険者がボナパルト山脈に向かうなんて自殺行為だもんね」
「戦闘はA・B級冒険者がメイン、C級とD級は素材集めって事か」
「素材集めでさえD級以上じゃないと危険なのがボナパルト山脈だもんな」
「でも戦闘担当がB級3名とA級1名なんて少なすぎるんじゃない?」
「そんなコト言っても、俺達がボナパルト山脈で戦えるワケないだろ」
コソコソと冒険者達しているところに、マクロンの声が響く。
「だからこその、SSS超級だ。今回は彼らが戦いのメインだ。それ以外の者は素材収集に専念してもらう」
というマクロンの言葉に、B級冒険者とA級冒険者が文句を口にする。
「おいおい、B級のオレに、素材を集めろってか?」
「そうですよ。ボク達だって魔獣くらい倒せますよ」
「その通りだ。B級を3人も集めておいて素材集めって、ふざけてるのか? 魔獣狩りならSSS超級冒険者にだって引けを取らない自信はある!」
「B級はどうでもいいけど、A級のワタシにも素材集めをしろって言うの? ワタシだってSSS級を目指す冒険者なのよ! いえ、いずれはSSS超級になってみせるわ! たとえSSS超級冒険者が相手だろうと、互角以上に獲物を狩ってみせるわよ!」
騒ぐA級冒険者とB級冒険者を、マクロンが睨む。
「最初はお前等を戦いの主力にするつもりだった。しかしSSS超級が2人も加わってくれたからよ。普通なら手を出せない獲物を狩る事にしたんだ」
「普段なら手を出せない獲物?」
聞き返すA級冒険者に、マクロンが真剣な顔で告げる。
「ドラゴンだ」
『はぁ!?』
マクロンの言葉に、A級冒険者を含めて全員が目を見開く。
「おいおいおい!」
「ドラゴンだと!?」
「S級ですら、戦えば命が無い相手じゃない!」
「俺達に死ねって言うのか!」
「私は降りるわ!」
顔を真っ青にしてまくし立てる冒険者達に、マクロンが怒鳴る。
「静かにしろぃ! だからSSS超級冒険者なんだろうが! 俺が保証する! 彼らがいたら何の心配もいらない! 安心してドラゴンの素材を回収しろ!」
「そ、そんなコト言われたって……ねぇ?」
視線を漂わせるA級冒険者に、マクロンは言い切る。
「なら、その目でSSS超級の戦闘力を視てから決めろ! カズト! ワラキアの姫さん! ひと働きしてもらえるか?」
「別にかまわないけど、何するの?」
リムリアの質問に。
「ヒドラ狩りだ」
マクロンはニカッと笑ったのだった。
マクロンが、全員を引き連れて移動した先は湿地だった。
ボナパルト山脈から1キロほど。
広さは……どこまで広がっているのか、ここからでは分からない。
そのとんでもなく広い湿地を前に、冒険者達が騒ぎ出す。
「ここはボナパルト湿地じゃねぇかよ!」
「ボナパルト山脈に近いほど強いヒドラが生息してるって噂のアレか!?」
「でも、それって只の噂だよな?」
「噂じゃねぇよ! オレは見た事ある!」
「ああ。七つ首どころか九つ首すら生息してた」
「倒したのか!?」
「バカ言わないで! 見えたトコで、全力で逃げたわよ!」
「そりゃあそうだよな」
「九つ首ヒドラっていやぁ、A級冒険者でも瞬殺間違いなしだからな」
そんな冒険者達の騒ぎを、マローダー改の運転席で聞きながら。
和斗はサポートシステムに聞いてみる。
「なあサポートシステム。ヒドラやドラゴンって、ゾンビヒドラやゾンビドラゴンより強いのか?」
――攻撃力は同じですが、防御力は5割増しです。
そしてサポートシステムは経験値の一覧表を映し出す。
三つ首ヒドラ(ゾンビ) 200
四つ首ヒドラ(ゾンビ) 400
五つ首ヒドラ(ゾンビ) 700
六つ首ヒドラ(ゾンビ) 1000
七つ首ヒドラ(ゾンビ) 1500
八つ首ヒドラ(ゾンビ) 3000
九つ首ヒドラ(ゾンビ) 7500
ドラゴン(ゾンビ) 15000
――経験値が、戦闘力と直結していると思ってください。
つまり三つ首ヒドラは、200人の兵士に匹敵する戦闘力。
四つ首ヒドラなら400人の兵士に匹敵する戦闘力。
九つ首ヒドラは7500人の兵士に匹敵する戦闘力。
ドラゴンなら15000人の兵士に匹敵する戦闘力です。
「A級冒険者は3000人の兵士に匹敵する戦闘力だから、九つ首ヒドラやドラゴンと戦うと聞いて焦ってるワケか」
そう納得している和斗に、マクロンが声をかけてくる。
「なあSSS超級のカズトとワラキアの姫さんよ。ちょっとヒドラを何匹か倒してくれないか?」
なるほど。
和斗とリムリアの戦闘力を見せつけろ、という事なのだろう。
ドラゴンが目的と聞いて怯える冒険者達を安心させる為に。
そんなマクロンの意図を察したリムリアが、楽しそうな笑みを浮かべる。
「ねえカズト。そういうコトなら、この人達にマローダー改の力を思いっ切り見せつけてやろうよ」
「そうだな。でも、ヒドラなんていないぞ。倒すのは簡単だけど、どうやって見せつけたらイイんだろ?」
「そいつは任してくれ」
和斗の疑問を耳にしたマクロンは、ドンの胸を叩くと。
「丁度いい獲物が現れてくれた」
弓矢を取り出し、湿地で水を飲んでいる鹿を撃ち倒した。
そして水面に広がっていく鹿の血を指差す。
「ヒドラは血の臭いに敏感なんだ。だからあの鹿の血が、ヒドラをおびき寄せてくれる、ってスンポーよ」
というマクロンの言葉通り。
「「「「「「「シャギャァアアアア!」」」」」」」
「「「「「「「「「ギャォオオオン!」」」」」」」」」
七つ首ヒドラと九つ首ヒドラが、湿地の水面を突き破って現れた。
「うわぁ!」
「出たァ!」
「いきなり九つ首ヒドラだと!」
「本当に倒せるのか!?」
「騒ぐな! 見つかるだろ!」
「もう遅い! 気付かれた!」
「凄い速さでコッチに来るぞ!」
「倒せるんなら早く倒してくれェ!」
「食われちまう!」
冒険者達がパニックに陥る中。
「カズト、撃つよ」
マローダー改に乗り込んだリムリアが、気楽な声を上げ。
ドドドドドドドド!
200倍化Ⅿ2重機関銃をぶっ放した。
以前、30倍に強化したⅯ2重機関銃でさえ、九つ首ヒドラをハチの巣にした。
正確には、九つ首ヒドラのゾンビだが。
そして今使用しているのは200倍に強化されたⅯ2重機関銃。
その強力な弾丸は、九つ首ヒドラを瞬殺する。
「楽勝!」
リムリアはそう叫ぶと。
「はい次!」
ガガガガガガガガ!
七つ首ヒドラにも200倍化Ⅿ2重機関銃を発射した。
七つ首ヒドラの防御力は、九つ首ヒドラと比べて桁違いに低い。
その七つ首ヒドラに、九つ首ヒドラすら瞬殺する弾丸を撃ち込んだのだ。
七つ首ヒドラはミンチとなって消滅した。
しかし当然ながら。
『『『『シャギャァアアア!!!』』』』
撒き散らされたに肉片と血は、更なるヒドラを招き寄せてしまう。
「うわぁ!」
「何匹いるんだ!」
「136匹までは数えた」
「こんな時に、なんでそんなに冷静なんだよ!」
「今度こそ逃げないと!」
冒険者の1人が逃げ出そうとするが、そこで。
「騒ぐな!」
リムリアが、マローダー改から顔を出して冒険者を怒鳴りつけた。
そして。
「よく見てろ!」
そう言い捨てると。
ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
今度は200倍化チェーンガンによる射撃を始めた。
200倍化チェーンガンの威力は、200倍化Ⅿ2重機関銃の比ではない。
貫通力を持った爆弾による絨毯爆撃だ。
その高威力の爆発は、ヒドラの大群を数秒で消滅させた。
後に残るのは、血の海へと姿を変えた湿地だけだ。
「うわぁ……」
「何て威力だよ……」
「これが世界で2人しかいないSSS超級の戦闘力か……」
「100匹を超えるヒドラを瞬殺するなんて……」
「これならドラゴンすら、瞬殺できるだろうな」
「しかし、もしもだけどよ。人間がこの攻撃に巻き込まれたら……」
「よせよ、体の震えが止まらなくなった」
マローダー改の戦闘力に唖然とする冒険者達だったが、そこで。
「しかし、素材が粉々になっちまったぞ」
1人の冒険者が声を上げた。
「これじゃあノルマンド支援の費用を稼ぐコト、出来ないんじゃないか?」
『あ!』
一斉に声を上げる冒険者達に、マクロンは。
「しまった、それを考えてなかった」
ボリボリと頭を掻きながら、引きつった笑みを浮かべたのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ




